第32話 禁忌
「君は確か…」
白衣を身につけた男は思い出すような仕草を見せる。
「セン・シルヴァだ」
ここで名乗ったとしても不利に働くことはないと思い、素直に答える。
これはあくまで俺の推測だが、この男の固有魔法は何かを「増やす」ものであるはずだ。
発動条件は不明だが、意表を突かれることはないだろう。
「ああそうかそうか、君がセン・シルヴァか…ビリルから話は聞いていたよ」
ポンッと手を叩き、合致がいったようだ。
「なかなかの手練がいるってね」
「そりゃどうも」
ビリルからの評価が少し高かったことにも驚いたが、こいつに隙がないことにも驚いた。
研究者のような見た目からは考えられないほど、戦い慣れている。
「ところで君は…なぜ私の邪魔をするのかな?君のお仲間を攫ったからかい?それとも、計画が不快に感じたからかな?」
「さっきまでは前者だな」
「な、る、ほ、ど…今は後者というわけだ」
魔物の大量発生の原因を調べるためにガンザバーテに来たが、ここで戦っているのはステラのためだ。
誰かが危険な目に遭っていないのなら、来ていた騎士団に報告して任せればいいだけだ。
騎士団の目的は魔物の大量発生の解消であって、人質の救出じゃない。
それに、道中で出会った騎士団員によれば外にいる魔物の中にはドラゴンもまざっているとのことだ。
騎士団ほどの手練れじゃなければ、簡単にやられてしまうだろう。
なんかあの騎士団員思い出したら腹が立ってきたな。
「君が死者が蘇ることに不快感を覚えるのはなぜなんだ。もう二度と会えないと思った相手に会えるんだ…これ以上に幸せなことがあるのか?」
ただただ不快だ。こいつは命をなんとも思っていないのだろうか。
「会えたら幸せかもな…でもそれはお前のエゴでしかない。蘇らせるんじゃなく、毎日手合わせて顔見せてやることが死者にとっての幸せなんじゃねえのか」
「君はそれを出来ていないようだが?」
背筋が凍った感覚がした。自分で言ったくせに、出来ていなかったら説得力なんて微塵も生まれない。
俺は復讐のためだけにひたすら進んでいるだけで、本質は己のエゴを満たすためだけに動いているだけ。こいつと何ら変わりはない。
一瞬で自分が情けなくなった。
一番大切な人を想えていないのは俺だったのかもしれない。
「死者がどう思うかを考えるのは自由だ。答えなんて分からないのだから」
その通りだ。
死んだ後なんて、今を生きている人間には分からない領域の話だ。だからこそ、こうして対立が生まれる。
「正解のない議論は一方が折れない限り無限に続く。ならば知ろうじゃないか!死者に会えれば世界は変わる!」
「それは禁忌を犯すことになるんだぞ」
死者蘇生はこの世界の禁忌だ。10歳になる頃には誰もが知る常識的なことである。
「そうとも。私は禁忌を犯そうとしている。しかし、誰が私を罰するというのだ。禁忌と定められているだけで、犯した後の処罰はどこにも記載などされていない」
今思えば確かにそうだ。禁忌と聞いたら、自然と誰もやろうとしない。だからこそ処罰なんて定める必要なんてなかった。
蘇生が禁忌だということは聞いたことはある。だが、誰もその後を知らない。
「この世界には三つの禁忌が定められている」
男は一つずつ順番に指を立てて数えていく。
「ひとつ、『死者蘇生』。ふたつ、『神殺し』。みっつ、『転生』だ」
死者蘇生は聞いたことがあったが、他二つは初めて聞いた。
旅をする中で本に触れる機会はほとんどなかったし、死者蘇生が禁忌なことを知ったのも、家族を生き返らせることができないか探していたからだ。
冒険者で本を読んでいるやつは中々いない。だから知ることがなかったのかもしれない。
「この三つを聞いて君はどう思う?すべて犯してはならない禁忌として正しいと思うかね」
いきなり聞かれても困る。俺は死者蘇生以外の禁忌については何も知らなかったから、今すぐの正誤は判断しかねる。
「正しいかどうかはわかんないけど、『転生』は特に禁忌である必要性を感じないな」
