プロローグ
その日は晴れていたと思う。いや、少し曇っていたかもしれない。
家の外を見ると所々に家がある。しかし、畑の数に比べれば劣ってしまう。
黄金色の作物がゆらゆらと心地よい風に揺られ、昼寝してしまいたくなったのを覚えている。
田舎の村のようにも思えるが、今見た景色の反対側を見ると、都市にも近いほど発展している大きさの村。
なので住んでいた家は都市から田舎に変わる境目のような位置にあるのだ。
そこには父と母、俺と双子の兄、そして妹の五人で暮らしていた。
妹はまだ三歳で、少し長い会話を出来るようになったくらいだった。
俺は少し特殊だったのかもしれない。いや、俺だけではない。双子揃って特殊だった。
言葉は話せなかったが、頭の中は冴えていて、今のように思考できていたと思う。
それに双子だからなのか、思考や心が繋がったのか、テレパシーのようなことが俺たちの間だけで出来た。
三歳頃からは魔法も使い始めて、時々来る母の父さん、つまりおじいちゃんに刀術を習ったりもした。
そんな俺らは周囲から忌み子のようにも噂されたが、親戚に恵まれていたのだろう。そんな重っ苦しさは感じなかった。
だが、親戚ですら忌み子のように扱ってくるようになったことがあった。
それは兄に二つ目の固有魔法が現れてからだ。
間もなくして俺にも二つ目の固有魔法が体現した。
本来、固有魔法とは一つの身体、つまり魂に宿ると考えられている。よって一人が固有魔法を持てる数は必ずしも一つとなっていた。
なのに俺達は二つ目を発現してしまった。
同時期にはついに三つ目まで体現した。
自分でも自分が怖くなっていった。
でも、家族はずっと優しかった。固有魔法については特に触れず、変わらず接し続けてくれた。
だから絶対に家族を大切にしていこうと思った。
友達もいた。最初は気味悪がっていたが、複数個持つという憧れの方が強くなっていっているようだった。
友達といる時間は楽しくて、家族と同じように大切にしようと思えた。
それくらい俺は幸せに過ごせていた。
けど俺が八歳のとき、事件が起こった。
都市はオレンジ色に揺らめき、その光により色が際立っているのかと思わせるような黒い煙。
人の悲鳴や逃げ回る足音。
そう。襲われたんだ……俺の住んでいた地は。
生憎ちょうど昼寝をしていて気づくのに遅れ、逃げ出すのが遅れてしまっていた。
魔物の群れや魔人がちらほら歩いて、人を見つけては殺し、見つけては殺しを繰り返していた。
もちろんそれは怖いし恐ろしかった。
けど、それ以上に畏怖する存在がこの場にはいた。
黒く禍々しい魔力を帯び、紫とも黒とも呼べるような炎を腕に纏いながら、低く重音な声で高らかに笑っている。
そいつがこの襲撃の主犯であり、魔物や魔人を統べる者、魔王であった。
逃げ遅れたことも相まって俺と兄は捕まってしまった。何故殺さずに捕まえたのかは分からなかったが、魔王からはなにか特殊な感じがお前たちからすると言われた。
固有魔法のことだろうか。
捕まったのは怖かったが、テレパシーを使ってどう切り抜けるかを話し合うことが出来ていたのでまだマシだった。
しかし、当時の俺はまだ八歳の子供。ずっと恐怖に晒され続けていれば、次第にそれは膨らみ、感情や行動として表れてくる。
俺と兄だけではなく母と妹も捕まっている。人質としてだろう。
誰も助けに来ない。来たとしても、為す術なく殺されるだけだ。対抗出来る人間などいないと思った。
だが、一人だけ立ち向かう男がいた。それは父だ。
父が強いのは知っていたが、敵う相手ではないと思った。
しかし、俺が知っている強さ以上の力を出し、俺らを助け出すことに成功した。
今までは力を隠していたようだ。
助け出されたはいいものの多勢に無勢、父一人だけでは対処しきれないほどに、魔人やら魔物やらが集まってきた。
俺も魔法を使って応戦しようとするが、魔物は倒せても魔人に効いているような手応えは感じない。
それほどに力の差があったということだった。
父が大きな声で「逃げろ!!」と言い、父を置いて四人で逃げ出した。
俺が知っている父の強さでは死んでしまう。そう思って心配もしたが、いつもよりも明らかに強かった。
火事場の馬鹿力などではない。単純に実力を隠していたのだ。
そんな父を一人残して逃げる。逃げた先には魔物も魔人も不思議とおらず、違和感はあったがそれよりもここから逃げることへの必死さが全てを掻き消した。
昼であるはずなのに、黒い煙が空を覆って夜であるかのように錯覚させる。
血でぐしゃぐしゃになった道を歩く。
父一人を犠牲にして、自分達は助かってしまうんだと思ってしまう。あの数相手では父でも生き残るのは難しいと考えていたからだ。
でも、助かることへの安心が芽生えてきた頃、俺達は絶望へと落とされた。
道の先に魔王が立っている。魔力を感知出来ないほどに消した魔王が。
静かな面持ちで近づいてくる魔王に、俺は動くことが出来なかった。俺だけでは無い。兄も妹も母も、死という運命が近づいてくるのに足掻くことが出来なかった。
それでも母だけは自分の子を守ろうと俺たち三人を手で抱き魔王に背を向けて「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせるように言っていた。
それも虚しく目の前で母が殺された。
両親の死。それがどれほどの絶望なのかは言うまでもないだろう。
同情も共感も哀れみも。それら全てを持ち合わせていない魔王にはどう見えていただろうか。
母を殺した束の間、絶望を感じるよりも先に妹が殺された。
行く当ての無い悲しみ、恐怖、憤りが俺と兄を呑み込んだ。
そこからは覚えていない。
目が覚めると血や泥で汚れている父の腕の中だった。
家族が居なくなったことに実感は湧かなかった。今までは居るのが当たり前で、ずっと幸せが続いていくと思っていたから。
一通り泣いてからは、涙が出ることは無かった。家族を失った悲しみより、殺されなかった悔しさより、奪われたことへの怒りが強くなったからだった。
その気持ちを元に俺は、俺達は、
魔王を殺すと誓ったのだった。