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《婚約破棄―エンゲージブレイク―》はスキルじゃなくて呪いです!  作者: 空乃智春
最終章 婚約破棄の魔女と化物王の場合
44/44

44.与えて、与えられて、補いあって

 横目でクレイシアを見れば、そわそわとしているのがジークにはわかった。

 膝の上のヴィルフレイムを撫で、落ち着かない様子だ。


 城にある、ジークの部屋。

 《婚約破棄》のスキルを解除し終わって、二人は城に戻ってきていた。


 夕暮れどきだからか、少し部屋は薄暗い。

 ランプをつけようとジークは席を立った。



(クレイシアと《エンゲージ》を結び直せば、記憶が戻るんだよな)

 不自然に欠けている、自分の記憶。

 何を忘れているのか思い出せないのに、忘れていることだけはわかる。

 ずっと、もやもやしながら過ごしてきた。


 人づてに聞く自分は、自分じゃないようで。

 クレイシアの夢でみたジークもまた、自分の知っている自分とは違っていた。


(あれも、俺なんだよな。俺とあいつの差は、クレイシアの記憶があるかないかだ)

 それだけで、あんなに人は変わるんだろうか。

 ふいに、この一年の自分自身をを振り返ってみる。


(まぁ……変わったよな俺も)

 誰かと一緒にいる楽しさと、気にかけてもらえる喜び。

 嫉妬に独占欲。

 どれもジークが知らなかったものだ。


(一年クレイシアと過ごしただけでこれだ。ずっと一緒なら、あれくらい変わるな)

 驚くほど、すとんと胸に落ちる。


 記憶を取り戻すことで、自分が自分でなくなるんじゃないか。

 クレイシアに言ったりはしないが、未だにそんな恐怖がはあった。

 けれどそれを思えば、怖がっていたことがバカみたいに思えてくる。


「クレイシア」

「ひゃ、ひゃい!」

 名前を呼べば、クレイシアが返事をする。

 緊張したその様子に、体から少しだけ力が抜けた。

 クレイシアの前に膝をつく。


「アベア神に誓って、ジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハインは、いずれクレイシア・ウォルコットを妻とすることを誓おう」

 クレイシアと手を繋ぎ、婚約の決まり文句を口にする。


「私、クレイシア・ウォルコットはアベア神に誓って、いずれジークフリード・ヴェルフレイム・エイデルハイン様と結婚することをここに誓います」

 クレイシアは照れた様子で、同じように言葉を返してくれた。


 この宣言は、この場にいないアベア神にも届いている。

 今頃悔しがっているだろなと思えば、気分がよかった。

 繋いだ手のひらが熱くなり、手の甲に《エンゲージ》の証が刻まれる。


「ぐっ……」

 その瞬間、胸がくるしくなり、めまいがしてその場でうずくまる。

 頭の中にいっきに情報が入りこんできて、記憶が戻ってきたのがわかった。

 ずっと閉じていた箱を開けて中身をみたような、そんな感覚だ。


(あぁ……なんで俺は、こんなことも忘れてたんだろうな)

 幼いクレイシアが声をかけてきた日のこと。

 振り回される日々が、楽しくてしかたなかったこと。

 どの思い出も戻ってきてみれば、ずっとそこにあったような気がする。


 クレイシアは心配そうな顔をしている。

 それだけで、たまらなく幸せな気分になった。


(俺を、心配してくれてる)

 記憶喪失前は、今みたいな小さなことでも嬉しかった。

 人間は誰もがジークのことを怖がって、相手にはしなかったし、それが当然だと思っていた。


「シア、俺との約束守ってくれたんだな」

「記憶、戻ったんですか?」


 おそるおそるというように、クレイシアは尋ねてくる。

 前に一度、同じような状況があったから、疑り深くなっているのだろう。


「あぁ、全部思い出した。この一年くらいの記憶もちゃんとある。なんでこんなことを忘れてたんだって、不思議に思うくらいだ」

 立ち上がってクレイシアを抱きしめる。


「ジ、ジーク!?」

「なんだ? そんなに慌てて。真っ赤だな」


 記憶喪失前には、見られなかった反応。

 それに満足する。

 あのときなら「もう、ジークふざけないでください」と言われて終了だった。


(この一年で、俺に対するクレイシアの想いも育ったってことだな)

