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二宗の修正液の結果はまだ出ないのだろうか。
クリスマスに聞いた話によると「好きじゃなくなったかもしれない」とか曖昧な事言ってたらしいが。修正液で結果が出たら全員分消してノート解決。結衣の悩みが消えるのに。
部屋で数学の問題集を開いて勉強する。数学は中学の範囲に手をつけている。去年みっちり勉強したのでぶっちゃけ中3くらいまでの範囲なら間違いなく回答できる。今の内に沢山解いて慣れておいて高校入学試験に備えたい。月姉から沢山問題集のおさがりを貰った。将来ユキが使うかも…って思って取っておいたんだって。有り難い話だね。因みに桃姉は使わなかったらしい。
無心で問題を解き続けていると携帯が鳴った。
結衣からだ。
「はい。もしもし?」
「雪夜君どうしよう!!」
どうしようって何が?
結衣の声は震えている。
「結衣、落ち着いて。何があったの?」
話を聞いてみると、二宗についてだった。修正液の結果は「本人は相手を好きじゃないと認識しているが、実際は好き」という事になったらしい。ノートに書かれているボールペンの消えない本心の上に、塗り固められた修正液の認識阻害。まるでノートのページが本人そのもの。
結衣はノートにボールペンで書かれている本心の部分を切り取ってしまえば本心は無くなるかもしれない。けれど本人そのもののノートに切り込みなど入れて大丈夫だろうか、という相談だった。結衣はノートに切り込みを入れて、もしその相手が斬殺死体になったりしたらどうしようという不安にかなり怯えているようだった。
うーん。心に当たる部分だしなあ…
「…難しいな。心に値する部分だから切り取られても平気じゃないかというのがオレの意見だけど、身体の方も絶対大丈夫だとは言えないね。」
正直大丈夫だと思う。二宗は修正液掛けても体調不良は訴えてなかったみたいだし。勘から言っても大丈夫だと思う。けど確実に大丈夫かと言われると証拠が無い。試すしか確かめる方法は無い。
「やっぱりそうか…謎の斬殺死とか嫌だもんね。」
「まあ、一部分だけだから死なないかもしれないけど。……ここからがオレの提案だけど、不安ならまずオレで試してみたらいいと思うよ。」
「雪夜君で!?」
結衣は驚いた声をあげた。まあ普通死ぬかもしれない事に自ら突っ込む奴はいないよな。オレに自殺願望は無い。でもオレの勘が大丈夫だと言ってるし、これが外れることはめったに経験が無い。
「嫌!絶対嫌!雪夜君死んじゃうかもしれないんだよ!?もしくは重大な後遺症が残るとか…そんなの駄目!」
「心配してくれるんだね、結衣。」
結衣が心配してくれると思うだけで心が温かくなる。
「当たり前だよ!」
結衣はちょっと怒ってるみたいだ。結衣にとってのオレの存在、そうやって怒ってくれるくらいには大きい?
「でもオレはね、ホントは死なないと思ってる。大丈夫だと思ってる。だから提案してるんだよ?修正液かけても二宗は体の異常は訴えてなかったみたいだしね。きっと大丈夫だと思ってる。オレの勘がそう言ってる。ね?結衣、オレを信じて。」
大丈夫。
オレの勘がそう言っている。結衣の悩みを消す為にこの身を捧げても構わない。これでオレが斬殺死とかしちゃったら結衣にトラウマを植え付けることになるだろうから、死ぬつもりは毛頭ないけど。何がなんでも生き残ってみせる。
心に穴を開けるだけ。死なない。きっと。
「結衣。オレの事、利用していいよ。いくらでも頼って?信じて?」
オレが出来る事、何でもしてあげる。
オレの与えられるもの、何でも与えてあげる。
結衣の心の安寧、守ってみせる。
「結衣。大丈夫だよ。大丈夫。」
優しく宥めると泣いている結衣の顔が思い浮かんだ。
きっとあの優しい泣き虫はオレの為に涙を流してくれていると直感する。
「泣かないで、結衣。」
泣かないで?
