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文学乙女  作者: 月乃輪
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9/12

楽ハ 苦ノ種 苦ハ楽ノ種


まさに秋晴れの空模様。

澄み切った空気が冬の訪れを知らせ。

青々としていた草木は奥ゆかしい化粧をしながら散って行く。

そんな物悲しい秋の朝8時。


神様だって寝ている日曜日だっていうのに、こんな朝早く起きて駅前に居るのには勿論理由がある。


普通の人からすれば、ごく平凡な秋の朝だが、僕からしたら、今日ほど“来るな”と思った日は無い。


いや来てくれないと困るんだけどね本当は。



『おはよう相内君』



やたら大きな鞄をもった我が愛しき彼女、宮崎香菜里さん。

今日も見目麗しい出で立ちですね。

茶色のコートがよくお似合いです。



『随分と大きな荷物だね、持とうか?』


『大切な物なの、私が持つわ。

それより相内君はどう?

準備は出来ているかしら?』



優しさアピールを華麗にスルーした宮崎さんは、僕の一番柔らかい部分にエグい形のナイフを突き立てる。



『出来てませんって言ったらどうなりますか?』


『弱音はここに置いて行きましょうって言うわ』



何てかっこいい事を言うんだ……

僕が女子なら惚れてるよ。

まあ男子でも惚れて、何を言ってるんだ僕は!


度重なる特訓により、僕のシナプスは限界を迎えている。

ここ数日は夢にまで歌人が出て来る始末だ……

先日は紫式部にバックドロップされたまま月を見る罰ゲームをした。


加えて今日、家を出る際に姉から。



『拓馬大丈夫?

私が代わりに出ようか?』


『本当?』


『代わりにバイト行ってくれたら良いよ!!

その代わりあんたのウェイトレス姿を写メって町中にバラまくけどね!!』



と、理不尽な二択を迫られた。


ようやくホモ疑惑が払拭されたのに、今度はオカマ疑惑が浮上したら、僕はこの街を出なければならない。


国へ帰るんだな。

おまえにも家族が居るだろう。




そんな嫌な思い出に浸っている内に、会場である文化区民会館に到着する。

ここまで来ると、それっぽい人がチラホラ見受けられる。


いかにもって感じの人から、え?この人も?って人まで。


とにかく老若男女問わず多くの人がゾロゾロとしている様子は受験の時を思い出す。



『結構色んな人が来るんだね。

これって全部選手なの?』


『中には観客の人も居るわ。

でもこの時間だから選手の可能性は高いわね。

でも安心して、相内君が出る部は高校生・男子の部よ。

全ての人と競う事は無いわ』



それを聞いて少しホッとする……

これだけ多くの人と競い合ったら身がもたないよ。


ん?


“高校生・男子の部”だって?



『ちょっと待って宮崎さん!

それじゃあ僕は意劔と戦えないじゃん!』


『大丈夫よ、各種目別でベスト8になった人はその年の優勝者に勝負を挑む事が出来る【下剋上】というルールがあるの。

この大会が多くの人から指示されてる理由の一つよ』


『え?ベスト8?じゃあつまり、意劔と戦うには他の誰かに勝たないといけないって事?』


『そうよ』



この時まで、僕はすっかり忘れていた。

そう、これは【大会】なのだ。

僕が意劔に一矢報いる“個人的な勝負の場”では無いのだ。


つまり、僕には意劔の他に戦う相手が居て。

しかも、その相手には勝たなければならない。

ここに来て上がるハードルに戸惑いを隠せない。



『ちなみに、意劔が優勝しない確立は?』


『天文学的数字ね、考えるだけムダだわ』


『そう……僕は他の選手に勝てるかな?』


『勝てるかな?じゃないわ。勝つのよ。

じゃなきゃ意味が無いでしょ?

幸いにして枠はベスト8。

そんなに難しく無いわ、大丈夫』



僕の弱音を真っ向から叩きのめす宮崎さん。

そうだよね……

不思議と彼女の側に居るだけで力が湧いて来る。

そうだ……

そうだよ! もしそこで負けたら意劔と戦う資格が無いって事だ!

そうと決まれば絶対に負ける訳には行かない!!



