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狂人が治癒スキルを獲得しました。  作者: 葉月水
鬼と竜

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第156話 安心感

 

 依然として賛否両論はあるものの、数日前とは打って変わって鬼灯に対して大多数が好意的な反応を示すSNS画面。


 「……はぁ」


 それを見て、瑞穂は小さくため息を溢す。


 現状の把握も兼ねて、随時追っていたSNS各種。それらを見て心の内に湧き立つのは、やはりなんて勝手なんだろうという不快感だけだった。


 分かっている。


 これは同族嫌悪だ。


 少し前までは鬼灯に対して全くと言っていいほど良い印象を持っていなかったのに、いやむしろ悪戯に騒ぎを起こして不安を煽る存在として、少なからず嫌悪感を抱いていたはずなのに。


 今ではそれも忘れてSNSでコメントをしている大多数の例に漏れず、鬼灯に対して好意的な感情を向けてしまっている。


 虫が良過ぎる、そんな自分の浅ましさに対する嫌悪感。


 そして、それでも別に良いかと思ってしまっている現状が、それにより拍車を掛ける。


 その理由はやはりスマホの画面上部に通話中と表示されている自分の名前と同じくらい馴染みのある名前と、その灯里という名前に反さず、スマホ越しに聞こえてくるいつもの明るい幼馴染の声があるからだろう。


『でねっ!でねっ!パパが倒れてきた大きなやつにグシャーーーーーって挟まれちゃって!ママも金髪の怖い女の人にグシャーーーーーーって引っ掻かれちゃって!あたしももう少しでグシャーーーーーーってされちゃうって時にやしゃがドカーーーーーーンって助けてくれたの!』


 相変わらずその場のテンションと勢いで話しているからか要領は得ない。


 しかし、話の端々からこぼれる単語だけでも、当時の緊迫感は十分に伝わってくる。きっと語り手が違っていれば、それは戦争経験者の回想と並べても遜色のない重みを帯びていたに違いない。


 それほどの壮絶な体験を経てなお、普段と何ら変わらない幼馴染の様子が、かえって瑞穂を安心させた。


「そんなに大変な状況だったんだね。でも本当に、本当に…あーちゃんが無事で良かったよ。私、あーちゃんと連絡取れなくなってから何かあったんじゃないかってすごく心配で…」


