第1話 お茶会。
その日も王城に向かうクリスティンは母の選んだピンクのドレスを着てきた。母の選んだ装飾品で身を固め、綺麗な金髪は母好みの立て巻きロールの髪型。
「素晴らしいわ!クリスティン!殿下もきっとあなたを選ぶに違いないわ!」
母は支度のできた私を見て、自分のことのように頬を染めて喜んだ。
「お母様、ありがとうございます」
私がニッコリと微笑むと、母は満足そうにうなずく。いつもの光景だ。
今までも何度か行われていた王太子殿下とのお茶会に出席するため侍女のアメリーと馬車に乗って、ぼーっと外を眺めていた。先週から家庭教師が一人増えて、毎日が忙しい。馬車に乗っている間に読もうと分厚い歴史書を持っては来たが、開く気にならない。この馬車は、私が王太子殿下の婚約者候補に挙がったときに母が小綺麗な馬車をわざわざ仕立ててくれた。
もうすぐ18歳になられる王太子アデラール殿下の婚約者候補に選ばれたのは、3人。
アーベル公爵家のマルグリット様。
オーラフ侯爵家のルイーザ様。
そして私、ペートス伯爵家クリスティン。
お茶会や舞踏会を開催して親睦を深めて、婚約者内定は5月。秋の殿下のお誕生会で正式に婚約者発表。2年間、王子妃教育を受けて、殿下が20歳になったら結婚。そんな予定らしい。
「それにしても…よくあそこまでやるわよね?クリスティン様はいいの?行かなくて?」
ツインテールの可愛らしい髪形のルイーザ様が今日もぐいぐいと殿下に詰め寄っている。今日は手作りの焼き菓子を持ち込んだらしく、側近が困り顔で受け取っていた。
王族に食べ物のプレゼントとは…家族や使用人は彼女を止めなかったんだろうか?
どうもあの方は、ゆっくりお茶を飲む気もないらしい。
テーブルに残された私とマルグリット様のために、お茶が入れ替えられる。
「…ええ。節度、って大事だと思いますから」
「くくっ、あなたってお人形さんみたいね。親御さんに〈王子妃〉になるように育てられてきた感じかしら?」
探る様な、面白いものを見つけたような…そんな上目遣いでマルグリット様がお茶を飲む私を眺める。殿下の従妹で王家の血が入っているこの方は、その殿下と同じ綺麗なプラチナブロンド。紫色の瞳が、私を映す。
「この年で婚約者がいないなんて、私たち、親の思惑通りの人生よねえ…」
「……」
「まあ、私は戦線を離脱するつもりだから、あとはお二人で戦ってちょうだい」
「…え?」
お茶を飲みかけていた私は、マルグリット様の発言にさすがに驚いて顔をあげる。
「私、フール国に留学が決まったのよ!父親も説得したわ。母はぐずぐず言っているけどね」
マルグリット様が扇を開いて、私の耳元で囁く。
「まあ、お付き合いであと2回ぐらいはお茶会に来るけどね。お茶もお菓子も美味しいし。でも、あの子は無理じゃない?王子妃って恋愛でどうこうなるような立場じゃないしね?ま、頑張って」
マルグリット様がころころと楽しそうに笑う。
「え?でも…王太子妃って女性にとって一番名誉なことではないんですか?国母になるんですよ?母がいつもそう言ってましたが?」
驚いて聞き返したクリスティンに、マルグリット様が逆に驚いた顔で言う。
「え?あなたもそう思っているの?お母様ではなくて、あなたも?」
「……」
クリスティンは返答に困って黙り込む。自分の思い?
…自分の思い、って…何のことだろうか?
貴族家に生まれた以上、家同士の決めた婚姻が当たり前だと母に教わってきた。
私の兄は貴族用の学院で同級生の妹さんと恋に落ちた。その子爵位のお義姉様を娶ったので、母との間に溝ができているようだ。
「うちは侯爵家からでも嫁を貰おうと思っていたのに…子爵位ですって…マナーもなにも見られたもんじゃないわ!」
いつもいつもため息交じりに母が言う。お義姉様の礼儀作法は十分上品だと思うが…。
「クリスティン、あなたには最高の嫁ぎ先をお母様が探してあげますからね?」
お茶会ではほとんどマルグリット様と話して過した。
戦線離脱、と聞かされても、本当のことかどうかもわからない。
母が言っていた。私は興味がない、なんて言っている人ほど裏で何か企んでいる、と。そんな方には見えないが…。
ルイーザ様が選ばれる可能性だってある。恋愛じゃないから、と言っても、王子妃教育には十分に時間がある。2年も。
…どちらにしても…私に選択肢があるわけじゃない。選ばれるか、否か。だけ。
選ばれなかったら…母はがっかりするだろうな、そんなことを思う。
選ばれなかったら…母が選んだ程よいところに嫁がされるのだろう。
どちらにしても、そこに自分の意志や希望などというものは必要じゃない気がする。
特に…どうしたいとも思ったこともない。マルグリット様は違うのね?
マルグリット様のお話に相槌を打ちながら、クリスティンは今日も礼儀正しく、そつなくお茶会を終えた。
王城近くの道はさすがに整備されていて揺れも少ない。
帰りの馬車に乗り込んだクリスティンは外を眺めていた。街路樹の新芽が出ている。
(まだ3月か…さすがにちょっと疲れたわ)
屋敷に帰ったら、また家庭教師が待っている。
歴史書を膝の上に開いたまま、ぼんやり外を見ていたクリスティンは、奇妙なものを見た。馬車の車輪のようなものが一本、自分たちの乗った馬車を追い越して、通りを歩いている人ごみに向かって転がっていく。
(あら…危ないわ)
その後すぐに…地面にたたきつけられるような衝撃。一瞬息が止まる。
馬の嘶きと、誰かの悲鳴。




