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三色の王2  作者: 水山柔
10/15

連続放火殺人事件

 しかし、到着した第一支部で挨拶もそこそこに受け取った詳細な書類を確認して、懐疑は確信に変わった。

 連続放火殺人。それが首都カイリーを襲っている恐怖の正体であり、速やかに解決すべしと命じられた事件であった。

 書面によると、第一の犯行は昨年末。それから実に二週間もの間、二日に一人のペースで犠牲者が出続けている。警察上層部とも連携し捜査を行っているが、芳しい成果は皆無。手の空いている者を総動員しても、次々と起こる凶行に有効な対策を打ち出せていないのが現状らしい。


「放火殺人というか、正確には、殺人、死体損壊および放火、か。消火後回収された遺体は、全て切り刻まれ、その上で火をかけられている点が共通。何らかの薬品が用いられているのか、いずれも損傷が激しく、身元の特定も難航している、ね」


 一体どんな薬品だ、と眠気眼をこすりながら南條はツッコミを入れる。火葬場でもあるまいし、鑑識に手間取るほど遺体を焼いてしまうのはなかなか難しいだろうに。

 そう軽んじて、同封された現場写真を安易に並べたのが悪かった。そこには、目を背けたくなる人体のなれの果てがばっちり写っていた。罪もない犠牲者には申し訳ないが、吐き気を催すそれに、さしもの南條も思わず目を逸らしそうになる。


「グロいな。黒焦げじゃねえか。この微妙に残ってるのが、また……」


 医療従事者などの本職には劣るが、人体の構造に多少精通しているせいで、青年にはシルエットの一部だけでどの部分か理解できてしまうのが災いした。殆ど原形を留めていないのだが、焼け焦げて崩れた肉片も、彼には炭化した黒いナニカではなく、きちんと酷い遺体として認識出来てしまった。それでも何とか耐えて観察を続けてみるも、手掛かりになりそうなものはやはり見つからなった。


 続けて南條は現場記録を読み込み、〝青薔薇〟が記した推測を妥当だと判断した。少なくとも、殺害から放火まで通して同じ場所で行われているのではない、というのが彼等の主張だ。

 

 根拠は、現場に残留している残留物が少ないこと。

 遺体自体は、徹底的に破壊して火をかけることで証拠品として役立たなくすることは不可能ではない。手は尽くしてくれているようだが、損壊の度合いによっては、もしかすると、日々進歩する鑑識技術を用いても、身元を特定することさえ難しいかもしれない。

 だが、どれだけ執拗に証拠隠滅を図っても、殺害時に出る副産物までは簡単に消せない。大量の出血を伴う刃物を使った刺殺はいわずもがな、撲殺や絞殺でもそう毎度毎度何の痕跡もなく殺せるわけはない。

 分かりやすくいうなら、まず何らかの手段で被害者を殺める際、血液や毛、場合によっては尿がまき散らされる。言うまでもなく、遺体を切断する際には更に夥しい血が流れる。毛布などを敷いてその上で解体、血が抜けきるのを待って回収などと意味の分からない手間をかければ理論的には不可能ではないが、そのような不自然な痕跡は見つかっておらず、そもそもそこまで言い出せばきりがない。当然、作業は長時間に及ぶだろう。

 現実的にありそうなのは、例えば風呂場などの後始末が容易な場所で事に挑むことだ。 


「殺して、ばらして、運んで、燃やす。……一体、どんな意味がある?」


 殺害場所と解体場所、そして放火現場が異なる謎。

 殺したその場で切断し、別の場所に遺棄するついでに燃やしたのか。殺して遺体を持ち運び、道端で切断して火をつけたか。それとも、全て別の場所で行ったのか。

 生命活動が完全に停止した遺体であれば、切断したところでそう激しく血液が飛んだりはしない。普段なら遺体の側に残されている血液の量などで前二つの区別はつけられそうだが、遺体が黒焦げになるほどの火力であれば地面に流れた少々の血液くらいは蒸発してしまうだろう。頼みの生体反応を調べることも、あの状態ではなかなか難しいのではないだろうか。


 また理屈の上では、持ち運びの容易さや解体に掛かる時間があるので、どこか人目に付きにくい屋内で遺体の損壊が行われたと考えるところだが、それもどうだろう。何しろ、既にこれだけの凶行を八度繰り返している異常者だ。常道を問うのであれば、そもそも、まともな神経で出来る所業ではない。


「大体、死体を燃やすなんて、捜査撹乱にはともかく、証拠隠滅には甚だ不向きだ。街の外に埋めるか、廃屋に隠すならまだしも、わざわざ目立つような真似を仕出かす。その歪んだ自己顕示欲は、一体なんだ?」


 胸中の怒りと、それに倍するある感情を抑えつけて、南條は何とか平静を保つ。

 激情に駆られて、闇雲に動きまわるのは悪手だ。自分の考えが正しければ、この街のどこかに無差別に人を襲って死体を弄ぶ狂人が潜んでいるのだ。しかも、〝青薔薇〟の警邏を二週間掻い潜るだけの運と知恵も持ち合わせている。そして、ただ手をこまねいていれば、まず間違いなく、次も、その次も起こる。その魔の手が誰に及ぶかは、想像のしようもなかった。


