54話 ギネヴィア分国4
シュタールとレーナを宿舎に戻し、アカツキ、シャノンとフランクでバンガロール地域へと向かった。
シャノンの言葉通り、さして時間をかけずにバンガロール地域へと到達できる、はずだったのだが思わぬ邪魔が入った。
「やれやれ、何かデカブツが街道を塞いでいると思ったが……」
バンガロール地域へと向かう街道。
その街道を、一匹の竜がそこを歩いていた。
「闘竜、ですね」
闘竜。
それは、陸で生活する陸竜の一種だ。
だが、ただの陸竜とは違い、特に戦闘に特化した竜種であり、極めて貴重な存在だ。人に乗りこなすことも困難とされており、魔物使いでもよほど高位のものではなければ使いこなすことは難しいとされている。
そのこの闘竜が、バンガロール地域へとつながる街道に放たれていたのだ。
都市部の近くに、野生の闘竜がいることはありえない。街の騎士団や軍によって徹底的に排除されているはずだった。
つまり、誰かが意図的にこの地に放ったのは明白なのだ。
その背後から、アカツキは近づいていく。
こちらに近づいたように、その闘竜は振り向いた。
「どうやら、理性を失っているようですね。 ……魔物使いの仕業でしょうか」
魔物を操り、自身の戦力とする魔物使いにも二種類がいる。
魔物の意思を完全に奪い人形のように操るのと、知性のあるパートナーとして共存する二種類が。
この魔物はその前者のようだ。
「もしかして、この竜にバンガロール地域を襲わせる気なのか?」
アカツキの言葉に答えるかのように、闘竜が吼えた。
幼い子供が見れば、それだけで泣き出してしまうような圧倒的な迫力である。
だが、この場にいるものはある程度の場数を踏んでいる者ばかりだ。
しっかりとその闘竜を見据え、冷静に分析している。
「でしょうね。闘竜を操るのは難しいですが、人間達の部隊にぶつけて暴れさせるだけならばその限りではありません」
「いくら闘竜が強いっといっても、この闘竜だけで町一つ滅ぼせるとは思えませんが……」
「こいつ以外にも戦力はいるってことか」
アカツキの言葉に、シャノンは頷く。
「アカツキ、貴方は先行して調べてきてください。この闘竜は私が引き受けますから」
「お、おい。大丈夫なのか?」
アカツキは心配そうにシャノンを見るが、シャノンはそれに対して小さく笑い、
「問題ありません。いくら強いといっても、相手は理性を失った獣。こんな相手に私が遅れをとるとでも?」
「…………分かった」
少し考え込んだ後、アカツキは頷いた。
「フランク、お前もこっちに残ってくれないか?」
「お、オレもか!?」
「む? やはり私だけではこの竜には勝てないと?」
シャノンは少し不満そうに頬を膨らませた。
「そんな事はないよ」
アカツキは苦笑して応じる。
「けど、シャノンの実力でも相手は戦闘に特化した闘竜。ある程度のサポートは必要だ。フランクの治癒は一級品だからな」
「む……」
その言葉に納得したようにシャノンは頷いた。
「分かりました。それではアカツキ、貴方も気をつけて」
「ああ、行ってくる」
足を呪文で強化し、闘竜へと迫る。
それに合わせるようにシャノンは呪文を唱えた。
「炎!」
シャノンの得意とする炎系統の魔法だ。
闘竜に直撃し、闘竜は苦悶の表情を浮かべる。
その隙に、アカツキは闘竜の巨体をよけて先へと向かった。
それを追いかけようとする闘竜に背後から、シャノンが話しかける。
「おっと、あなたの相手は私ですよ」
睨むように、闘竜はシャノンを見つめる。
「あなたに罪はありません。ですが、あなたのやろうとしている事に罪はあります。ですので――」
さ、とシャノンは杖を構えた。
「止めさせてもらいます、炎!」
炎の魔法が、闘竜を襲う。
が、それは闘竜にはほとんど効いていないようだった。
「さすがに手強い、ですね」
シャノンが闘竜を睥睨する。
闘竜の方も敵意は失っていない。
「水!」
今度は、水の魔法が闘竜を襲う。
フランクの魔法だ。
だが、先ほどのシャノン以上にダメージはないようだった。
ぺちん、と小さな音がして闘竜の足の辺りが濡れただけだった。
「戦闘が本職ではない貴方が戦ったところで大した戦力になりません。ここは、後方支援に徹してください」
「む……」
「それに、私が怪我をしたら誰が治療するというのですか。治癒する者がいなくなるのは困ります」
「……分かった」
シャノンの言葉にフランクは悔しさにに唇をかむ。
確かに単純な戦闘能力はシャノンの方がはるかに上だ。
だが、シャノンの言葉に納得したのか、しぶしぶではあるが引き下がった。
(体格では言うまでもなく闘竜は人間を圧倒しています。また、闘竜は魔法攻撃の類は使って来ませんが、炎のブレスによる攻撃が可能。 ……厄介ですね)
すっ、と闘竜の姿をシャノンは見据える。
