279.予想外の事実に驚愕して
半狂乱、とまではいかないまでもどうにもならない現状にケイトさんの心は今にも崩れそうな状態だ。
テネスの報告によると幸い体に異常はないそうだが、心の方はメディカルポッドではどうにもならない。
俺達がキッチンに入ると同時にローラさん達が助けを求めるような目でこちらを見てくる。
とりあえずそれに頷きつつ、買って来た食事をイブさんに渡してまっすぐケイトさんの所へと向かった。
彼女の前にしゃがみ、しっかりと目線を合わせる。
その目は悲しみと絶望の涙で溢れ、顔はもうぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「とりあえず話はつけてきた。宿は無事だから安心してくれ」
「安心できるわけないじゃない!今はどうにかなっても支払日は待ってくれないのよ?それなのにあんな場所に行って遊んで・・・ほんとバカみたい」
「楽しくなかったか?」
「そうじゃない!そうじゃないけど・・・でも、もう何もかもおしまいなの。お願いだから楽にさせて、あの人の、あの人のいない人生なんて、あの人の生きた証がない人生なんて、もう嫌なのよぉ」
俺の胸ぐらを掴み、感情を爆発させながら何度も拳で胸を叩く。
もちろんそれを止める事は出来ないし、今それを止めてしまうと感情の行き先が無くなり心が完全に壊れてしまう事だろう。
今は本当にギリギリの所にいる、選択肢を間違えればすべてが終わるそんな状態の様だ。
そんな相手を前にどうするべきか、ここに来るまでに色々と考えてきたけれども正直答えは見つかっていない。
彼女との縁はここに来てからのわずか数日、そんな人に肩入れする義理は無く放置すればいいだけの話だ。
ここを離れればもう会う事もないだろう、あの時あの遺体から手紙を回収しただけの関係なんだしその後彼女がどうなったって俺の知るところじゃない。
と、アリスなら言うだろうなぁ。
アイツは俺を中心に行動するから、それに無関係な人間はどうでもいいと思っている。
だが俺がそんなに簡単に割り切れるはずもなく、ここまで知り合ってしまった以上それを放置するわけにはいかない。
結局のところお人好しなんだろう、俺は。
別に相手の年が近いからとか好みだとかそういうのは関係ない、単純に困っている人を放置できないだけだと誰に言い訳をするわけでもなく考えてしまった。
「何度も言うがあの宿は問題ない。話し合いの結果支払日は明日になったが4000万ヴェイルは俺が支払おう」
「トウマさん!?」
「ちょっと、本気なん?」
俺の言葉にローラさんとミニマさんが大きく反応する。
ミニマさんはともかくローラさんはそうするとわかっていたと思うんだが、そんなに意外だっただろうか。
「マスター、本当によろしいのですか?」
「あぁ、あの時もう決めたことだ。とりあえず俺が金を肩代わりすればひとまず宿は奴らの手から取り戻すことはできる。もちろんその先の問題は解決していないけれども、まぁ何とかなるだろう」
「何とかって・・・でもトウマさんらしいですね」
「だろ?細かいことは後回しでいいんだよ。ともかく借金は俺が支払う、だからそんなに泣かないでくれ。あの手紙については先に読ませてもらったがアンタの旦那はそんな姿を望んでないだろ?」
そう言いながら泣きじゃくるケイトさんの顔を見ると、どうしていいかわからないという複雑な顔をしていた。
そりゃそうだろう、感情に任せて俺を殴っておきながら借金を肩代わりすると言われたんだから頭が追い付かないのも無理はない。
「あの・・・」
「別に感謝してほしいから肩代わりするんじゃない。俺は俺がやりたいことをやっただけ、そもそもリリットさんの件からコロニー運営のやり方が気に喰わないんだよなぁ。儲けるためなら自分達の好きなようにしていいと思ってやがる。そりゃ俺も金は好きだが、もう少しやり方ってもんがあるだろう」
「それには私も賛同するわ。やるならもっと気づかれにくくするとかスマートにやりなさいよね」
「なんだテネスも賛同してくれるのか?」
「賛同っていうかあまりにも露骨なのが気に喰わないだけよ。アイツならもっとうまくやるんじゃない?」
「ふむ、確かに他のやり方はあると思います。相談役への報酬もチップ制にしてそのうちの一割を回収する、そうすれば相談役はチップのために頑張りますし、受けている方も気持ちよくチップを支払う事でしょう。少額でもすべての客からチップを回収できればそれなりの額になりますからそれなりに儲かるはずです。また、地上げに関しても露骨に買い占めていくのではなく自分から出ていきたくなるように仕向ける方がお互いに気持ちよく取引できると思うんですけど」
うーむ、・・・相変わらず考えることがえげつない。
でも確かにその方法なら同じような結果になるにせよ、相手がネガティブになることは無いしむしろリピーターになってくれる可能性もある。
相談役も定着すればその人目当ての客も増えるだろうから両者win-winなのは間違いない。
「ねぇ、本当にいいの?」
「ん?」
「その、4000万ヴェイルも払ってもらっても返す当てなんてないし・・・」
「正直なところやって意味あるん?仮に借金を返してもアイツらが邪魔してきたら結局最初に戻っただけやろ?宿に客が来なかったら同じちゃうの?」
「確かに今のままじゃ元に戻っただけだが、それを解決する方法を探す時間は稼げるだろ?今悲観するなら一週間、一カ月後に悲観すればいい。正直手紙を書いた旦那に報いるためにもアンタは簡単に死ねないんだ。もがいてもがいてもがきまくって、旦那が生きた証である宿を守る義務がある。そう楽になれると思うなよ、というのが本音だ」
自分が死ぬ分かっていながらも愛する嫁の幸せを願い続けた旦那、残された人間の気持ちがどれほどつらいかは正直わからないけれど、旦那の気持ちを踏みにじることは許さない。
じゃないと死んだ本人も浮かばれないはずだ。
「・・・ズルい人」
「好きに言うがいいさ。ともかく生きた証である宿をどう残すのか、それをじっくり考えようぜ」
「とまぁ、かっこよく言っていますがマスターは肩代わりした分はしっかり返せよと持っていますのでご理解ください」
「おい」
「違うんですか?」
「そりゃ4000万もポンと出せるぐらい稼いでいたらよかったんだが、生憎とそこまでので金持ちじゃない。返してもらえるのなら返して欲しいが・・・」
「それに宿が無くなってもケイトさんは死ねませんよ」
「どういうことだ?」
突然の死ねない宣言に、ケイトさんを含めた全員の視線がアリスに集まる。
その視線に満足げな顔をしてからゆっくりと話し始めた。
「先ほど生きた証がないとおっしゃいましたね?それはつまり生きた証さえあれば死なないという事、仮に宿が無くなったとしてもその証が手元にある以上死ぬことは許されません」
「すまん、バカの俺にでもわかるように説明してくれ」
「まったく察しの悪い人ですねマスターは。何故あの時ケイト様が体調を崩されたのか、わからないんですか?」
いや、わからないからこうやって聞いてるんだろうが。
いきなり死ねないとか旦那が生きた証は別にあるとかよくわからないことを言い出すし、何がどうなってるんだ?
そんなクエスチョンマークばかり浮かんでいる俺とは対照的に、周りの女性陣はハッとした表情でケイトさんの方を見ている。
その視線が向かっている先は彼女の顔ではなくもっと下の方。
「そのお腹にいる命を無駄にするおつもりですか?」
お腹ってまさか!
予想外の展開にただ口を開ける事しかできなかった。