「――そうはさせるか。全力で見つけ出して、完膚なきまでにぶち殺してやる」


 断固たる決意が自然と零れたところで、何か聞こえた気がして我に返り、ふと周囲に目を配る。いつの間にこんなところまで来たのか、南條はカイリー中央の人工湖の畔を歩いていた。思い出して音の方向に目線だけ寄こすと、三歳児くらいの子どもが号泣。しかも何故か、それを庇うように抱きしめる母親らしき人物は無言で非難の視線を浴びせてきていた。嫌な予感がして逆の方向を確認すると、そちらでもちらちら見ながら足早に離れていく人の列。

 物騒な発言は小声だったので、届いてはいない筈。だが、よくよく考えて分厚いナイフを堂々と携帯する人間がいれば、それだけで充分危険人物と認識されるだろう。その上、幼児が泣きだしてしまうくらいには、威圧感も放っていたらしい。


「……ごほん」


 咳払い一つ。あくまで注目を集めてしまって考え事には向かなくなったからだと、自分に言い訳をしつつ、居たたまれなくなった南條は素早くその場を後にすることにした。



 子どもを脅えさせて逃げ出した南條だったが、相変わらず湖の側を歩いていた。

 あまり騒がしくないので黙考するのに向く上に、一種の休憩スポットなので奇異の視線も少なくて気も散らない。一度繁華街を歩いていたら、煩い上に悪目立ちしてしまった。無視するにしても、和やかに休みを満喫していた人々の様々な反応は、精神衛生的にあまり宜しくない。


 しかし、どうすべきなのだろう。

 別の仕事をした足で深夜に到着した後、より詳細な資料に目を通した関係で、南條が眼を醒ましたのは昼過ぎのこと。夢の中でも捜査方針を練っていた気がするが、明確な結論はまだ形にはなっていなかった。

 とりあえず、解剖を含む犠牲者の調査、および目撃者を探す聞き込み、各地の監視カメラの確認といった手法は論外だ。正確に言うなら、そちらも勿論進めるが、南條はやらない。専門知識、人手と地味な作業を厭わない粘り強さがものをいう捜査は、本部隊員には不似合いだ。明言しておくが、見下しているわけではない。単に、才能を最大限に発揮する場所が異なる、というだけの話である。


 警察の執念が実を結ぶのなら、それはそれで全く構わない。喜んで手柄を譲ろう。

 けれど、時に外法が正着より優れた結果を叩き出すことがあるのも事実だ。様々なしがらみの無い者にのみ成し得るアプローチこそ、南條に期待されている仕事というものだろう。


 今回でいえば、連続放火殺人事件の解決を任じられたのであって、捜査をしろと命令を受けたわけでは無い。犯行の動機や凶器、もっと言ってしまえば、その正体すらどうでもいい。所詮、それは枝葉だ。

 まだるっこしいことは抜きにして、要は犯人を挙げられればそれで万事解決だ。隣の大都市で続きをされてはかなわないから、流石に街から追い出して良しとするわけにはいかないが、極論、今目の前で犯行に及んでくれれば、取り押さえて最短での終幕である。


 幸い、推理小説の世界ではないのだ。正体不明の猟奇殺人鬼が意外な人物でなくても、知略の限りを尽くした偽装工作を見破らなくても、いかにも強敵然とした黒幕が実はゴミ屑のように矮小でも。

 締まらなく盛り上がりにかける展開になったとしても、南條にとっては歯牙にもかけぬ些事だ。むしろ、諸手を挙げて歓迎する。


 通常踏襲すべきまともな捜査過程をすっ飛ばし、犯人確保の任務達成条件から逆算して行動指針を練り上げていた、ある意味不埒な南條が異変に気付いたのは、まさにその時だった。薄く広域に張り巡らせていた意識が異常事態を察知し、青年は潜考状態から覚醒する。同時に、それまでの全ての思考は破棄された。




 ――詮無いことではあるが。

 後から振り返ってみると、ここが重要な分岐点だった。

 この時、任務達成条件、つまり勝利条件について十二分に掘り下げ、対をなす敗北条件に僅かでも思いを馳せていれば。この騒動の最終局面において、歴史が動いた可能性は大いにあった。勿論、時の流れが一方通行である以上、結果を左右したかどうかは、まさに神のみぞ知ることだが。


 故に、これは単なる結果論。

 もし、パイロットが時速にして数キロ速く操縦していたら。もし、青年が繁華街に寄り道することなく思案に専念していたら。もし、親子が人工湖ではなく公園に足を向けていれば。

 あと数分、せめて数秒、事件発生までに時間があれば、全ては変わっていたかもしれない。

 しかし実際は、パイロットは規定速度を遵守し、青年は余計な意識を割き、親子は美しい湖の畔を訪れ、その猶予は誰の悪意でもなく、あくまで自然に失われた。

 そして、この瞬間、この些細な中断によって、誰に知られることなく――とある人物の命運は尽きてしまった。

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