 クレイシアが自分のために頑張っていたことを、ジークはちゃんと覚えていた。


 ジーク、ジークと呼びかけて。

 素っ気なくされても、めげずに構ってきた。

 思い返すと愛おしくて、仕方ない。

 愛されているなと感じるのは、この上ない幸福だった。


「大分遠回りしたけど、お前が好きだ。シア」

「わ、わわっわたしも……好きです……」


 異性として、意識してくれている。

 ずっと望んでいた反応。

 回り道も、ムダじゃなかったと思えた。


「この一年で、大分素直になったよな。シアから迫られるのも、悪くなかったぜ?」 

 そっとクレイシアの頬に手を添える。

 瞳をまん丸にしたその顔が、小動物みたいで面白かった。


「婚約したこと、城の皆に報告しにいくぞ」

「はい!」

 手を差し出せば、クレイシアが握ってくる。


 クレイシアといれば、きっとこれから先も賑やかな日々になる。

 退屈なんてしている暇はなくて、たくさんの失敗や回り道をすることになるだろう。


 それでも、振り返ったときに一緒に笑いあって、前に進めるのなら。

 それはもう、十分に幸福なんじゃないだろうか。


 城の皆に祝福されながら、ジークはやっと手に入れた幸せをかみしめていた。



 ◆◇◆


 細かな刺繍が施されたシルクの生地は、どこまでも純粋な白。

 上半身はすっきりとシンプルながら、腰からお尻、そして地面に辿り着くまで、何層にも重ねられた滑らかなフリルは豪華の一言です。

 歩くたび私の背後で揺れ、人々の目線を引きつけているようでした。


「クレイシアちゃん、綺麗よ!」

 サキュバス三姉妹のアルシェさんが、私のウェディングドレス姿を褒めてくれます。


「おめでとうお姉ちゃん!」

「幸せになってね!!」

 実家のダンジョンから駆けつけてくれた妹達も、祝福の言葉を投げかけてくれます。


 今日は私とジークの結婚式でした。

 場所ははじめて婚約したときと同じ、ジークの城です。


 ヴェルフレイム様に婚約を申し込まれ、ジークがヴェルフレイム様だと知らずに婚約破棄をしようとしてから、一年とちょっと。

 色々ありましたが、ようやくスタートラインに戻ってきた気がします。


 招待状を送り、ジークの城に集まったのは各国の要人や、私の家族。

 そして《婚約破棄の魔女エンゲージブレイカー》のお客さん達でした。


 ベールに遮られた前方は、うっすらとしか見えません。

 ドレスは重く、緊張で体が上手く動きませんでした。

 父の腕を借りながら、ジークの方へと歩んでいきます。


 立ち止まり、体の向きを変えて。

 ジークと向き合えば、そっとベールが持ち上げられました。


 今日のジークは前髪を後ろに撫でつけて、正装をしていました。

 ジークの顔を見た瞬間、緊張の糸がほどけるのを感じます。

 まずいと思ったのに、ぽろぽろと涙がこぼれていました。


「シア、泣くのはまだ早いだろ」

 ジークがルビーのような色をした瞳を細め、仕方ない奴だなと肩をすくめます。


「だって、ジーク……」

 色々あって、またジークとこうして一緒にいる。

 それがどれだけ凄くて、尊いことなのか。

 今の私には痛いほどよくわかっていました。


「お互いを慈しみ、末永く共にいることを誓いますか?」

 アベア神の姉であり、結婚を司る神であるユリア神が尋ねてきます。


「「誓います」」

 私とジークは互いに顔を見合わせ、手を取り頷きました。


「では二人に、わたくしから祝福を与えましょう!」

 ユリア神が高らかにそういえば、婚約の証しである《エンゲージ》の紋章が手の甲から浮き上がります。

 宙に浮かんだその紋章は、私のものがジークの胸元へ、ジークのものが私の胸元へと吸い込まれるようにして消えました。

 互いに約束を胸に刻む、そういう意味合いがこの儀式にはあるのかもしれません。


「ジーク、大好きです」

 もしもまた、ジークとこの場所に立つ機会があったのなら。

 改めて言おうと、ずっと前から決めていました。


「俺もシアが好きだ。最初からこうやって、面と向かって言えばよかった」

 ジークは苦笑しながら、私の頬を撫でました。

 くすぐったいのにそれだけじゃなくて、まなざしにドキドキとします。

 

「シア」

 優しくジークが、私の愛称を呼びました。

 距離が近づいて、ゼロになります。


 優しい口づけは、クラクラとするほど甘く感じました。

 慣れないドレスでバランスが危うくて、ジークの胸にしがみつきながら、そのキスを受けます。

 

 ジークと一緒にいて、苦しいこともありました。

 それでもこの先も、ずっと共にいたいと思うのはやっぱり好きだからです。

 ジークが何度記憶を無くしたって、また好きになる自信がありました。


「これからもよろしくお願いしますね!」

「あぁ、よろしくされてやるよ」

 思いっきり抱きつけば、偉そうにジークがニッと笑います。

 そのままお姫様抱っこをされてしまいました。


「ちょ、ジーク!? いきなり何をするんですか!?」

「そのままハネムーンに行こうかと思ってな。こういうのが夢だったんだろ?」

 悪戯っぽくジークは笑い、皆が両脇に待ち構える道を歩いていきます。


 実家のダンジョン《ウェディングケーキ》にいるとき、カップル達がよく話していました。

 今後の未来や、結婚のこと。

 たっぷりのクリームに果物を飾ったケーキのような、甘くて綺麗な夢のお話。


 私がそれをうらやんでいたことくらい、ジークにはお見通しだったようです。

 何も隠し事なんてできないというか、私という人間のことをジークは丸ごと把握しているようでした。


「ジーク、これ恥ずかしいですよ!」

「俺も恥ずかしいから、おあいこだろうが」

 少しジタバタしたところで、ジークはやめてくれません。

 恥ずかしいけれど嬉しいと思っていることも、見抜かれているようです。


 参列客から冷やかされながら、花びらのシャワーを浴びます。

 そこにあるのはたくさんの笑顔です。


 与えて、与えられて、補いあって。

 完璧とはほど遠い私ですが、これから先もずっとジークとすごしていく。

 それを思えば、幸せだとしみじみ感じました。

これにて完結です。長い間ありがとうございました!

婚約破棄ものを書いて見たかったんですが、全力でおかしな方向へ行った感が否めません。

それでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。


あと、間違えて「生き残りの少女は、不器用な竜に愛される」の方に最終話をうっかり投稿していました。すみません!

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