4.「ジャンル変更」の意味について(2)
仮に「『異世界転生/転移』モノであるにもかかわらず、必須キーワードに登録されなかった場合は処分対象になる」という方式がうまく機能したとして、多くの書き手が期待しているような「自分の作品に対する注目度が上がるのではないか(もしくは「多様性が生み出されるのではないか」)」といったことは本当に生じるのでしょうか。
ここで、筆者がむかし書いたエッセイ『「小説家になろう」における、ブックマークや評価についての考察』から示唆となるものを引用します(同じ内容を繰り返すのは生産性がないので、URLから飛んでもらうのが一番なのですが、面倒くさい人もいると思うので、下をお読みください。ちなみにURLはhttp://ncode.syosetu.com/n8357cm/2/)。
――……
読み手の皆様が最も気にしているのは「ブックマーク」についてのことだと思います。そしておそらく「ブックマークによって生じる格差はどうすれば無くなるのか?」という問題意識のもと、このテキストを読んでいるものと思います。
本論への足がかりとして、まずは下の散布図(図1)をご覧ください。
調査した時期は2014年9月のものですが、この図1は「累計ランキングトップ50作品のブックマーク数」を示したものです。縦軸が「ブックマーク数」、横軸は「順位」となっています。
では次に、下の散布図(図2)をご覧ください。
先ほどと形は似ていますが、今度は「ファンタジージャンルにおける、完結済み連載小説トップ50作品のブックマーク数」を示しています。これもまた縦軸が「ブックマーク数」、横軸は「順位」となっています。
累計ランキングそのものは完結済みかそうでないかは区別されていないため、ある意味でこの図2は、累計ランキングの上位から「ファンタジー」のジャンルで、かつ「完結済み連載小説」であるという二つの条件を抽出したものであると考えられます。
さて、ここで重要になってくるのはプロットされた点が描く軌跡です。いずれのプロットも異なった環境に基づき集められているはずなのに、両方の図からわかる特徴は、驚くほど似通ったものとなっています。
整理すると、
①1~5位の作品のみが傑出している。
②11位以下のブックマーク数にはあまり差がない。
という特徴を述べることができそうです。
この特徴は、他のジャンル、他の種別についても言えることだと考えられます。1位の作品と2位の作品のブックマークの差と、49位の作品と50位の作品のブックマークの差には、驚くほどの隔たりが存在します。
能書きはこれくらいにして、一旦話を「小説家になろう」から外しましょう。『日本物理学会誌』(Vol.66,p.60)において、久保田創氏が以下のような式を論考しています。
本の売り上げ部数=1位の本の売り上げ部数*順位^-0.6
この式により、本の売り上げ部数と1位の本の売り上げ部数がきれいに関連付けられます。
では、この式を「小説家になろう」で応用してみましょう。「本の売り上げ部数」を「ある作品のブックマーク数」、「1位の本の売り上げ部数」を「累計1位の作品のブックマーク数」に置き換え、順位に掛かっている累乗(上の式では-0.6)を求めます。
2014年9月のデータで求めた場合、累乗の値は-0.3121となりました。
「それがどうした?」という声が聞こえてきそうなので、ここで上記の式について種明かしをします。
P(x)=A*x^-α
という式は、パレートの法則というものにちなんでいます。細かい説明をすることがこのテキストの本旨ではないので、詳細は割愛しますが、αの値とこの法則が成立しうる「パレート分布」が、重要な意味を帯びています。
(このパレート分布を示唆しているのが、上記の図1、図2なのです。パレート分布に従う要素は、どこを取り出してきても自己相似性を有するという特徴が存在するためです)。
このα(“パレート”係数と呼びます)が小さければ小さいほど、その分布には強力な不平等が生じていることを示します。
そしてαが1以下の値をとるとき、その分布(この場合はパレート分布)の平均と分散は無限大に発散するのです。
煎じ詰めて話をすれば、こういうことです。
①「ブックマークの分布には格差があるが、法則である以上是正できない」
②「平均が発散してしまうため、『平均的なブックマークの小説』などというものは存在しない」
この二つの意味は、ブックマークが増えない書き手の人びとにとって、大きな衝撃を与えるものと思います。
つまり第一に、「今書き手の皆様が書いている作品のブックマークが極小である以上、それが大幅に増える見込みは無い」ということ。
そして第二に「ブックマーク○○以上ならば人気作品、といった内規が通用しなくなる」ということを上述の分布は示しています。
――……
いま行なった引用を、今回の「ジャンル変更の効果」という観点から考察してみましょう。
「自分の作品に対する注目度が上がるのではないか」――うまくいけば注目度はあがると思います。ブックマークも増えるでしょう。ですが、爆発的に増えることはありませんし、上位の作品に食い込むことは絶対にありません。ましてや、“あなた”の作品のブックマークが増える可能性は分かりません。
「多様性が生み出されるのではないか」――絶対に生まれません。仮に今流行している作品群が廃れ、たとえば「現代・異能力者バトル・学園モノ」というジャンルが流行ったとしましょう。その際は「現代・異能力者バトル・学園モノ」というジャンルが従来のテンプレートものに取って代わるだけで、多様性は絶対に生まれません。
「多様性」について過度の期待を寄せている人たちは、「インターネットのようなサイバー空間は、フラットであり、究極の言論の自由が保障されている」と思い込んでいる人たちだと思います。実際はそうではありません。詳しい話をすると本筋からズレますが、ネットに民主主義はありえません。従って多様性が生まれることは絶対にありえません。
これらの結果から、いったいどのようなことが分かるでしょうか。――多くのユーザは、今回のジャンル変更を「自分達に有益」と喜んでいますが、実際はそれほど単純な話ではないということが分かっていただけたかと思います。
それでは、どうして運営は「『異世界転生/転移』キーワードが設定された作品は、それ専用のランキングにおいて集計されること」というような判断を下したのでしょうか。――これは、「『異世界転生/転移』作品を隔離して、多様性をもたらすためだ」というわけではありません。そうではなく「『小説家になろう』では『異世界転生/転移』が流行っているんだよ」という事実を、運営が認めたことを宣言しているに過ぎないのです。
したがって、次のような憶測を立てることができます。変更点は「①今まであった16のジャンルは再編され、5個の大ジャンルに仕切られた19の小ジャンルへと変貌すること」、「②『異世界転生/転移』キーワードが設定された作品は、それ専用のランキングにおいて集計されること」の二つでしたが、初めに提案されたのは②の方であり、①は後から付け加えられたものではないのか、という憶測です。
要するに「『異世界転生/転移』は『小説家になろう』運営公認の人気ジャンルだから、特別なランキングを作ります(②)。(他のジャンルの作品なんて知ったことではありませんが、それだとかわいそうなので)一応全ジャンルも変更しておきます(①)」
ということなのではないでしょうか。これは邪推しすぎですし、ひねくれすぎた憶測かもしれませんが、「ジャンル変更」が大きな利得を書き手にもたらさないと考えると、このように推察せざるを得ません。
このエッセイで書いたことがことごとく外れ、誰にとっても意義のあるジャンル変更になることを心から願っています。