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水兵チョップ海を割る ~西の島国の英雄譚~  作者: マックロウXK
第四章 神話再来

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たとえ翼が砕けても

 バシュウウウウウゥゥゥゥゥッッ……!


 闇をつんざく風切り音と共に、暗い沖に向かって縦一閃の雷光が走る。

 その瞬間。


 ズンッッ! 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 重い城門が開くかのように、ゆっくりと海面が割けていく。

 そして。


 ザザザザザザザザザザアァーーーーーッッ!!!


 裂け目が左右に一気に拡がり、引き潮のような干上がった砂浜が、水平線の彼方まで真一文字に貫き通された。



 ザザザザザザザザザザザザザザザ…………。


 水流が切断面に沿って渦を巻き、海は割かれたままにその姿を維持し続けている。

 雲も闇もすべて斬り払われ、青い空が戻り、日に照らされた不思議な光景が目前に広がる。

 あまりの出来事に東の港には沈黙が漂い、うなるような波の音だけが響く。

 チョップの力を初めて目の当たりにした水兵団員たちは、呆(あっ)気(け)にとられて言葉も出ない。


『あ、あいつ……』

『まさか……』

『う……、海を斬ったのか!?』


 ようやく団員たちは正気を取り戻すと、事態を理解してざわつき始めた。


「なんやなんやっ!? チョップの奴、海を真っ二つにしよったで!! マジかーっ!? あ、あ、あ、あいつは正真正銘、ホンマもんのバケモンやでーっ!!」


 とりわけ大騒ぎをするチャカの頭に、トーマス副隊長は少し悲しそうな顔をしながら拳を振り下ろす。


 パッカーン!


「あいたあーっ!」

「二度とそういうことは言ってやるな」

「本当に海を割るとは……。団長、もしかして彼は……?」


 マルティニク王はおののきながらも水兵団長に問いかけるが、ジョンは黙ったまま少年水兵の姿を見つめる。

 しかし、大(おお)業(わざ)を成したチョップは、操り人形の糸が切れたようにドサッとその場に崩れ落ちた。


「あっ? お、おいっ!?」


 チャカは慌てて倒れ伏すチョップに駆け寄り、彼の身体を仰向けにして揺さぶったが。


「うわっ!」

「どうした、チャカ!」


 背後から近づくトーマスにチャカは応える。


「腕の骨が、グズグズになっとる……」

「何……!」


 見ればチョップの艶のあった黒髪はまるで雪のように真っ白に変わり、紅顔の肌色は生気の無い土気色に染まっていた。

 まるで、持ちうるすべての力を使い果たしたかのように。


「『聖者カリブ』……」

「? 何でっか、それは?」


 サン・カリブ島の伝承に疎いチャカに、トーマスは語る。


「その昔、帝国から奴隷たちを救うために、海を割ってこのサン・カリブ島に渡ったという神話に伝わる聖者だ。ちょうど今のチョップのようにな」

「えっ? ほんだら、そのカリブさんはその後どうなってん?」

「全ての奴隷を救った後、力尽きて死んだ……」

「なんやて!?」


 死人のように、ピクリとも微動だにもしないチョップに、チャカは大慌てで。


「うぉおおい、チョップーっ! お前、お姫さんを救けるんやなかったんか! なに勝手に死んどんねん! こぉのポンコツこらぁーっ!!」


 ビンタビンタとチョップの顔を何度も往復で張り続ける。

 すると。


「う……、うーん、むにゃむにゃ……」

『うーん、むにゃむにゃ!?』

「…………はっ!?」


 チョップは覚醒すると、すぐさま跳ね起き上がり、裂けた海の水平線に向かって眼を凝らす。


「……よし。船影が見えないので、どうやら敵艦は海底に落ちたようですね……」

「海底だって!? それで、マルガリータは無事なのか!?」


 海岸の方ならともかく、沖の海底は相当の深さがある。墜落したとすれば当然ただでは済まないはず。マルティニク王は大いに焦るが、チョップは力ない笑顔を見せながら。


「マルガリータなら大丈夫です。見た目と違ってしぶとい娘(こ)ですから……」


 幼なじみへの信頼感からか、楽観的に答えた。


「では、マルガリータを救けに行ってきます……」

「ちょお待たんかい! お前、そんな身体でどないすんねん!?」


 チョップは息も絶え絶えにフラフラしており、そのうえ右腕はブラブラで完全に自由を失っている。

 おそらく、もう二度とその腕を動かす事はできないだろうと思われる。


「これですか? 今、これはささいな事です」

「ささいとちゃうやろ」

「時間がありません。僕はもう行きます……」


 チョップは埠頭から砂浜にスタッと降り立ち、海の中道を走って行こうとするが、すぐにバタッとぶっ倒れた。


『チョップ!?』


 すぐに、チャカも港から地面に飛び降り、チョップの元に駆けつける。


「言わんこっちゃない! お前、死んでまうような技使(つ)こうとって、そりゃ無茶ってもんやで!」

「いえ……、マルガリータが待ってる。行かなくちゃ……」


 チョップは鹿の赤ちゃんのようにプルプルしながら立ち上がろうとするも、べしゃっと顔面から砂浜に落ちる。それでも。


「約束したんです……。僕はりっぱな水兵になってマルガリータを護ってあげるって。だから……、骨が砕けても、身体がバラバラになったとしても、僕はマルガリータを救えるのなら今ここで死んでも構わない……」


