ドMなんですね
最寄りの駅から揺られること数十分。
隣町について駅から出ると直ぐ目の前には太陽を覆い隠すほどの大きなショッピングモールがある。いつの日か姉と一緒に来たスポーツジムはこの中に併設されている。
ここは地元の人が良く来る。
カフェに映画にショッピング。
大人はもちろん私たちのような中高生にとって遊ぶには恰好のスポット。
知り合いに会わないよう用心しなければ。尾行なんて不穏なことをするわけだから。
そんなことを思ってると奇異の眼をはらんだ通行人が私の横を通り過ぎる。
それもそのはず。
成り金髪こと宝城香蓮と総務部の部長こと土屋涼が物陰に隠れて駅のホームを見つめていた。
「おはようございます」
「あら妹さん。遅かったわね」
どこにでもある普通の挨拶。
流石だなと思う。
他人の目を気にしないその態度が。
「バカにしてるでしょ?」
「全然してません。あと涼先輩ご無沙汰してます」
「うむ、久しぶりだな」
「あら知り合いだったの?」
香蓮さんが目を瞬かせる。
無理もない。
お姉ちゃんが知り合いであっても私は年下だし何より学校が違う。顔見知りであること事態おかしいのだ。
「昔少しだけ会った事があって。空手の時も話しましたし」
「ああ、そういえばそうね。でも、知り合いなら知り合いってちゃんと言いなさいよ。変に改まっちゃったじゃない」
盛大に溜息を吐く香蓮さんに先輩が眉根を寄せた。
「改まる? キミがか?」
「わたくしがよ。それともなに、何か言いたいわけ?」
「…別にかまわん。キミには期待してないからな」
「凛と違って本当に嫌見ったらしいわね。きっとそういう所が学年二位なのよ。次もわたしの圧勝ね」
「くっ…その言葉忘れるなよ…絶対後悔させてやるからな」
「ハハハ…」
仲睦ましく…とは当然いかない。
そもそも香蓮さんと涼先輩ではタイプが正反対。一緒に行動すること事態が問題なのだ。傍から見ても上手く行きっこないんだから。
「…あれ? そういえば先輩はどうしてここに?」
今日の集まりはお姉ちゃんの監視である。
私自身『監視してどうすんの?』って感じだが今はこの際どうでもいい。気になるんだからしょうがないでしょ。…とまあ私の事はともかく。
問題は先輩だ。先輩はどうして来たんですか?
「どうしたもこうしたもない。俺も一応今回の原因の一人だからな」
「デートのことですか?」
「ああそうだ。総務部に依頼があったとはいえ事がことだ。まあ初めから断れば良かったんだがな…」
「その言い方だと断れなかった理由があるみたいですね」
デートを承諾したのはもちろん姉かもしれないけどここまでのお膳立てをしたのは部長の先輩である。
香蓮さんから話しは聞いてたから本音言うとちょっぴりお怒りだったのだけど理由があるなら仕方ない。いったいどんな理由が?
「いや特に…何だかズルズル来てしまってな」
「このポンコツっ!!」
見た目は良いのに何てダメな先輩なんだ!! いや特に…じゃないわっ!
私気になり過ぎて来ちゃったじゃないですか! 今年受験生なんですよ? 知ってますよねっ!? ホントに反省して下さい!!
「す、すまん…」
「え、なに? そういう関係なの?」
ドン引きですと香蓮さん。
なんですかそのリアクションは…大体そういう関係ってどういう意味ですか? 私は只たんに今回の原因を作った人を責めてるだけです。
「一応アナタ年下よね?」
「ありえないみたいな顔で言うのやめてもらっていいですか?」
言っときますけどアナタにだけは一番言われたくありません。
「いやいいんだ…すまなかった楓くん。しかし今回の事はズルズル行ってたというのもあるがアイツが断ると思ってたっていうのもあるんだ…」
「言わんとしてることは分かりますけど…」
先輩の言ってることはもっともだ。
確かにお姉ちゃんだったら普通に面倒臭いの一点張りで断って来そうなものだけど今回はそうじゃなかった。
いったい全体どういった心情の変化なのだろうか。…まあそれは後で考えればいいか。
「…で? お姉ちゃんが心配になったから付いて来たんですか?」
「…そうだ。一応相手の事は調べておいたから心配するような相手じゃないのは分かってるんだが…」
「だが?」
「だが…。まあ一応な」
「むむむむむむむ…」
唸りながら香蓮さんが頬を膨らませる。
まるで飼い主を取られた犬のよう。
気持ちは分からないでもないけど。
だってあれですよね?
先輩さっきからあーだこーだ言ってますけど、つまり単純にいって心配なんですよね? お姉ちゃんを盗られるのが。
「ば、ば、ば、ば…バカなことをいうなっ! お…俺がどうして如月の恋路の心配なぞしなければいけないんだ。俺が心配しているのはあくまでも変な事をされないかという心配であって決して…」
「お姉ちゃんの空手の実力知ってて良くそんな見え透いたウソ吐けますね。あと狼狽し過ぎです」
「だ、誰が狼狽なんぞ…大体俺はアイツが誰とくっ付いても構わんと思ってるのにそれはおかしいだろ…今までどんな酷い扱いされてきたことか…」
「ドMなんですね」
「ド、え……もういい」
「ドM…涼って私に似てたのね」
先輩は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。端正な顔が茹蛸みたいになっている。
あと香蓮さん。私は突っ込みませんよ?
にしてもお姉ちゃんには呆れたな。
中学校の時から何も成長してない。
あの人は昔からこうだった。
無自覚に人を惹きつけ惚れさせる。
しかも人を好きにさせといて自分は全く興味無しみたいな態度とるから質が悪い。
相手は告白しづらいし、中学の時なんか誰とも付き合わないならこのままでもいっかみたいな暗黙の了解で不戦の約定みたいになってるし。
いや…でも少しだけ変わったのか。
どんな理由があるか知らないけどお姉ちゃんがデートしに出て来たのは事実な訳だし。変わらないと思ったけど全然違う。
それに伴って環境も変わったようだ。
不戦の約定を解く者が現れた。
天膳様も大喜びに違いない。
ついつい名言を呟いてしまう。
「なに言ってるの?」
「いいえこっちの話しです。気にしないで下さい」
「不戦の約定、解かれ申したッ! って誰のマネなの? 気持ち悪いわよ?」
「聞こえてるんなら黙ってて下さいッ! …って香蓮さん隠れて!」
頭を押さえて無理矢理道路沿いの茂みに身を隠す。
香蓮さんが文句を垂れるけど仕方がない。だってここで見つかったら何もかもが台無しになる。
駅のホーム。
見慣れた長身で長髪の女性が現れる。
凄い人込みだけど見間違えるわけがない。
駅前を往来する視線を独り占めするその美貌。
如月凛。
私のお姉ちゃんだ。
読んで下さりありがとうございます。
また来週、投稿します。