(……まあ、負ける気はありませんが)
さて、と状況をシャノンは確認する。
前には、戦意旺盛な闘竜の姿が見える。
今にもこちらに向かってきそうだ。
「もう一度、炎!」
炎系統の魔法が、闘竜に襲いかかる。
が、これも闘竜にたやすく受け止められる。
だが、今度は計算通りだった。
シャノンの魔法を防御するときは、闘竜の注意は前にひきつけられる。その間に、シャノンは俊敏な動きで闘竜の背後に回り込んだのだ。
「はあっ!!」
背後に回り込んだまま、自身の剣で闘竜を切りつけようとする。
が、闘竜の反応の反応が早かった。
シャノンに気づいた闘竜によって振り上げられた尻尾が、地面にたたきつけられた。
咄嗟の動きで、シャノンはそれをかわした。
シャノンのいた場所を、すさまじい勢いで尻尾が叩きつけられる。
ズシン、と大きな音がして地面に大きなへこみができる。
「大した、威力ですね」
シャノンはその威力に素直に感心した。
そして、これをまともに食らっていた場合を考えてゾッとする。
「大丈夫か!?」
フランクが、心配した様子で叫んだ。
「ええ、問題ありません」
シャノンは立ち上がり、服にうちた砂埃をぬぐった。
だが、無傷とはいかなかったようだ。
つ、と二の腕のあたりからわずかに赤いものが滲み出る。
どうやら、闘竜の攻撃をよけた時にすりむいてしまったようだ。
「シャノン!」
それを見たフランクが治癒魔法をかけた。
傷口がふさがったのがシャノンにも分かった。
「感謝します」
軽く礼を言うと、シャノンは闘竜との戦いに戻った。
(しかし、こちらの攻撃はあまり効いていませんね)
だが、完全ではない。
わずかではあるが、シャノンの攻撃はダメージを与えている。
ならば、もっとだ。
もっと強力な一撃をこの竜に叩き込んでやればいい。
それに、
(確かに動きは速いし、攻撃力も高い。しかし、動きは単純のようですね)
理性の大半を失っているらしく、動きには知性を感じさせるものがほとんどない。
ただ、戦術など考えもせずに暴れまわるのみの獣。
(ならば、打つ手はいくらでもある)
そう思うと、シャノンは即座に行動を起こした。
「こちらですよっ!」
浮遊呪文を自身にかけ、シャノンは飛び立つ。
それを、闘竜が追う。
だが、そこには先ほど、闘竜が自らの尻尾によって作った大きなへこみがあった。
それに足をとられ、闘竜は体のバランスを大きく崩した。
ずしり、と闘竜は体勢が崩れる。
すさまじい砂埃をあげ、闘竜はそこに倒れた。
だが、数秒ほどで立ち上がり戦闘態勢に戻る。
しかし、その数秒が闘竜にとって致命的となった。
浮遊魔法により、木へと飛び移ったシャノンが新たな詠唱を完成させるのには十分す
ぎる時間だったのだから。
「炎よ・燃やせ・大きな・竜よ!」
シャノンの、四重スペルによる魔法が放たれた。
シャノンの前に炎が出現すると、それが巨大な竜となり、目の前の闘竜を襲った。
俊敏な闘竜をもってしても、かわす術はなかった。
その炎の直撃を食らう羽目になり闘竜が、大きな悲鳴をあげる。
「とどめです!」
一閃。
シャノンが俊敏な動きで、闘竜の首筋を切りつけた。
竜といえども、生物。
首を落とされて生きているのは不可能だ。
ぼとり、と闘竜の頭がシャノンの前に落ちた。
「やった、か……?」
フランクが不安そうに闘竜に近づく。
「うかつに近づかないで」
シャノンが、咎めるようにフランクを止める。
「闘竜は、戦闘力に特化した竜種。異常なまでに、生命力が強い存在です。今の一撃は致命傷のはずですが、まだ数秒ほどは動くかもしれない」
だが、闘竜今だに動かない。
シャノンは、シュタールに視線を動かす。
「……」
闘竜の巨体が倒れている。
先ほどまで、激しく死闘を繰り広げた相手だが、今は人形にように動かない。
(……死んだふり、何てことはなさそうですね)
シャノンの知る知識の範疇では、魔物使いに操られて理性を失った闘竜にそんな事ができる知能は残らないはずだ。
そして、闘竜へと近づいていく。
「お、おい。危ないぞ」
さっきは自分で動くなと言った癖に、などと呟くフランクの声を無視するように近づくと、闘竜の死体シャノンが触れる。
そして、フランクの方を見て言った。
「大丈夫です」
「……そうですか」
それを聞いてほっとしたようにシャノンは息をついた。
「死んでいるのか?」
フランクの言葉にシャノンは頷く。
胴体とおさらばしてしまった闘竜の頭は、ぴくりとも動かない。胴体の方も同様だった。
「はい。完全に。もう大丈夫でしょう」
「そうか。んじゃあ、これ以上ここに留まる必要はないってことか」
「そうですね。厄介事は困りますし、急いでアカツキ達と合流する事にしましょう」
「よし、戻るか」
その言葉を合図に、シャノンとフランクはこの場から立ち去った。




