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文学乙女  作者: 月乃輪
10/12

蒔カヌ 種ハ 生エヌ


マサニ 秋晴レノ 空模様。

澄ミ切ッタ空気ガ 冬ノ 訪レヲ 知ラセ。

青々トシテイタ 草木ハ 奥ユカシイ化粧ヲシナガラ 散ッテ行ク。

ソンナ物悲シイ 秋ノ昼12時。


ソコニハ 圧倒的ナ 物ヲ 見セラレ

完全ニ 戦意ヲ失ッタ 一人ノ男ガ居タ……



『相内君、大丈夫?』



女神の声で我に帰る。

何だか悪い夢を見ていたみたいだ……

悪夢から覚めた僕は、声のした方を向く。


和服姿でハンバーガーを口に頬張る宮崎さん。


僕は未だかつて、こんなにも美しい和と洋のコラボレーションを見た事が無い。


華やかながらつつましい色合いの着物からは上品さ。

ピンと張った指からは力強さ。

整い、凛とした顔からは美しさ。

ちらりと覗くうなじからは色気。

そして、口元についたケチャップからは幼さ。


完璧だ、完璧過ぎる。

ご馳走様です。



『大丈夫、宮崎さんの顔を見たら元気が出て来たよ』



一点の濁り無き本心です。

本当にありがとうございます。



『そう、なら良かったわ。

初めての人がアレを見ると、大体戦意を喪失してしまうからね』



口元についたケチャップを指ではらいながらそう呟く彼女。

ああ、僕はケチャップになりたい。

所でアレって何ですか?


ウッ!! 頭痛ガ痛イ!!


困惑の中、僕は思い出す。


会場で意劔が見せた【百人一首工場】のルーチンワークを……



『ちなみに、宮崎さんは意劔に勝てる?』


『無理ね。

良い勝負は出来るかもしれないけれど、流石にあんな事をされたら手の出し様が無いわ』



まるで“予知”の如く、次の札を取る意劔のスタイル。

じゃんけんで言うなら、先出しで全ての手に勝てる手を出す様な物。


結論を言うと、そんなの“じゃんけんでは無い”つまり、勝負にならないのだ……


どうも僕はチートを使う人達に縁があるらしい。

勘弁して下さい。



『まあ、付け入る隙はあるわね……』


『本当?』


『彼のあの行為は、終盤になってやって来る。

恐らく、読み手が読んだ句と、場に残ってる札を照らし合わせて逆算しているんだと思うの。

だから、札がまだまだ残っている前半ならチャンスはあるわ』


『なるほど……』



流石は数学チャンピオンって所か……

読んだ句と読まれてない句、そして場に残されている札を暗記する程度、造作も無いって事か。

全くとんでもないな!!



『じゃあ僕にも?』


『でも、意劔君は素でも強いのよ。

何も無いなら私と五分って所かしら?』



口から炎を吐き、目からビームを出す鋼の獅子に僕は勝てるのか!?



『そんな顔をしないで。

相内君は私から札を取れている。

だから大丈夫よ』


『ありがとう宮崎さん……』



落胆の色を隠せない僕に対し、宮崎さんは力強い声援を送る。


だが正直、今の僕にはそれを受け止める事が難しい。

何故ならば、【工場長、意劔賢一】の他にも、問題は山積みなのだ。


次の相手は他校の強者らしく。

応援している人の熱っぷりからも、相当な人物だと予想される。


彼に勝たなければ、ベスト8入りはまずあり得ない。


その次の、ベスト8入りを果たす大事な競技の相手だが。

順当に行けば去年の優勝者という鬼畜っぷり。


神は乗り越えられる試練しか人に与えないとは言うが。

これから僕が乗り越える試練の壁には有刺鉄線と電気が流れている。

大仁田ファイヤーよろしく、触れたら爆発する危険な代物だ。


嘘だ、嘘だ



それに加えての【工場長】


今の僕は、ボンバーマンの対戦で、うっかりボタン連打をしていた気分なのだ……




『相内君、ちょっと待ってて』



そんな僕を知ってか知らずか。

何かを思い付いた宮崎さんは、帯から折り紙とペンを取り出す。



『背中を貸して欲しいの。

だからちょっと向こうを向いてもらえないかしら?』


『え?何するの?』


『良いから早く』



言われたまま背中を向ける体制になると。

彼女は僕の背中に何かを押し付た。



『え?何々!?』


『いいからじっとして。

動くとブレてしまうわ』



何かを書いている様な感じがする。

それに、コレは…… 何をしてるんだ?



