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高校生はもうすぐ中間考査だ。
月姉はいつも通りマイペースに勉強し、桃姉は必死にヤマをかけている。オレは暇。結衣お姉ちゃんが息抜きに出かけたいと言うから一緒にミルククラウンに行った。デートならいつでも歓迎。
結衣お姉ちゃんが紅茶に口をつけながら言う。
「もうすぐ試験だね。雪夜君は勉強順調?」
「小学生に中間考査はないよ。ちょいちょいテストあるけど。今は全国統一小学生テストとかもあるよね。オレは受けた事無いけど。でもまあ、順調と言えば順調だね。悪い点数取った事ないし」
勉強は普段からしている。特に理数は念入りにやっている。
結衣お姉ちゃん、完璧に同年代と喋ってるつもりで会話してるな。その方がオレは嬉しいけど。
こういう時ギャップを感じられそうで嫌だ。
「良い点数を取る秘訣とかあるの?」
「授業ちゃんと聞いてれば出来るよ。」
小学生の勉強なんて簡単だし。苦手科目とかも特にない。苦手なのはあれだ。音楽の楽器。リコーダーとか最悪。ピュイ~とか変な音出る。
「みんなそれができないから苦労してるんだけど…」
「そうなの?不思議だね?結衣お姉ちゃんは?」
ちゃんと毎日勉強してそうだな。確か前も11位とか聞いたし。理数がちょっと苦手みたいだけど。文系は得意と言っていた。歴史はひたすら暗記してるんだそうだ。テストが終わるとボロボロ記憶が抜け落ちて行くと愚痴ってた。
「ぼちぼちかな。私は前世の記憶のお復習なわけだけど、その辺桃花ちゃんはどうなってるんだろ?やっぱり前世のお復習?」
ノートにその辺の記述は無かったな。
「そこが不思議なんだよね。桃姉は“自分は前世の記憶がある”と思ってるけど、ゲームイベント以外の記憶ってどうなってるんだろう?」
「わかんないな」
結衣お姉ちゃんは知らないらしい。困った顔をしている。
結衣お姉ちゃんの困った顔を鑑賞しつつブレンドを飲んだ。旨い。
自分の考えを公開する。以前から考えていた事だ。
「一応考えてみた事はあるんだ。仮説としては4つくらい思い付いてる。
①前世の記憶はゲーム部分しかない 。
②桃姉自身の前世の記憶がある。
③架空の記憶がある。
④他人の記憶が移植されてる 。
辺りだと思うんだけど。もしくは全くオレの予想の斜め上をいかれてるとかだと分からないけど。」
「架空の記憶は難しいんじゃない?」
すぐに結衣お姉ちゃんが反応する。
人一人の一生分の情報量ってすごいよね。自分の体験のみならず友人知人の事とか覚えてるはずだし、その辺の情報すべて架空で賄うとしたらどんな情報量になるか。しかも矛盾が許されない訳だし。
「オレもそう思う。矛盾なく、きちんと理にかなった人間一人分の記憶なんてさらっと創造されてるとは思えない。一番簡素なのは①だけど、簡素すぎて桃姉が自分自身に疑問を持ちそうだ。もちろん可能性としては十分にあり得るとは思うけど。問題は②か④だけど、どっちがいいかと言えば断然②がいい。」
桃姉自身の前世の記憶があれば一番角が立たない。桃姉の前世プラス『架空のゲーム』の記憶だ。
「どうして?」
結衣お姉ちゃんは不思議そうな顔だ。
「④だとしたら、その“他人”に心当たりがあるから。」
「?誰?」
「確証が持てるまで言えないよ。」
多分桃姉の前世の記憶が他人の記憶を移植されているものだとしたらその『他人』とは十中八九結衣お姉ちゃんだろう。他ならぬノートの持ち主だし、恋愛拒否モードの展開の仕方がかなり似ている。色々話してみて思ったが、倫理観にも共通点が多い。行動パターンも似ている。桃姉の方が断然ドジだが。
でも確証が持てるまで言うのはよそう。結衣お姉ちゃんを無暗に混乱させたくない。身近に自分の前世を共有しているかもしれない人物がいるかも…ってちょっと気味悪いよね。不安な事だからこそ無責任なことは言えない。
結衣お姉ちゃんもそれ以上追及はしてこなかった。
結衣お姉ちゃんはラフランスがたっぷり入ったケーキを食べている。頬にはもう殴られた痕もないし腫れてない。
もぐもぐしている頬をそっと撫でた。
「?」
「良かった。もう殴られた痕消えたね。」
「うん。元から一応手加減されてたみたい。意外とあっさり消えたよ。」
結衣お姉ちゃんは笑顔だ。
それでも殴られたからにはある程度の期間治癒に費やしたと思う。食事してても口の中痛かっただろうと思うし。結衣お姉ちゃんが不憫だ。
殴られた時首も痛くなったって言ってたけどそれはどうなのかな?
「首痛いのは大丈夫?」
「すっかり良くなった。」
良かった。もうすっかり傷は無いんだね。
「良かった。…オレもっとしっかりしたいし、強くなりたいよ。」
あらかじめ期間がわかってたんだからその間結衣お姉ちゃんと桃姉のお迎えをしてれば結衣お姉ちゃんにまで被害がいったりしなかったと思うんだよ。イベント妨害にはなるけど。
それで誘拐犯なんか寄せ付けないくらい強くなりたい。結衣お姉ちゃんを守りたい。
「結衣お姉ちゃんを守れるくらいには。」
結衣お姉ちゃんはそれを聞いて照れたようだった。
「が、がんばってね…」
「頑張るよ。」
結衣お姉ちゃんに微笑みかけた。結衣お姉ちゃんを全力で守れる男になりたい。力でも知恵でも勘でも。




