最大出力、雷撃の剣!
ミャウ、ミャウ、ミャウ……。
意識を取り戻したチョップはウミネコの鳴き声と瞼の向こう側に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けた。
「うーん、夢か……。はっ!?」
水兵団第一部隊副隊長、『赤獅子』とも恐れられるトーマスの、ぶさいくなキス顔がいきなり迫る!
チョップはほとんど溜めの無い不完全な状態ながら、必殺の手刀を繰り出した。
「くっ! 『雷撃の剣』!」
ヴオンッ!
「うお!? 危ねえっ!!」
とっさに上半身を反らせて雷の一撃をかわすトーマス。
チョップはヘッドスプリングで後ろに飛びずさり、間合いを離した。
「バカ野郎っ! 殺す気かーっ!!」
「な、な、な……?」
「何がなななだ! オレは人工呼吸をしようとしてたんだよっ!」
「…………な、なるほど」
チョップは自分が溺れていた事を思い出し、なんとなくホッとする。
辺りを見回せば青空広がる、良く見慣れた石造りの船の停泊場。
どうやら、ここはサン・カリブ王国水兵団の拠点、東の港のようである。
「すいません。びっくりしたもので、つい……」
「つい、で船を斬る技を撃つなよ。本当はあいつにやらせるつもりだったんだが、ファーストキスが男になるのは嫌だとか抜かしやがったからな」
トーマスが鼻を鳴らしながら親指で示す方を見ると、同じく第一部隊の小柄なツンツン茶髪の水兵団員チャカが、もじもじしながらポッと頬を赤らめていた。
「えー……。だって、そういうのは大事にしたいやないですか」
パカン!
「あいたあ!」
「何がだってだ! キメえ事言ってんじゃねえぞ、この童貞野郎!」
「はあ!? 素人童貞の兄さんには言われたないですわ!」
「失礼なこと言うな! 俺だって、昔は彼女の一人や二人くらいいたぞ!」
「えー、ホンマですかあ? 冗談は顔だけにしてくださいな」
待て、この野郎! と、もう一発殴ろうと追いかけるトーマスと、わーと言いながら頭を抱えて逃げるチャカ。
「ちょお、タンマタンマ! オレがここまで他の隊員たちを連れてきたんでっせ? そこは誉めてくれても良おないですか? なあ、みんな!」
チャカの呼びかけに、東の港を取り巻くセーラー服姿の人の山。ウオオオオオーーーッ! と雄叫びを上げる約千人の水兵団員。
西の港でパレードの警備をしていた団員たちを呼び戻すため、東西の港をわずかな時間で往復したことを誇り、お調子者はへへんと胸を張る。
「でも、船が燃えてもうたから、けっきょく援軍に行くことはでけへんかってんですけどね」
ウオオオオオーーーンッ! と暑苦しくむせび泣く、ガチムチマッチョな男たち。
「……ん? そういえば、僕は海の底に沈んだはずでは? どうやって助かったんですか?」
「サバさんだよ」
チョップが声のする方を振り向くと、そこには血染めの燕尾服を纏った口髭の紳士ジョン=ロンカドル兵団長と、丸眼鏡に鳩胸の中年スワン副団長の姿が。
「ちょうど東の海で漁をしていたサバさんが、私たちを助けてくれたんだ」
海の方を見ると、釣り船から「よっ、元気かい?」と手を上げる、頭にタオルを巻いた老人。漁師のサバさん。
生き残りの水兵団員がすべて東の港に戻って来ていた事を知り、チョップはようやく一安心した。
「よかった……。じゃあ、マルガリータも国王様たちも、みんな無事だったんですね?」
チョップはキョロキョロと辺りを見回し、マルガリータ姫を探し求める。
だが、彼女の姿は見当たらず、代わりに水兵団員達が沈鬱な表情を見せる。
「くるっくー、姫様だけは帝国艦の上です……」
「え……?」
「すまん……。あの状況では、俺と副団長で国王と執事長の二人を連れて脱出するのが精一杯だったんだ……」
「まさか……、そんな……」
マルガリータ姫が未だ囚われの身であるという最悪の報告を聞き、突如ハッとしたようにトーマスに詰め寄る。
「副隊長! 僕は何時間寝てたんですか? 今、何時ですか?」
「……今は四時だ。お前が黒船から落ちてからは三時間以上は経ってる」
「三時間も……」
海上にはすでに帝国船の影は見当たらない。
チョップが人間大砲で追いついた時点でもかなりの航路を進んでおり、さらに数時間で帝国領海へと接近していると思われる。
一方、水兵団はサン・カリブ島に逆戻りの状況。相当のロスを払っている。
領内に入られてしまえば、マルガリータ姫の奪還は実質不可能。
皇帝の手に堕ちたマルガリータに、どのような惨劇が待っているかは、火を見るより明らかであった。
「うおおおおおーーーーーんっ!」
東の海に向かって突っ伏しながら、国王マルティニクは嗚咽を漏らした。
「マルガリータ……。すまぬ……。父が愚かなために、お前を皇帝の慰みモノに……。こんなはずでは無かった……、こんなはずでは……!」
「国王様……」
執事長のケイマンは王の悲しみを和らげようと、マルティニクの背中をさすりながら励ましている。
「……くそがーっ!!」
責任を感じたトーマス副隊長は海上のサバに大声で呼びかける。
「サバさんっ! 今から帝国の船を追っかけるから、釣り舟を貸してくれないかっ!」
無茶な事を言うトーマスに、ギョッとした顔をする漁師のサバさん。
「落ち着け、トーマス」
「団長っ! これが、落ち着いてなんかいられますか!?」
「冷静に考えろ。帆もない舟でガレオン船に追いつける訳がないだろう」
「しかし、それでは……」
「お前はお前なりに最善を尽くした。それ以上、自分を責めるな」
「……」
東の港に広がる、諦めにも似た重苦しい空気。
だが、一人あきらめないチョップはダッシュで国王の側に走り寄り、水平線を見据えた。
「『鷹の眼』!」
シュピーン!
