19話 学園授業
あのスクールバトルロイヤルが終わってから、一ヶ月ほどが経とうとしていた。
大凡の授業にも学園生活にも慣れてきたし、学園の生徒達ともある程度の交友関係を築けていた。
といっても、留学生という立場上の問題もありほとんどがせいぜい会話をする程度の仲であり、友人と呼べるのはフランクとエミリーぐらいのものだった。
早朝に鍛錬をしている時に出会うシャノンや、図書室に資料を探しに行った時に出会うキャロルともそこそこ親しくしているが、知人以上友人未満といった関係が続いていた。
それでも、それなりに充実した学園生活を遅れているといえよう。
その日の午前は地理の授業だった。
この授業を担当しているのはマシューという若い講師だ。
「というわけで、世界は大きく分けて5つの地域に分かれており――」
世界は、ケネス・ティブロン・シエルといった国のある西方。アカツキの祖国であるイズルがある東方。島国が割拠する暖かい気候の南方。小国が割拠する寒国の集合体である北方。ゾンシンのある中方。ただし、5つではなく東方・西方・南方・北方の4つの地域に分けて呼ぶ場合もあり、その場合ゾンシンは東方に分類される。
「さらに、西方を西。あるいは東方を東に行った先には新大陸と呼ばれる巨大な大陸があります」
東方の海をさらに東。あるいは、西方をさらに西の海にいった先にある巨大な大陸がある。それを、『新大陸』と称する地域が存在する。
新大陸は、強力な魔物が多く存在する場所だ。
だが、魔物の驚異を差し引いてもその未開の大陸にある広大な領土はケネス帝国やティブロン王国といった大国も興味を示すのに十分だった。
そのため、現在は両大国により熾烈な新大陸の領土争奪戦が続いている。
マシュー講師の説明は続く。
「ティブロンによって新大陸は発見されました。しかし、それ以降もティブロンと競うように我らの祖国であるケネス帝国も新大陸の開拓へと乗り出したのです」
新大陸を先に見つけたのはケネスと並んで西方に覇を唱えるティブロンだった。
ティブロンの冒険家によって新大陸を発見したティブロンは、早速新大陸の開拓を始めた。
だが、ティブロンにだけ独占はさせぬとばかり、ケネスも新大陸の開拓へと乗り出す。
この件から、元々よくなかったティブロンとの交友関係はさらに悪化する事になる。
今もなお、新大陸の利権をめぐりケネス帝国とティブロンは激しく対立している。
「そのため、新大陸は今もなおティブロンと激しく領土を争っているのが現状です。……では、ここで一つ問題を出しましょう。数十年前まで未知の大陸だった新大陸の開発に大きく役立った存在は何ですか? フランクさん」
不意に当てられたフランクだが、少しどもりながらもしっかりと答えた。
「は、はい。それは冒険者ギルドの存在です」
「正解です」
マシュー講師はにこりと微笑んだ。
冒険者ギルド。
その名の通り冒険者の仲介・情報の交換を行うための組織である。そのギルドの仕事の一つに、新大陸の探索というものが大きかった。
未知の大陸である、新大陸へと赴き、新大陸の地形や生態を調べ上げ、それを報告書にまとめる。
非常に危険を伴う仕事ではあるが、同時に多くの市民達の憧れであり、花形職業でもあったのだ。
「確か、フランク君もギルドに登録されていましたね?」
「え、ええ、まあ……」
冒険者ギルドは学生であろうが、外国人であろうと登録は簡単だ。
最も、ギルドの冒険者にはそれぞれランクがあり、ランクの低いものには大した仕事は紹介されない仕組みになっていた。
「しょせんFランクだけどな」と小さくフランクが呟くのがアカツキの耳へと入った。ちなみにFランクというのは登録された初期の状態に与えられるランクだ。
「感心な事です。高ランクの依頼をこなせば単位にも影響がありますからね」
マシュー講師はそう答えると、次の説明へとうつった。
「続いて、南方です。南方には穏やかな気候の国が多く、また島国も多いです。これらの国々と本格的に交易が出来るようになったのも大冒険時代になってからですが、ある程度の交友関係は旧暦の時代からありました。ですが、その数は少なかったのです。 ……そういえば、この組にも確か南方の国の留学生がいましたね」
南方一の大国・クリスマス王国からの留学生であるグリフィスだ。
マシュー講師の言葉に黙って会釈をした。
「続けましょう。次は北方です。北方は、世界的に見て気温が低い地域が多く、雪が積もりやすい地域でもあります。現状では大国と呼べる存在は帝政ソビアぐらいで、小国が割拠しておりますが、かつては世界最大の帝国とまで称されたウルク帝国が存在していました」
「ウルク帝国って言うと確かイズルとやりあった国だよな?」
近くの席からフランクが訊ねた。
(授業中に話しかけないでくれよ……)
そう思いつつもアカツキは黙って頷いた。
ウルク帝国。
北方に存在する国であり、かつては史上最大の帝国を築いた国だ。
現在の世界三大国家の1つであり、当時も世界最大級の国力を持っていたゾンシンをも併呑した。
北方を完全に支配し、現在はゾンシンの各属国も併呑してしまい東方の覇権もほぼ手にしかかっていた。
だが、その栄光にも陰りがではじめる。
当時のウルク帝国の版図で、東方でウルク帝国の支配下に収まっていなかったのはアカツキの祖国であるイズル皇国と現在はケネス帝国の勢力圏におさまっているインダス王国だけだった。