『よし、出来たわ。

こっちを向いても良いわよ』



こそばゆい感じが終わり、期待と不安が入り混じる中振り向くと。

宮崎さんの着物と同じ色をした、小さな薄紅色の折鶴がそこにあった。



『これ、僕に?』


『そうよ。

おまじないをかけてあるから。もし、くじけそうな時は、この鶴の中を見るといいわ』


『今はダメ?』


『ダメよ、渡した本人が近くに居ると、このおまじないは効かないの』



まだ彼女の温もりが残る折鶴を渡される。

小さく可愛らしいこの折鶴を見ていると、不思議と気持ちがチョット軽くなった。



《間も無く午後の部が始まります。

本線出場の選手は、速やかに受付までお願いします》



僅かな休戦も束の間。

合戦の合図を報せるアナウンスが響き渡る。



『相内君、頑張ってね』


『うん!宮崎さんも!!』



文句を言っても始まらない。

なら、全力でぶつかるだけだな!!

元気をくれた彼女と別れると。

お守りの鶴を大事に畳んで胸ポケットへ入れ、僕は受付へと向かった。





〜文学乙女〜

〜蒔カヌ 種ハ 生エヌ〜



午前とは違い。

午後の本戦は一斉に行われる。


各部で分けられていた試合が、同じ会場で行われるのだ。


つまり、急遽用意された簡易の壁を隔て、僕と宮崎さんは同じ場所で同じ様に競技をするという事になる。


宮崎さんの華々しい戦いが見れないのは残念だが。

それ以上に観客の多さに驚きを隠せない。


もちろん全員、僕の事なんて見て居ない。


そんなの周知の事実だが、慣れない僕にとっては胃を痛める原因だ。


ヤバイぞこれー どうしよう……



『君が僕の対戦相手ですか。

悪いけど、勝つのは僕だ!』



生まれて初めての大歓声(宮崎さんへの物)に慌てる僕に対し。

ヨレヨレのチェックシャツにピッチリズボンという立体機動装置を身に付けた“いかにも”な相手がそこに居る。


オマケに、随分な挨拶をして来る素振りから、余程この大会に並々ならぬ熱意を持ってるに違いない。

コレは、強敵だ……



『僕だって負けられないんですよ。 お互い頑張りましょう』


『勝つのは僕です。

僕は優勝して、宮崎さんと握手するんです!』




あぁ?




『それでは本戦、一回戦を始めます』



誰が!



『【めぐりあいて〜】』



お前みたいな!!



『【ちはやふる〜】』



調査兵団に!!!!



『【あまつかぜ〜】』



宮崎さんを!!!!!



『【みちのくの〜】』



触らせるかよ!!!!!!



『【あはれとも〜】』




結果、僕は宮崎さんに忍び寄る変態の進撃を止める事が出来た。



『ありがとうございました』


『ど、どうして、僕が……』



簡単さ、相手が悪かったんだよ!

地元に帰ってふかした芋でも喰ってろ!!



場内に響く歓声から、宮崎さんも順調に勝ち進んでいるのが分かる。


僕も負けてられない!!


早まる気持ちを係りの人に抑えられながら、僕は控室に案内される。

およそ15分後に出番らしく。

それまではココで待機って話だ。



誰も居ないロッカールーム。



青いベンチが真ん中に置かれ

無機質なアルミニウムが並ぶその部屋は、一人で色々と考えるにはうってつけの場所だ。


何だか勢いでここまで来たけど、本番は次だ。


もし次に勝てれば僕はベスト8入りが確定する。


ベスト8に入れれば【下克上ルール】で意劔と戦える。


そして意劔と戦い、僕は奴から札を取る……


札を取って僕は……


僕は…………



何だろう。


考えれば考える程に凄く虚しい。




ハッキリ言おう、僕は意劔には“勝てない”


ここが、気合でどうにかなる少年漫画の世界なら、勝ち目はあるだろう。


でも現実は非情なのだ。


つまり、僕は“負ける事を承知の上で戦いに勝つ”という、かなり矛盾した行為をしている。


その先に待ってるのは、何も無い。

意劔に一泡吹かせた、という歪んだ達成感だけだ。


さっきの競技相手は、理由こそクレイジーだったけど。

勝利を目指す理由は僕より理にかなってる。


もし彼が、僕の勝つ理由を聞いたら何て言うだろうか……


高速で延髄を切られるだろうか……




それに、もし次の試合に負けたら?


この数週間の努力は確かに身になった。

しかし、そこに結果が無い以上、それは無駄な努力。

つまり、苦労でしか無い……



なんだよコレ……


どっちに転んでも何も残らないじゃないか……



ここに来て、僕は最悪の精神状態に陥る。



いやいや辞めろ辞めろ!

そういう考えは辞めるんだ相内拓馬!!


お前はそんなキャラじゃないだろ?


後何分だ?何分で僕の出番だ?