『受け付けを開始しまーす。

男子選手の方はこちらまでお願いしまーす』


『ほら、あそこで受付をやっているわ。

相内君、行ってエントリーしないとダメよ』


『え?宮崎さんは出ないの?』


『女子の受付は場所が違うの。

相内君とはここで一旦お別れね、健闘を祈るわ』


『うん!宮崎さんも頑張って!!』



ヒラヒラと手を振りながら、自分の身長ぐらいある荷物を担ぎ。

勝利と幸運の女神は去って行く。


でも大丈夫。


その恩恵は充分貰った!

後はやるだけだ!!




〜文学乙女〜

〜楽ハ 苦ノ 種、苦ハ 楽ノ 種〜




『ここに並べば良いんですか?』


『選手の方ですか?ならそうですよ』



思ってたよりも多い人にビックリする。

男子の部だけでも50人ぐらいは居るんじゃないか?


ここに並ぶのは全て選手。

つまり、僕が戦うべき相手も居るという事。

それはつまり……



『おや?相内君じゃないか。

君は大会には参加しないんじゃなかったかな?』



この男も居るって事だ。



『ええ、でも、宮崎さんと一緒に出ようってなりまして』


『うんうん、それは良い事だ。

じゃあ僕は受付が終わったから控え室に行くよ、お互い頑張ろう』



宿敵、意劔より差し出された手を、色んな想いを込めて握る。


待ってろよ!目に物を見せてやるからな!!!



そのまま、なんか某DVDレンタル屋に似た書類に個人情報を書き込み、首からぶら下げる物を貰って受付は終わる。


証明書と共に手渡されたスケジュール表を見ると“高校生・男子の部”は2時間後に行われるらしい。

それまでどうしようか……



『あ!相内君だ!!』


『本当だ!おーい』


『相内〜!』



僕の名前を呼ぶ黄色い声に振り返ると、茶道部の人達が居た。

なぜ彼女達が?

まさか…… 僕の応援に?



『おはよう茶道部のみんな!

いやー今日はわざわざありがとう!!』


『ねえねえ宮崎さんは!?』


『宮崎さんの試合は何時?』


『香菜里ちゃんは一緒じゃ無いの?』



先生…… 涙ってどうやったら止まるんですか?



涙を堪え大会スケジュールを見ると“高校生・女子の部”は一番最初に行われるらしい。


開始まであと1時間ある。


折角だから彼女達を連れて選手控え室にでも行こうと思い、一番暇そうな係員に声をかける。



『あの〜すいません。

女子の選手控え室に行きたいんですけど』


『ああ“君もか”

女子選手の控え室なら、そこの角を曲がって【花】を辿って行けばあるよ』



何言ってんだこの人?

【花】?

それに“君もか”ってどういう事?


不思議な事を言う係員の案内通りに角を曲がると、とんでもない数の花束が目に飛び込む。

まるで何かの道しるべの様に置かれる花々には、どれも同じ名前が書いてあった。




【宮崎 香菜里様】





『すごーい何これー』


『うわ!全部本物だよ!』


『これちゃんと世話するのかな?』



花を見てテンションが上がる彼女らを横に、僕は若干引いていた。

まだまだ彼女には隠された部分があるみたいだ……

きっと世界の七不思議の一つに任命されているのかもしれない。

どれもこれも常軌を逸する物ばかりだ……


圧倒されている僕を知ってか知らずか。



『ねぇあれちょっと……』


『うわぁ…… 何アレ』


『綺麗……』



廊下の奥から



『みんなおはよう、まさか応援に来てくれたのかしら?』



和服を身に纏う超絶美女が現れた。



『宮崎さんどうしたの!!』


『予選とは言え、大会よ。

ちゃんと正装するのが礼儀じゃなくて?』


『け、化粧もしてる!』


『女の化粧は一番の正装よ』


『す、凄い…… 人形みたい』


『あらありがとう。

でも、誰だってこんな格好すればそう見えるわ』



淡い紅色をベースとした生地には、透明感のあるブルーと白の牡丹が散りばめられ。

袖元に行くに連れて白へと変わるグラデーションは、まるで季節外れな桜の花びら。


真ん中に鎮座する帯は紫の金粉仕上げ。

可愛らしい着物のデザインに、大人の艶やかさが加わって最強に見える。


髪は後ろで結わえ、慎ましくも上品な簪で止められており。

ほんのりと添えられた頬紅と口紅が、果てしない妖艶さを醸し出し、なんとも言えない上品さと、色気を全面に出している。


絶対に間違いなく、この美しさは宮崎さんだからこそ成せる物に違いない。


素晴らしい……


これぞまさに神の奇跡だ……


空いた口が塞がらぬ僕は、ようやくここに来て全てが分かる。

どうして、各公共施設で彼女は有名なのかを。

どうして、こんなに花が送られるのかを。

意劔が、彼女を“特別な選手”と言った理由を。


これは一つの芸術だ……


芸術に賞賛を送るのは当然の行いなのだ……



『相内、どうした?』


『……』


『あら?晴れ姿の私に見惚れてくれているの?

