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三色の王2  作者: 水山柔
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首都カイリー

「お疲れ様です、南條さん」


違法薬物の取引を行っていた組織の中枢を殲滅して室内を辞した青年、南條真琴を出迎えたのは、一人の女性捜査官だった。〝青薔薇〟の隊服に身を包んでいる彼女は、クローバー支部所属で、今回南條との折衝役を務めていた。返り血を浴びていないことを示して差し出されたタオルを断り、青年は手に持った紙切れを見せる。


「これで根っこは一応潰した。リストの在り処も吐かせたから、末端まで残党狩りが済むのも時間の問題か。それより、輸入元を潰す方が面倒だな。船を沈めたのに苦情を言ってきてくれれば楽なんだが」


 大雑把そうな見た目に反し、よくよく用心深い巨漢に呆れた様子の南條に、女性はタオルとは逆の手に持った封筒を丁寧に手渡す。


「その件ですが、後事は別の捜査官が引き継ぐと連絡が入りました。南條さんは、速やかに次の任務に移るように、との本部からの通達です」

「なに、まだ最後まで終わっていないのにか。そりゃ珍しいこともあるもんだな」

「足の手配も済んでいます。こちらへどうぞ」


 歩きながら早速中身に眼を通し始める青年を、女性は緊張した面持ちで先導する。明らかに年齢は南條の方が下だが、女性は最大限の敬意を払って応対していた。それがまるっきり、自然であるかのように。

 それはそれとして、麻薬の取引はメガラニカ連邦において殆ど最上級の重犯罪だ。怨恨による殺人事件は懲役刑で済むことも多いが、薬物を取り扱えば、僅かに関わっただけでも、今回のように容赦のない鉄槌が下ることになる。だからこそ、わざわざ南條が派遣されてきた訳で、その対処を途中で切り上げさせるなど、あまり考えにくいのだが。

 一体次はどんな仕事なのか、女性は振り返りたくなる好奇心を押さえ、黙って青年を案内した。


 

 第一都市クローバーでの任務を終えた南條は、機上の人となっていた。目指すは南西、連邦首都カイリーである。距離は三百キロ、およそ一時間の空の旅である。

 〝青薔薇〟の専用機を拝借しているので、少々の物資とパイロットを除けば南條の貸し切りだ。眼下に蒼峰と呼ばれる山脈の絶景を見流しながら、青年は次の派遣先に想いを馳せていた。


 連邦首都カイリー。メガラニカ連邦の国会議事堂が存在する政治の中枢。ただし、色々と複雑な事情を抱えている街でもある。

そもそも、メガラニカ連邦は大まかにいえば、六つの州と一つの準州、そして幾許かの特別地域で構成されている。


 六つの州と準州は簡単だ。連邦成立時に存在した七つの国が前身となっており、国境がそのまま州境に、旧首都が州都となっている。帝国によって焦土と化した国が準州となったり、代表が投票制になったりと、体制的には少なくない変化があったものの、市民的な感覚としては概ね戦前の生活が維持されたといっていい。隣国との戦争が恒久的に無くなり、代わりに物資のやり取りなどの交流が始まった分だけ、むしろ暮らしやすくなったといえるだろう。


 さて、帝国による南下政策を退けた櫻田の発案で、一つの大きな国として纏まることに決まるところまでは良かったのだが、そこで最初の問題が持ち上がった。

 ――つまり、首都をどこにおくか。その重要性は、改めて説明するまでもないだろう。

 喧々諤々の会談の末、何とか絞られた候補地は四つ。櫻田一族の住まう双子島か、大陸中央の聖地か。或いは、南東の大都市、シャルドネ、クローバーのどちらか。このうち、前の二つは諸事情から早々に却下され、残る二つの都市で決戦投票を行うことになったわけだが、ここから話し合いは混沌を極めた。簡単に纏めたが、この論争は二転三転どころか、最終的な結論が出るまでにかかった期間は数十年にも及び、連邦最大の分裂危機と断言できるほどの深刻な対立だったと記録されている。


 その証拠と言う訳ではないが、直接的な武力闘争にこそ発展していないものの、今日に至るまでシャルドネとクローバーの不仲は絶賛継続中で、どちらも〝青薔薇〟の第二支部がおかれた、連邦の第一都市と自称する、ややこしいことこの上ない状況に陥っている。連邦成立前からの因縁も絡み、解決の目途は立っていないが、皮肉にもライバル関係のおかげで切磋琢磨して発展し続けているともいえるので、無理やり仲良くさせるのも上手いとは言えまい。現に、恐らく口利きが出来る筈の櫻田一族は一切口出しをしていない。もっとも、単に厄介事に巻き込まれたくないだけなのかもしれないが。


 結局、二都市間で首都機能を持ち回りにする混迷期を経て、折衷案として採用されたのが、この両都市の間に新たな街を一から作り上げ、そこを首都とする荒技だった。おかげで首都カイリーの都市としての歴史は浅く、現在の雛形が完成したのはおよそ百年前。連邦自体の半分というわけである。内陸百キロに位置する割には流石に発展しており、規模でいえば七つの州都に次ぐ八位につけてはいるものの、これは第一都市の一割にも満たない数字だ。


 つまるところ、首都と冠するとはいえ、カイリーとは所詮、農地として利用されていた一帯を、紆余曲折の末開発して生まれた辺境の地に過ぎない。人口四十万、面積八百平方キロメートルにどちらも僅かに届かず。完全計画都市として美しい街並みを誇るものの、他七つの州都に比べれば随分と小規模で、そこには独自の色がない。

 しかし、見かけだけの美しさも、あくまで観光資源的な観点での話。勿論、政治の世界においては最上位機関が存在し、それ以上に櫻田一族の代表、即ちメガラニカ連邦としての意志を決定する実質的な王が常駐する意味で、まごうことなき首都だ。


 それに伴い、〝青薔薇〟第一支部の規模も、七つの州都に置かれるそれと遜色が無い。人口が突出して少ない点を踏まえれば、最も治安が優れていてしかるべき。実際、手は十分足りているのか、全土をたらいまわしにされてきた南條も、カイリーだけは仕事の赴任地になったことはない。

 にも関わらず、本部捜査官を要請し、上もそれを認めた。それも、たかだか、といっては語弊があるが、殺人事件ごときに。軽んじるつもりは毛頭ないが、これまで南條が派遣されてきた事例に比べればいかにも……しょぼい。


「――この一件、何か裏があるのかもな」


 思索に耽っている間に、フライトは既に終盤。いよいよ目的地が近付いてきたようで、地平線の彼方まで続く闇夜に、突如として人工の光が浮かび上がっていた。あと十分ほどで到着する旨を伝えてきたパイロットに応えてから、青年は何気なく心中を吐露する。この時は、特に他意はなく、ただ何となく呟いただけだった。

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