競技が始まれば何も考えずに済むと思い、胸ポケットから携帯を取り出そうとする。

だが、焦りは身体を強張らせ、ぎこちない指令を四肢へと送る。


しかしそれが良かった。

幸いな事に、床に落ちた携帯のおかげで僕は大切な物を思い出す。


グレーの床に落ちた淡い紅色の折鶴。

トランプのダイヤマークみたいに綺麗に畳まれた折り鶴は、まるで桜の花びらの様にも見えた。


それは、今のこの淀んだ気分に色を足してくれた。



《おまじないをかけてあるから、もし、くじけそうな時は、この鶴の中を見るといいわ》



その言葉に引き寄せられる様に鶴を広い、そっと紙を開く……





『あ、相内さん、ここに居ましたか。

出番ですよ』


『………』


『相方さん?』


『……あぁ、すいません、今行きますね』


『それじゃあよろしくお願いしますね』


『はい、ありがとうございます』




〜会場〜




変わらず賑わう会場内。

だが、さっきほどの歓声が無い。


恐らく宮崎さんの出番では無いのだろう。


僕と同じ様に控室で待機中かな?


でも大丈夫。

例えここが大歓声のサッカースタジアムだったとしても、僕は沈着冷静に競技を行う事が出来る。


それほどまでに、今の僕は絶好調だ。



『よろしくお願いします』


『よろしくお願いします!』



目の前に座る相手は元優勝者。

確かにとても強そうだし、流石に礼儀作法も素晴らしい。

正座の仕方とバランスが今まで会った人の中で抜群だ。

だが、不思議と“負ける気がしない”



《ではこれより、本戦二回戦目を開始します》



合図と共に、周りの景色が消える。

自分でも分かるぐらいの凄まじい集中力によって、より一層勝ちを確信する。


読み手の声がしっかり聞こえ。

相手の動作も目で捉える事が出来る。



確かにこの人は強い。


凄く強い。


丁寧だし、速い。

恐らく、百人一首をやる上で大切な基本を全て網羅しているのだろう……


だが。



『ありがとうございました』


『ありがとうございました!』



僕の方が強い!!



『いやあ、お強いですね。

どこで練習したのですか?』


『茶道部の部室です』


『はい?』



僕は見事、ベスト8入りを果たした。






喜び勇みながら、控室へと戻る僕。

数週間前までド素人だった人が去年の優勝者に勝つという快挙。

これはもし、何かのキッカケで世間に知れたら“天才高校生現る”の見出しが付くのでは無いか?

そして、そのままスターダムへと駆け上り。

やがては宮崎さんとのペアで……





……しかし、その言葉が表紙に使われる事はなかった。

前大会優勝者との死闘に全てを出し尽くした僕は。

続く三回戦、名も知らぬ高校一年生にウソのようにボロ負けした。



ベスト8入りの事実に。

色んな糸が弾け飛んでしまったのである。



若干放心状態だったが。


その状態はすぐに回復する。



僕の戦いはまだ終わっていないのだ!

むしろこれからが本番と言って良い!!



控室にて、負けたのに何故か気合が入り。

フツフツと意劔への闘志を燃やしている最中。


地響きの様な歓声と共に、僕の耳に不穏な知らせが入る。



『おい、聞いたか?女子の部……』


『おお、宮崎さんだろ?まさかな……』



胸がざわつく……


宮崎さんに何が?



僕は慌てて観客席へ行く。


思い返せば宮崎さんは全然自分の練習をしていない。

それどころか、自分の時間を全て僕に注ぎ込んでくれていた。


まさか……


まさか、宮崎さんが?


息を切らしながら客席に付くが、大歓声が視界を塞いでいる。


じ、尋常じゃない盛り上がりだ……

百人一首でこんなにも盛り上がるのか?

まるでワールドカップ日本代表が、ロスタイムギリギリで逆転した様な盛り上がりだ。


逆転……?


いや、そんな!!


群衆を掻き分け、最前列に着く。


息を整えながら目を凝らし見つめる先には。


一際大きなトロフィーを無表情で掲げる和服美人が居た。


流石だ、やっぱりブレないね。




《5年連続優勝の宮崎香菜里さんは本日を持ちまして殿堂入りとなります!!

皆様盛大な拍手で祝福して下さい!!》



司会者のマイクパフォーマンスによって、会場のボルテージは一気に上がる。


さっきあの人達が言ってたのはこの事か……


後で分かった事なのだが。

5年連続で優勝すると【殿堂入り】となるシステムで。

殿堂入りをすると、大会には出られなくなる代わりに。

無条件で新春大会に出る事が出来る様になるらしい。


しかし、宮崎さんが出なくなると会場の入りも減るとの事で。

この【殿堂入りルール】を破棄させてくれと、後で主催者側が頼み込みに来たのはココだけの話だ。




とにかくめでたい事だ!


僕も畳の上に居る宮崎さんに、惜しみない拍手を送ると

どうやら彼女も僕に気付いたらしく、手を振ってくれた。



良かった……

本当に良かった……


しかし、ホッとしたのも束の間。



《さあ殿堂入りを果たした宮崎さん!

この喜びを誰に伝えたいですか?》



司会者の粋な計らいによって。



《あそこに居る恋人の、相内君に伝えたいです》



この会場が世紀末へと変貌する事となる。




意劔と戦う前に。


僕は生き延びる事が出来るか?






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