嬉しいわ、重い想いをしてまで、着物を持って来て正解だったわ』



なんかもう、正直、意劔とかどーでも良くなって来た。

このフルアーマ宮崎さんを見れただけで僕は満足だ……



『じゃあそろそろ時間だから、私は行くわね』


『頑張ってね!』


『応援してるから!』


『ファイト!』


『綺麗だ……』



後から聞いた話だと、僕はしばらく戦意を喪失していたらしい。



〜高校生・女子の部〜



結論から言おう。

これはもはや競技では無い。


【ファッションショー】+【一方的な虐殺】の全く新しいエンターテイメントだ。


宮崎さんの人気は凄まじく、入場と同時に拍手と声援が送られる。


朝早くのハズなのに、会場には多くの人で賑わっている。

この殆どの人が宮崎さん目当てかと思うと、相手の選手が可哀想だと感じたが、別にそんな事は無かった。

相手の選手もファンらしく、目を輝かせている、しかも全員。

なんだこのカリスマ性は……


いざ競技が始まると。

妖艶な美女の外見とは裏腹に、鬼神の如き強さを見せ付けながら、対戦者を次々と散らして行く。


最初、僕が百人一首を舐めていた頃に言われた【格闘技】の意味がここに来て理解出来る。


その戦いっぷりは見事な物で。

一度宮崎さんが動くと、着ている着物の色も相まって、まるで戦場で咲き乱れる桜吹雪の如き華やかさを演出させている。

払った札が、花びらの様に舞い、会場に居る全ての人を虜にさせた。



結果は言うまでも無く圧勝。


宮崎さんは午後の本戦へと駒を進め、会場を出る最後まで拍手をその身に浴びていた。



《15分の休憩の後、高校生・男子の部を始めます。

選手の方は受付までお願いします》



『相内君、頑張って(棒)』


『相内、適当に頑張れ(棒)』


『宮崎さん、カッコ良かった〜(惚)』



アレ? 僕 何カ 悪イ 事ヲ シタッケ?




〜高校生・男子の部〜



《それではこれより、会場内へと進みます。

また、競技中は携帯電話の電源をお切り下さい。

万が一鳴った場合、妨害行為とみなします》


係員の注意に従い、電源を落とした携帯を胸ポケットにしまいながら、会場入り口の前で整列をする。

生まれて始めての大会が百人一首だなんて誰が予測出来よう。

少なくとも当事者の僕は全く考えて居なかった。


目に映る全ての人が強そうに見えて来る……


うわぁ本当に大丈夫なのかな……


そうこうしてる間に扉が開き、若干の緊張感と共に会場に入る。

そこは、さっきまでと同じ場所なのかと思う程の変化があった。


人、少なッ!!


ほんの数十分前はあんなに賑わっていた会場が、まるで平日の草野球グラウンド。

あの歓声をあげながら観戦していた人達は一体どこに行ったのか……

そう不思議に思わせるが、僕にとっては逆に好都合。


良い感じに緊張が解け、尚且つ人が居ない安心感によって。

失いかけていた平常心が戻りつつあったのだ。


これなら何とかやっていけそう……


対戦相手と会釈を交わすと、競技を告げる音色が聞こえる。

まずは何としても勝たないと……


ピリピリとした空気の中、合図と共に上の句が読まれる。

その瞬間、僕の身体に異変が起きる。


取れる……


取れるぞ!!


僕にも札が取れる!!!


それに相手が【遅い】

宮崎さんと比べるとだけど、確かに遅い。


バックドロップをかましてくれた紫式部も今では心強い味方であり。

百人一首の獅子と行った、一方的なボコボコ競技も価値のある物だったと今分かる。

虎と組手をしていた空手家が、猫に負ける訳が無いのだ。


行ける!コレは行けるぞ!!