 チョップは砂を噛み、左手で砂を掴み、芋虫のように地べたに這いつくばりながらも、むりやり身体を推し進める。


「マルガリータは僕が護るんだ。僕が護る……。絶対に僕が護るんだ……!!」

「お前……。お姫さんの事をそこまで……」


 命を縮め、全身ズタボロになりながらも、愛する女(ひ)性(と)のために全てを懸けるひたむきな姿は、お調子者のチャカの心を打つ。


「そんなんじゃ日が暮れてまうで! オレが担いだったるわ!」


 チャカはチョップの身体を持ち上げ、背負って行こうとする。


「ごめん、チャカ……」

「ごめんも礼もいらへんで。オレらは同じ釜の飯を食い合う、水(な)兵(か)団(ま)やないか!」


 チョップのマルガリータへの純粋な愛情、そしてチャカとの熱い友情に、国王を始めとしてその場にいる漢たちの眼(まなこ)から涙が流れ落ちる。

 しかし、ジョン=ロンカドル兵団長は極めて冷静に。


「トーマス、帝国艦で干し肉を山ほどパクってたな。今も持ってるか?」

「はい、まだ何個かは」


 トーマスが尻(ケツ)ポケットから取り出した干し肉を受けとると。


「チョップっ!」


 ジョンは埠頭から、チョップに向かって投げ渡す。


「食っとけ。元気になるぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 チョップはモッシャ、モッシャと干し肉を食べる。すると、土色だった肌に生気と血色がさっそく戻る。

 瞳の輝き、筋肉のハリとツヤ、コラーゲン。

 さすがに髪の色と砕けた右腕までは治らないものの、チョップは再び戦えるだけの活力を取り戻した。


「うおおおおおーーーーーっ!! 今行くぞ、マルガリータあああああーーーーーっ!!」


 チョップはチャカの背中から飛び降りると、ドドドドドッと沖の彼方へあっという間に走り去る。

 ぽつーんと、一人置いていかれたチャカは憮然としながら。


「あいつ、なんちゅう体力しとんねん」



 *



 ザザザザザザザザザザザザザザザ…………。


 その時、魔導海賊バルバドスは空に浮かぶ、舟のオールの上に立ち、海が真っ二つに裂けた異様な光景を上空から眺めていた。


「こ……、これは、いったい何が起こったっていうの……?」


 そこには帝国艦の姿は無く、底が見えないくらいの海溝をバルバドスは見下ろす。


「これではもう、船も兵隊たちも諦めた方が良さそうね。もちろん、あのお姫様も……」

「うわー、すっごい。海って本当に割れるんだね……」

「!?」


 どこからか聞こえる少女の声。

 バルバドスはビックリしながら辺りに目を配ると、真っ白なドレスが目に入る。

 マルガリータ姫がオールの真下にしがみついてブラブラしていた。


「貴女っ!? 何でそんなところに!」

「だって、あのまま船にいたら海の藻屑になりそうだったし。一人で逃げようったってそうは行かないよ」

「離しなさい、定員オーバーよ!」


 二人分の重量に耐えられず、魔導具『空飛ぶオール』は降下を始めている。

 墜落する事を危惧して、バルバドスはマルガリータの手を踏みつけようとするが、よっ、はっ、ほいっと器用にかわされる。


「いいの? わたしが死んだら帝国を敵に回す事になって、逆にあなたが困るんじゃない?」

「ぐっ、この小娘……」

「ほらほら。腕が疲れちゃうから、とっととさっさと降りようよー」


 マルガリータはゆっさゆっさと身体を振って、オールを揺さぶる。


「こらっ! 危ない! 止めなさいっ!」

「それそれそれそれー!」


 ぐらぐらとバランスを崩して落ちそうになるバルバドス。オールはどんどん高度を下げて、割れた海の隙間へと降りていく。


「あ、よいしょ!」


 ある程度の高さまで降下すると、マルガリータはまくり上がるスカートを両手で押さえながら、砂浜に飛び降りる。


「あっ、こらっ! 待ちなさい!」

「待たないよーだ!」


 あっかんべーをしながら、スタコラ逃げようとするマルガリータだったが、前を向いた瞬間。


 ボイーンッ!


「きゃん!?」


 光の壁に激突して尻もちをついてしまう。胸がクッションになったおかげで特にケガこそなかったものの。


「あいたたた……、おっぱいが潰れちゃうかと思ったわ……」

「捕まえたわよ」


 背後に追い付かれ、マルガリータはくるくるサイドテールをバルバドスに掴み上げられる。


「まったく、我(われ)の手を煩わせないで欲しいものだわ」

「痛い、痛い! ハゲる、ハゲる!」

「王女様が『ハゲる』とか言うんじゃないわよ。かわいい顔して、本当にとんだおてんば姫ね」


 だが、マルガリータは痛みに顔を歪めながらも。


「でも、わたしを捕まえるためなんかに、魔法(ちから)を無駄使いして良かったの?」

「……!」


 マルガリータの台詞に、バルバドスは左右にはだかる海の壁に首を巡らす。


「まさか!?」

「そうだよ。こんなことが出来る人、一人しかいないもん」


 その時。


『マルガリータっ!!』


 一迅の嵐を引き連れて、再び少年水兵が姿を現した。

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