オレを信じて?
「ホントに死なない?」
「結衣を残して死ねないよ。」
心からの本心。
「絶対、だからね…」
「うん。良い子だね。」
可愛い結衣の頭を撫でて甘やかして、宥めてあげたい。携帯じゃ距離がちょっと遠いね。
「…切り取るよ。」
「その前に一つ確認したいんだけどオレの桃姉への恋心の裏ページには誰の何が書かれてたっけ?」
切り抜いた場合、裏側も抜けるはず。結衣のノートの攻略対象の人物紹介は1から8まで順番に並んでたから六崎雨竜か八木沢譲だと思うんだけど。
死なないと仮定しても、重要な事だったら加筆を考えなくてはならない。
「雪夜君の恋心の裏側のページは八木沢先生の嫌いな食べ物だよ。…もし失敗したら雪夜君も八木沢先生も切り刻まれて…」
「ゆーい、オレを信じるんでしょ?」
結衣の言葉を遮る。
「ま、嫌いな食べ物くらい無くなっても平気か。結衣、切り抜いてみて?」
出来るだけ軽い調子で促した。しばらく無音状態が続いた。切り抜いているんだろう。念のため衝撃に備える。
「……雪夜君。切り抜いた。どう?どっか痛いとか苦しいとかある?」
「ぜーんぜんない。ねっ?大丈夫だったでしょう?」
オレはわざと明るい声を出した。ホントにチクリともしなかった。もしかしたら死ななくても体調不良を起こした桃姉みたいな状態になるかも?と考えていたがそれもない。
「良かった~。ホントに良かったよ~。」
結衣が泣いている気配がする。
「結衣、泣かなくてもいいんだよ。」
オレが言うとまずまず激しく嗚咽をあげ始めてしまった。安心して泣いてるだけだろうから、すっきりするまで泣かせてあげる。「雪夜君っ、雪夜君っ、ホントに良かった~」と繰り返しオレの名を呼んでいる。凄い心配してたんだな。オレは可愛い泣き声が収まるまでずっと「うん、良かったね。怖かったね。頑張ったね。」と繰り返し囁いた。
徐々に嗚咽がひいていく。もう大丈夫かな?
「結衣、落ち着いた?」
「…うん。切り抜いてみたけど、心境の方はなんか変化あったの?」
自分の心境を自分の胸に尋ねる。変化なし。
「うーん。オレは心変わりしてるから特には。その点では実験台には向いてないね。ごめんね?過去桃姉を好きだったって記憶は改変されないみたいだけど?でもこれノートの存在を知ってるから『改変されてない』と思ってるだけかもしんない。無意識に群がってるだけなら好きだった事実すらなくなってるかも。二宗みたく自覚があると改変されないかもしれないけど。」
記憶が改変される恐れも考えてたけど、それは無いみたい。その辺ちょっとホッとしてる。
恋心という点では結衣の実験台になれなくて申し訳ないけど、それは二宗に譲ろう。
「じゃあ二宗君の恋心切り抜いてみる事にする。」
「うん。まずは二宗だけ切り抜いて様子を見よう。一応それぞれ裏ページに何が書かれてるかチェックすること。」
二宗の恋心の裏側には三国の嫌いな食べ物半分恋心半分の行だったらしい。逆に三国君の恋心の裏側は二宗君の恋心と空欄だったそうだ。「一気に抜いたらダメかな?」と聞かれたので「大丈夫だと思うよ」と答えておいた。切り抜いた部分は相談したが、お焚き上げしようということになった。自分の心の切れ端がどこかに存在してると思うと怖いしね。結衣は二宗を観察してみると言っていた。それと今日のお礼をしつこいほど言われた。結衣の為になれたならそれでいいのに。
 