チョップの瞳が青白く輝く。
凝らした眼に、常人ではとても視認する事ができない距離に、ぼんやりとだがチョップは帝国の黒船を捉える。
「よかった……。風の影響か、思ったより帝国艦は進んでないみたいです。これなら何とかなるかも知れません」
『本当か!?』
やにわに活気付く水兵団員たち。すると、マルティニク王はチョップの前で土下座をする。
「え?」
「国王様!? 何を?」
「チョップ君、……いや、チョップ殿! どうか娘を、マルガリータをお護りいただきたい!」
いきなりの国王の嘆願に、動揺するチョップと執事長のケイマン。
「国王様! このような下賎の輩に、その様な事をなさってはいけません! 民への示しが付きませんぞ!」
「たわけた事を申すなーっ!!!」
青筋を立てたマルティニク王の怒号とあまりの剣幕に、執事長のケイマンは腰を抜かす。
「サン・カリブ王国は奴隷だけで立ち上げた国家。王と民の間に身分の差など無い! しかも、お前はこの少年に命を救われていたではないか! 長年ワシに仕えていながら、そんな事も分からないのかっ!!」
「も……、申し訳ございません!」
ケイマンは慌てて平伏し、王とチョップに深々と陳謝した。
マルティニク王は再び土下座をしながら、チョップに向かう。
「部下が失礼した。……いや、今までのワシらの非礼を深くお詫び申し上げる。マルガリータは男手一つで甘やかして育てたせいか、おてんばでわがままでちっとも言う事を聞かないし、とうてい王女とは思えない、じゃじゃ馬の暴れん坊でデンジャラスガールだが」
王様もけっこう言うなあと思うチョップ。
「それでもワシの大切な、可愛い娘なのだ。今は王としてではなく、娘を案じる一人の父親としてお願いする。どうかマルガリータを救けてもらえないだろうか」
マルティニクは港の石畳に額を叩きつけて、平身低頭チョップに哀願する。
それは、威厳を残しながらも民との隔たりも驕りも感じさせない、真のサン・カリブ王国の王の姿であった。
「これでダメなら、靴とか足の裏とかペロッペロしますので、どうかなにとぞ……」
「いや、それは要らないです」
色んな意味で、さすがマルガリータの父親だなあと思いつつ、チョップは優しい眼差しで王の真心を受け取る。
「国王様、お顔を上げてください。頼まれなくても、僕は必ずマルガリータを救いますから」
そして、チョップは決意に満ちた、死地に向かう戦士の顔で静かに告げた。
「今から、僕のとっておきをお見せします」
*
『あいつは、何を始める気だ?』
『さあ……?』
港の埠頭に立ち、東の海と対峙する水兵チョップ。
それをガヤガヤガヤと、少し離れた所で取り巻く水兵団員たち。だが。
「すいません、皆さんもっと下がってもらえませんか? 巻き添えを食いますので」
「おらーっ、お前らーっ! 首とかすっ飛ばされたくなかったら、とっとと離れやがれっ!」
了解!! と返事をしながら一斉に後退する水兵団員たち。
トーマスの怒鳴り声と息の合った団員たちの号令と動き。見慣れた日常の光景を慈しむように、チョップは微笑みを浮かべながら構えを取った。
「では、行きます……」
ヒュオオオオオォォォォォ……。
急に海風が強まり、水兵団船『エルアルコン』に掲げられている紺碧の国旗がバサバサバサッとはためく。
チョップは目をつぶり、手刀の型にした右腕を天へと向ける。
「天空を舞う、数多の精霊たちよ……」
青い空がにわかに分厚い雲に覆われ、まるで夜のような闇が広がる。ゴロゴロゴロと遠雷の音が響き始める。
「大地に根付く、八百万の守護霊たちよ……」
ゴッ!! ドゴゴゴゴゴーッ! と地面が鳴動し、東の港が大きく揺れ動く。
屈強な水兵団員たちもさすがにビビッて、どおおおーっ! とどよめいた。
「うおわっ! なんやなんや?! あいつは一体何するつもりやねん!?」
「るせえっ、黙って見てろ!」
トーマスにがなられ、口をつぐんだチャカがふと横を見ると、ジョン兵団長が厳しい顔でチョップの動向を見つめていた。
「僕は求める、僕の血、僕の肉、僕の命、僕の魂を贄として、あまねく敵を打ち払う力を与えたまえ……」
目を見開いたチョップは西海洋に、あるいは海の向こうの彼女にまで轟かせるかのように、あらん限りの声で叫ぶ。
「全ては……、僕が愛する人のために!!」
ガラッガラガラッ、ビシャアアアーーーンッ!
空から一条の稲妻がチョップを直撃し、電気の奔流を纏ったチョップは、闇を貫き天を衝く柱のような、聖なる雷剣を大きく掲げ。
「うおおおおおおおおおおーーーっ! 最大出力、『雷撃の剣』……!」
ズオンッッッ!!
そして、渾身の力で右腕を海面に叩き込んだ!!
『海割りっ!!!!!』




