これだから脳筋はキチガイで困る
朝の澄んだ空気にさらされながらサラリーマン達が喧噪を掻き分ける。
一定の距離感を保ちながら歩くさまは訓練された軍隊そのもの。
慣れとは恐ろしいものだ。
最初は誰もが戸惑うような光景も一たびそこに入ればいつの間にか気にも留めなくなるのだろう。
これだけの人の群れを無意識化で避けて歩くなど普通の人には無理。ましてこれから仕事なぞ到底考えられない。ストレス社会の根底を見た気がする。
十年経てばこれが普通になるのかなあと思ったら頭が痛くなってくる。
普通じゃない生き方が普通に生きるよりリスクも苦労もあるのは知ってるけど現実を見ちゃうと好きな事して生きていきたいなと思っちゃう。
ユーチューバーだっけ?
なんとなく見てみたけどどれもつまんない。でも、動画に映る演者さん達は凄く楽しそうだった。
そういう人達はこういう現実を見てユーチューバーという特異な職業に就いたのだろう。
なればこそ…この機会を活かさねばならない。彼らからしたら働いているという概念すらないのかもしれないけどね。
サラリーマンの群れを横目で見る私は集合場所である駅前へと待機していた。
スーツの中に制服の群れというのは奇怪な感じがするものの周囲の人たちは案外気にも留めてないみたい。きっと自分達も経験があるから直ぐに気付いたのだろう。
〝今日は修学旅行か〟…と。
「………」
大きく深呼吸をした。
そう。
今日は年一回で最高のイベントの一つ。
修学旅行なのだ。
「―――おい、主旨がずれてるぞ」
「…どこがよ」
半眼で睨み返すもどうじる様子は一変もない。
鋭い目つきと鼻先にシックな眼鏡が嫌味ったらしく乗っている。
気配もなく現れたのは私よりちょっぴり背が高い部長様、涼だ。
「キミは今回の仕事を理解しているのか? この前ちゃんと伝えたはずだがな」
「だからなによ。つーかアンタこそ正気? 修学って言ってるんだからしっかり将来の為に勉強しておかないと。それこそ主旨がズレてるわ」
「言ってることはもっともだが修学旅行はまだ始まってないぞ」
「そうかしら? 帰るまでが修学旅行ってよく言うじゃない。なら修学するまでの移動も立派な修学旅行だって思わない? 実際、通勤ラッシュ見て働きたくないなって思ったもの。すっごく良い勉強になったわ。ありがと社畜さん」
「ホントにバカだなキミは…」
頭が痛いとこれ見よがしに溜息なんか吐いてくる。失礼な奴ね。少しぐらい現実逃避したっていいじゃない。私だって本気で言ってる訳じゃないんだから。
「当り前だ。あと例の件だが噂に関してはこちらでも再度注意はしておいた。しかし効果があるかはわからん。気を付けておいてくれ」
「分かってるって。香蓮が盗撮されるって事は私も危ないもん」
「一応聞いておくが先生には言ったのか?」
「言う訳ないでしょ。先生に言って変に騒がしくなるのも嫌だし。それに確信があるわけでもないしね」
「そうだな。確信があれば行動しやすいんだがな」
「あー…そういえば言い忘れてたんだけどさ…」
「なんだ?」
「うちのクラスに磯山未来って子がいるんだけど…旅行中はずっと監視されそうなんだよねえ」
「はあ? 何を言っとるんだキミは」
まったく意味が分からんという涼に磯山のことを説明する。
やっぱりというか何と言うか…涼は口を半開きにして言った。
「どうしてキミはこうも簡単に事を荒げるんだ。普通にしてろ普通に」
「たまたま厄介な奴が同じクラスだっただけでしょ。ケンケンケンケン言わないでよ喧しいわね」
予想はしてたけど何で私が悪いみたいな流れになるわけ? あー嫌だ嫌だ。口うるさい奴ってどうしてこうも鬱陶しいのかしら。おかげで朝から気分が悪いわ。
「こっちのセリフなんだがな…」
「うっさいわね…仕事はキッチリこなすから良いでしょ。いい加減にしないとキレるわよ」
「キレる? ふっ…これだから脳筋はキチガイで困る」
「キっち……殺す!!」
胸倉を掴んでグっとおもいっきり力を込める。
女子高生を前にしてキチガイだなんて言っていい事と悪い事の判断が出来ていないようですね。これは旅行前にお仕置きしておかないと。
「ま、待て早まるな! 謝る!」
「謝る? んなこと当り前よ。きっちり落とし前つけて…って邪魔だからどいてくれるかしら?」
私と涼のあいだを遮るように一人の女性が邪魔をする。
その女性は流水のようにしなやかに流れる肢体と月のように光輝く金髪を携えていた。
「駅前でいちゃつくからよ。はいはい男は散った散った。ここからは私が凛を独占するんだから」
「そうか。じゃあな如月、後は頼んだ」
「ちょっと頼んだじゃないわよ!? アンタも協力するんだからね! あーもう香蓮! 離しなさいっての!!」
「えへへ…いいじゃないちょっとぐらい」
嬉しそうに笑うと腕にしがみ付いてくる。
彼女の名前は宝城香蓮。
噂の対象者だ。
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