 そして、その何かは瑞穂の預かり知らないところで実際に起こっていた。


 もしも、夜叉が居なかったら。


 もしも、助けに入ったのが圧倒的な戦闘能力を持つ夜叉でなかったら。


 もしも、夜叉がもう少し北海道に到着するのが遅れていたら。


 これらの1つでも欠けていたら、瑞穂は長年の幼馴染を失っていた。


 それを遅れて実感すると、再度連絡が取れた時に散々涙を流した筈なのに、次から次へと自然と涙が溢れてくる。


『みーちゃん??泣いてるの??あたしのお話聞いて怖くなっちゃった??大丈夫??』


「う、うん。大丈夫。ちょっとあーちゃんの声聞いて安心しちゃっただけだから…」


『そっか!じゃあ、もっと安心出来るようにお歌歌ってあげようか??』


「ふふふ、そうだね!それを聴いたらもっと安心できそう!でも、今日はもう夜遅いし、周りの迷惑になっちゃうからそれはまた明日にしようかな!」


『分かった!!みーちゃんの為にうんと上手に歌うから楽しみにしておいてね!!』


「うん、楽しみにしとく!」


 大切な友達となんて事のない明日の約束をする。


 そんな今があることに瑞穂の心は再び温かくなる。


 そして、そんな今を守ってくれた存在へと改めて感謝を込めて思いを馳せる。


 薬叉様。


 もしかしたらあなたにとっては、礼を言われるまでもない、どうでもいい事なのかもしれないけれど。


 単なる偶然が重なった結果かもしれないけれど。


 感謝します。


 本当に。


 心の底から。


『みーちゃん、みーちゃんってばー!聞いてるー?』


「ごめんあーちゃん!ちょっとボーッとしちゃってた!それで…何だっけ!もう一回言ってくれる?」


『もう仕方ないなぁ!あと一回だけだよ?でも、すごく大事な話だから今度はちゃんと聞いておいてね?』


「うん、分かったよ!ちゃんと聞く!」


『よーし!じゃあ、話すけどね!あたし、やしゃに快くんの事も助けてってお願いしといたからもう大丈夫だよ!やしゃが快くんの事も絶対助けてくれる!』


「……ごめん、あーちゃん。もう一回だけ言ってくれる?」


『もーーー、今度はちゃんと聞くって言ったのに!また聞いてなかったのー!』


「いや、聞こえてたけどちょっと意味分かんなくて…薬叉様にお願い?みーちゃんが?快くんの事を?それより話したの?薬叉様と直接?!」


 唐突に幼馴染の口から放たれた想像の斜め上をいく衝撃発言に、瑞穂は堪らず問い詰めるように言葉を続ける。


『やくしゃ様?あたしがお願いしたのはやしゃだよ!』


「今、夜叉は沢山の人を助けてくれるからって尊敬と感謝の念を込めて薬叉様って呼ばれてるの!」


『そーなんだ!じゃ、やくしゃ様にお願いしたから快くんももう大丈夫だよ!全員助けてくれるって!』


「いや、助けてくれるってそんな軽く……って、もしかしてあーちゃん、今は札幌の避難所に居るの?」


『えー!言ってないのに何で分かるのー!すごいね、みーちゃん!あとでそれと一緒に自衛隊のトラックに乗った話とかもしようと思ってたのに!』


「…やっぱアレあーちゃんの事だったんだ」


 その瞬間、瑞穂の中で点と点が繋がる。


 札幌の避難所で夜叉に家族を救われたと頻りに話す少女。


 その話を聞いた時点でどこかで聞いた事のある話だとは思っていた。


 しかし、それがまさか唯一無二の幼馴染の事を指しているとは思わなかった。


 札幌市の広大さを考えれば、人違いの可能性もない事はないが…状況証拠を鑑みれば、その可能性は限りなく低い。


 一体夜叉に家族共々窮地を救われ、それを何の躊躇もなく避難所で嬉々として話す少女が札幌にどれほどの数がいるだろうか。


 たかが噂の発端。といえど、これまで露見していなかったことからしても、治癒能力の有無は夜叉にとってもあまり口外されたくない情報のはず。


 その事実に、瑞穂の脳裏に情報漏洩で報復という最悪のシナリオが浮かぶが、それをかぶりを振って即座に掻き消す。


 流石の夜叉でも既に起きてしまった事の責任を追求する為に、広い北海道のどこにいるのかも定かではない少女を探すなんて、そんな非効率な事はしないはず。


「…それであーちゃんから見て…薬叉様はその…どんな感じだった?」


 完全に不安が拭えたわけではないものの、瑞穂もまた、世間を賑わせている渦中の人物がどんな存在なのか気になっていた。


「やっぱりすごく強いって話だからその威圧感っていうか、ちょっと怖かったりした?」


『ううん!全然!なんかね、一緒にいるとすっごく安心した!!』


「安心?」


『うん!なんか快くんと一緒に居る時みたいな感じ!!ほわほわって!!』


 人の印象を言葉で表現するのは、意外と難しい。だからこそ、分かりやすく身近な人間の名前を引き合いに出すのは、決しておかしなことではない。


 ただ、今や世間の注目を一身に集めている規格外の存在の例として、友達の名前を挙げるのは、流石に安直すぎるだろうと、瑞穂は相槌を打ちながらも、思わず苦笑する。


 しかし、同時に妙に納得のいく部分もあった。


 瑞穂自身、年齢に比べて精神年齢が高く、比較的利口な自覚はある。その認識は難関と呼ばれる中学受験を上位の成績で突破し、実際に幼少期からありとあらゆる英才教育を受けてきたであろう生徒が集まる学校に入学した今でも変わっていない。


 ただ、それでも月下快という人間の能力を少なからず知る身からしたら、その少々自惚れのようにも聞こえてしまう自己評価も精々が秀才という域に収まる。


 天賦の才能。


 その言葉の意味を瑞穂は名門中学に入学し、数々の才能に恵まれた人間を目にしてようやく正しく理解した。


 天才とは他より多少優れた能力があるからと決して軽々しく自称も他称もしていいものではない、文字通り天に与えられた才能のことを言うのだと。


 近くで過ごす時間が増えるにつれ増幅した憧れから過大に評価してしまっている可能性もゼロではない。


 ただ、いつかの昼休みに幼馴染が悪戯心で出題したであろう15桁の数同士の掛け算。それを会話も並行して行いながら一瞬で解いてしまう人間を彼以外に瑞穂は未だかつて見たことがない。


 文字通り物が違う。


 きっと校内で天才だ何だと騒がれている彼等が束になっても自分の知る本物には遠く及ばない。


 そんな確信にも近い予感。


 だからこそ、今し方幼馴染が放った突破な発言にも呆れながらも頷けてしまう。


 人並外れた能力。それは時に脅威に映るが、場合によっては大きな安心感を与えてくれる。


 そういう意味では2人は確かに似ているのかもしれない。


『ふふ!もしかしたら快くんがやくしゃ様だったりしてね!親友だからってあたしの事を心配して助けにきてくれたの!!』


「………」


 でもどうしてだろう。


 常識的に考えてあり得ない筈なのに即座に否定できないのは。


 そんな嘘みたいな話が会話を重ねるにつれて、どんどん真実味を帯びていくような気がするのは。


 容姿などの基本的な特徴は言うまでもなく、薬叉様の態度や言動。こちらの予想を難なく超えてくるほど突出した高い能力。


 そして何より、この一連の焦燥感に煽られているとさえ感じるほどの迅速な行動。


 それは、まるで。


 まるで本当に…


「最初から特定の誰か…あーちゃんを助けるつもりだったみたい…?」


『ん??あたしがなにー??』


「…ううん、なんでもないよ」


『も〜気になるよ〜!』


「ううん、本当に何でもないの。だって…そんな…まさか…ね?」


 考え過ぎ。


 全てはそのひとことで否定できる。


 言動や外見的な特徴が似ているというのも、先入観から無意識に知っている姿を当てはめてしまっているだけ。


 薬叉様が急いでいるように感じたのも単に能力が突出していてアヴァロンの勢力の制圧に大して時間が掛からなかっただけ。


 ここぞというタイミングで助けが入ったのも同じ。


 ただの偶然が重なっただけ。


 そう、考え過ぎ。


 ただ、その仮定に仮定を重ねたような疑念とも言えない、あまりに根拠に乏しい夢物語は、何故だか事態解決がそう遠くない事を驚くほどすんなりと瑞穂に予感させた。



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