当然、ウルク帝国は従属するように迫るもイズルはこれを拒否。それに激怒したウルク帝国は即座に大軍を差し向けた。
何せ、世界最大の版図を誇る帝国と東方の島国にすぎないイズルだ。当時の誰もがイズルが敗れると思っていた。
しかし、結果は違った。
イズル皇国の勝利。
それも二度に渡っての侵攻だったのにも関わらずだ。単にウルク帝国は多大な軍費を費やしただけに終わった。
さらには、同時期に行われた、東方と南方の中立地点ともいうべき位置にあったインダス王国へも侵攻軍を送り込んでいたのだが、こちらでも侵攻作戦は失敗に終わっていた。
しかも悪い事にアレン皇帝がこの直後に死亡してしまったのだ。
アレン皇帝の死により、派手な内乱が勃発。
多くの属国が独立し、ウルク人達を自国領内から放逐した。
事実上、帝国は解体されウラルも北方の一勢力にまで衰退してしまってい、 現在は逆に、新興勢力である帝政ソビアなどの驚異に怯える日々を送っている。
「えー、続きまして次は東方です。確か、アカツキ君の出身地は東方でしたね?」
急に話を振られ、慌ててアカツキも頷く。
「は、はい。そうですが……」
「君はゾンシンの出身でしたよね?」
「いえ、イズル皇国の出身です」
マシューの間違いを、アカツキは冷静に訂正する。
新任の教師らしいが、生徒の出身地ぐらい把握してほしいものだ。
「そ、それは失礼しました……」
ぽりぽりと頭をかいてマシューは話を続ける。
「東方には、ゾンシンと呼ばれる世界最大の人口を誇る国があります。厳密にいえば、ゾンシンというのは彼らの国の言葉で『中方』を意味します」
マシューの授業を聞きながらアカツキはノートをとるが、そんなことするまでもなくアカツキはその事をよく知っていた。
ゾンシンは、イズル皇国の隣国だ。ケネス帝国以上に情報が入ってくる。
教科書に貼られた世界地図の、うち1ページを取り出す。
そこに書かれた世界地図を示す。各国ごとに色分けされた、その世界地図には東方の大半のところがゾンシンの色で塗られていた。
中方――というのは、西方や東方といった言葉のように地理的な意味で使われているわけではない。中方という国そのものが、文化・文明において世界の中心だという思考から生まれている。
ゾンシン中央部の首都・北皇を世界の中心とし、周りの国を東国、西国、南国、北国と呼び属国として扱った。
さらに、その属国よりも周りのゾンシン文明圏に収まっていない国々を外夷と呼び――事実はどうであれ――文明の発達しない未熟な土地と蔑んでいる。さらに言えば、イズルなどの東方の外夷を東外、ケネスなどの西方を西外、南方を南外、北方を北外と呼んでいる。
「最後の西方について説明します。この帝国学園のある、ケネス本国から海峡を挟んだ先にある大陸西部を西方と呼びます。このケネス帝国とその庇護化にあるケネス分国によって西方の上半は占められますが、シエル王国やアルダス王国といった独立した国もありますが、そのほとんどがケネス帝国と通商条約や軍事同盟を結んでおります」
続いて、とマシューは続ける。
「西方の下半には、ケネスと比肩するティブロンとその属領によって大半が占められております。また、ティブロン王国の保護国に、あるユーロ教国があり、ユーロ教国には教皇聖下がおられます」
ユーロ教国は、西方大陸全域の広まる宗教、ディオス教の総本山だ。
かつてユーロ教国がかつて神聖ユーロ帝国と呼ばれていた時代、ディオス教の『教化活動』を大義名分として、世界に覇を唱えた時期もあるが、今はユーロ教国もユーロ教皇も完全に名目だけの存在になっている。
かわりに、ユーロ教国を保護国とするティブロン王国がユーロ教国の権威を建前に各国に軍勢を送り込んでいる。
ティブロンもいきなり武力で支配する事はあまりなく、まずは宣教師を送り込み、その国の住民の言葉を覚え、情報を手に入れる。さらに、国民達を信者にしてしまう事によって心を支配する。そして、最後には武力によって物理的に支配するといったやり方をティブロンはとっているのだ。
一方のケネス本国はかつてはユーロ帝国の属州だった時期があり、ディオス教信者も多い。だが、ケネスでは宗教と貿易を切り離していた。また、神祖ディオスの教えも絶対不変のものではなく、必要に応じて変えた。教典も必要とあれば書き変えたりした。そういった神祖ディオスを唯一神としてその教えを絶対とした、これまでのディオス教信者とは一線を画すケネスのディオス教信者達は新教徒と呼ばれた。
それらの活動が、ティブロンの反ケネス感情を高める結果となり、険悪な関係が続いてはいるのだが、ケネス帝国やケネス人としてもそれを変える気はなかった。
「現状の世界はこのような状況ですが、今後――」
とマシュー経論が言いかけたところで、授業終了を告げる音が鳴り響いた。
「お、おっと。時間のようですね……それでは、今日はこれまでとします」
そう言ってマシューは起立するように命じた。新任であるマシューは、まだ授業の時間配分になどにも慣れていない様子だった。
ふあ……とアカツキは軽くのびをする。
授業中にうっかり居眠り、などという事はするわけにはいかない。留学生という立場できている以上、自分の恥は直・イズルの恥へと繋がる。
ん……とのばした体をほぐすと、そのまま立ち上がり、真面目な顔で他の皆と共に礼をした。