狂気の日々は無駄では無く。

僕はなんとか午後の本戦に進む事が出来たのだった……



〜会場の外〜



『相内君、おめでとう!』


『相内君、頑張ったね!』


『相内やるじゃん!!』


競技後、僕を待っていたのは茶道部のみんな。

そして……



『おめでとう相内君』



フルアーマ宮崎さんだった。


その出で立ちは、あれだけの大立ち回りをした人と同一人物だと思えないぐらい清楚で上品で甘美。

このギャップに堪らない魅力を感じるのは僕だけじゃ無いハズ!


それにしても本当に着物が似合う。

きっと七五三の時とかヤバい事になっていたんだろう……

小さい頃の宮崎さんとか、想像しただけでどうにかなりそうだ。


もはや着物を着ているのでは無い。

着物が宮崎さんの身体にくっついていると言っても過言では無い。



『宮崎さんもすっごいカッコ良かったよ〜』


『そう、嬉しいわ』


『初めて百人一首の試合を見たけど来て良かったよ!』


『ありがとう、喜んでもらえて何よりだわ』


『ねぇねぇ!サイン頂戴!!』


『いいわよ』



何だか僕と扱いが違う賞賛の嵐に対し、紫色の帯からサインペンとカラフルな折り紙を取り出す宮崎さん。

慣れた手付きでそれぞれにサインを書くと、それを一人づつ丁寧に手渡していた。



『宮崎さん、まさか大会の時はいつもソレ、持ち歩いて居るの?』


『欲しがる人が増えるので、一昨年から持ち歩く様にしたのよ。

こんな物を貰ってうれしいのかしらね?』



少なくとも、目の前でピョンピョン跳ねる三人は嬉しいみたいですよ……



『じゃあ私達は用事があるから帰るね!』


『宮崎さん!相内君!頑張ってね!』


『宮崎さん!必ず部室に来て下さいね!!必ずですよ!!』



【宮崎香菜里、サイン入り折り紙】を貰い、ご満悦な三人は、激励の言葉(一人を除く)を言うと元気良く帰って行った。


何しに来たんだか……



『行っちゃったね』


『さっき話していたんだけれど。

三人共、わざわざ忙しいのに来てくれたみたいよ。

次に学校に行った時にお礼をしないとね』


『そうだね……』



正直、僕がここまで来れたのは彼女達のおかげだ……

ほぼ毎日部室を貸してくれていた事を思うと胸が熱くなって来る。

今度、クッキーでも焼いて持って行こう。

お茶に合う様に作らないとね!



『そう言えば、次は意劔の出番じゃない? 宮崎さん見に行こうよ!』



思い出すのは次の演目である

【大学生・男子の部】

つまり、あの意劔が出る競技なのだ。



『ええ、でもあまりオススメはしないわよ?』


『何で? 行こうよ!!』




少し濁った反応をする宮崎さんに対し、何も考えずに会場に入る僕。


だが会場に入ってすぐに。

彼女がどうして反応を濁らせたのかの意図を理解し、この場に来た事を後悔した。


静まりきった会場は、お通夜ムードに突入しており。

誰一人歓声をあげずに淡々と競技が行われる会場に目を向けている。



『ねえ宮崎さん』


『何かしら?』


『馬鹿みたいな質問をしても良いかな?』


『どうぞ』



そこから見えるのは、百人一首の知識が無い者ですら分かる、あり得ない光景が広がっていた……



『どうして意劔は







【読まれて無い札】を取れるの?』









『彼はそういう人なのよ』





本来、百人一首は読み手が上の句を読み。

取り手が下の句を取る、そういう競技だ。


その為に全ての札を覚える事が必須。

なので、初心者には少し厳しい。


だが、それこそが百人一首の醍醐味であり、面白い所。


なのに、意劔は……

それを完全に無視していた……



『また読まれる前に取った!

あれはルール違反じゃないの?』


『一応はルール違反では無いわ。

もし違っていたら【お手つき】になるけどね』



これもまた違う競技だった。

ただ、宮崎さんの様な華がある物とは違い、作業の様に行われる競技。

まるで【工場】みたいな百人一首が繰り広げられていた。



『行きましょう、相内君。

これ以上は時間の無駄だわ』



そう言われても、何故か僕はその場を動けない。


意劔が凄いからでは無い。

一枚も取れずに悔しがる、選手の顔が目に焼き付いて離れないのだ。



『相内君?』



僕は……


僕は本当に。


あの人から札を奪えるのだろうか?





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