「そうであろう。すべてが禁忌と定めるほど悪いものではないはずなのだ。むしろ、『死者蘇生』は良きものであるべきなんだ」
良いはずがない。一度死んだ人に二度目の死を味わわせることになる。それはあまりに酷だ。
こいつは「死」を軽く見すぎている。
「お前はそれで…誰を生き返らせるつもりなんだ」
「妻だよ」
一段低くなった声と静寂が流れた。先程までの雰囲気と変わり、目から光が失われ、本性が現れた気がする。
「君も妹を失っているならこの気持ちは理解できるだろう?失った悲しさ、喪失感、なによりも自分の無力さが」
「理解はできても同情はできないな…新しく生き直せばいいじゃねえか。ずっと囚われてたら自分を見失うぞ」
「すでに私は戻れないところまで進んでしまっている。自分を見失う?今更だよセン・シルヴァ…君に私は止められない」
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。白衣のポケットに突っ込まれていた手を抜き、いつでも魔法を放てるようにしている。
しかし、佇まいに強者感は感じられない。
おそらく戦闘慣れはしていないのだろう。研究が主な役割だったようだ。
「そういえばまだ名乗っていなかったな…私の名はザム・バーニャ、これから禁忌に触れる男だ」
言葉を言い終えたのが合図となり、黒幕…ザム・バーニャとの戦闘が始まった。
未だ思い通りに動けるほど回復出来ていない俺にとっては、今の状況は非常にまずい。
反撃はおろか、避けることすら難しい。
脳が全身へと「避けろ」と指示を出しても、まるで意思の無いかのように返事はない。
ザムもそれを可哀想などとは思わず、冷徹に攻撃を繰り出してくる。
飛んできたのは風太刀風属性中級魔法だ。
平らな風の刃を飛ばすこの魔法は、標的にあたる面積が少なく避けやすいと言われている。しかし、切れ味のよさ、そして発生の速さは、中級魔法の中でも群を抜いて早いのが特徴である。
俺が避けることの難しい今の状態ならば、最適解とも呼べる一手である。
空を切り裂く音は死神の鎌のように確実に命を狙っている。
動かない体を、動く脳でできるだけ考える。これを避けたとてまた次の攻撃が飛んでくるだけだが。
考えた結果、足の下から氷柱を勢いよく放つことで右手側への回避に成功する。
受身は取れず、転がりながらすぐさま体勢を立て直し、次の攻撃に備える。
「まじかよッ」
顔を上げると、殴るモーションに入っているザムが二人いた。
先程と同じ要領で上へと避ける。天井付近まで上がって見えたのは、魔法を放った位置から一歩も動いていないザムと殴りかかってきた二人のザムだ。
分身を作り出す固有魔法だろうか。いや、この段階で決めつけるのはまだ早い。ザムはおそらく頭脳派だ。初手に見せたこれはブラフだと思っていいだろう。
「ほう、これも避けるか…なかなか反応速度がいいな」
感心したような口ぶりをしていても、隙は生まれない。油断はしてくれないだろう。
「これはどうかな」と水弾を二つ放ってくる。
一連の動きの中で手足の自由は戻ってきていた。
着地した位置から右側には分身がいる。そのため、左側に逃げるのが定石…だが、死角のない開けた空間にならば、あえて分身側にいき、死角を利用するのがいいだろう。
水弾が着弾したのは避ける前の位置と、左側に避けたら当たっていただろう位置だ。予想通り、分身側には逃げないと思っていたらしい。
そのまま分身の陰で氷の槍を作り、分身を通り抜け反撃に移る。
突如、傷に痛みが走る。体の芯からジンジンとする痛みで息ができなくなる。
痛みの再発?いや違う。傷口になにか攻撃されたんだ。どうやって?
痛みで膝をつく。そこには水で湿気った地面があった。つまり、水弾を食らったということだ。
「水弾は二発だったはず…どうやった…?」
「敵に手の内を明かすバカがどこにいる?いやしかし、想像以上だよセン・シルヴァ。それに免じて私の固有魔法を教えてあげるとしよう」
分身も命令で動くのか、大人しくやり取りを見守っている。
「私の固有魔法は『複製』だ」




