第十羽
「やー、一度入ってみたかったんだよ、この店。ほら、おっさん一人じゃ入りにくい雰囲気があって……って、おっさんもいるじゃん……なんだよ、別におしゃれな若者じゃないと入っちゃいけないなんてルールないのかよー」
銘南東は、まるで子供のようにはしゃぎながら店内を見渡している。
……恥ずかしいからやめてほしい。
「お、これがメニューか……えーと、とりあえず全部食ってみるか、お姉さん、このメニューに書いてあるの全部一個ずつ。お前は?」
「……チーズバーガー」
「子供が遠慮なんてすんなよ、安心しろ、こう見えてもおっさん金持ちだから」
「じゃあ照り焼きバーガーにナゲットとコーラのMサイズも追加」
「マジで遠慮ねえな……まあいいや、お姉さん、チーズバーガーと照り焼きバーガーとナゲットとMサイズもお願い」
「はい、そこの受取口でお待ちください」
お姉さんのゼロ円スマイルに少し癒されながら、受取口に向かう。
「……なぁなぁ、さっきのお姉さん可愛くなかったか?」
「ん? ああ、まあな」
「あのスマイルがゼロ円たぁ、マクドナルドは相当太っ腹だな」
「…………」
初期とキャラ変わりすぎだろ……。
素がこれ、ってことか?
「あれでもう少し胸がでかければなぁ」
「はぁあ!?」
何を言い申すかこ奴は!
「ちっぱいは正義、でっぱいは悪! むしろ俺はあのサイズでさえ少し大きいかなと思ったぐらいだ!」
「……ほう、こんなところに敵(ちっぱい派)が居たとはな……お前とは、もう少し別の形で会いたかったよ」
「ああ、そうすれば、そうだったのなら、もしかしたら友達でいられたのかもしれないのにな」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、とお互いの背に龍虎が現れたかのような錯覚が生まれる。
ひんぬー派、VS、きょぬー派。
かつてない程くだらない理由でぶつかり合おうという馬鹿と馬鹿の戦いが、今――
「あの……お客様、周りのお客様の迷惑になりますので喧嘩は……」
――始まりかけた。
「……――君ィ!」
「はい?」
銘南東が注文した大量のハンバーガーを運んでる一人のオタクっぽい男を指差し、こっちに呼ぶ。
「何の用でしょうか、お客様」
「ひんぬーときょぬー……どっちが正義だと思う?」
おそらく、究極の二択。
しかし、そのオタクっぽい男は、欠片も躊躇せず、微塵の思考もなく、眼鏡をクイっと上げて言い放った。
「――男の娘が正義」
後日、彼はクビになったらしい。
*****
「……で」
まあ色々とあった訳だが、無事大量のハンバーガーを運び終え、漸く席に着いた瞬間から、銘南東は切りだした。
「俺の訊きたいことってのはよー」
「ちっぱいの良さなら三日三晩語れるぞ」
「そうじゃねーよ、もう舞台はシリアスなシーンなんだぜ? もっと頑張れよ」
シリアスって苦手なんだよなー。
それにお前も凄まじい勢いでハンバーガーを貪り食ってんじゃねーか。
「俺だって得意じゃねーよ、でもな、あの時からずっと、ずっと気になってたんだ」
「回りくどいなー、ハッキリ言えよ」
「今更だが俺お前より遥かに年上なんだが……まあいっか、俺はさ、気になったことは解消する主義なんだよ」
敬語についてはもう今更だろ。
「あんときの答え、はぐらかされちまったが、もう一度訊きたい」
「あんとき……?」
「お前は、何のために戦っている?」
「――っ」
……あー、そんな質問、されたようなされなかったような。
「どう考えても不可解なんだよ、逃げたほうが楽だ、引き籠ってたほうが楽だ。
しかも別にお前が守らなくても解決する、放っておいても全く問題ない件だ」
「なのに何故、お前はあの時戦った?」
「…………」
……捲し立てやがって。
「俺はもう敵じゃない、話してくれても問題ないぜ」
「……敵じゃないって保証は?」
「前の依頼者の素状を教えてやってもいい」
「!?」
うーん、それは凄く魅力的な誘いだ。
「……まあいいか、別に敵だったとしても問題無いし」
「お」
「ただし、情報はくれよ?」
「ああ、約束する」
あー、これ言うの恥ずかしいんだよな……。
まあ背に腹は代えられないか。
「簡単だよ、簡単で単純で至極当然であまりにも常識的すぎるつまらない答えだ」
「…………」
「俺がアイツの兄だからだ」
それだけ。
本当に、それだけの、理由。
「……は?」
銘南東は、訳が分からないとばかりに眉を歪ませた。
「は? いや、それだけ?」
「ああ、それだけさ。当然だろう? 兄は妹を守んなきゃいけない、家族として当然のことだ」
銘南東は、呆けた顔で俺の顔を暫く見つめたと思うと、はぁー、と溜め息を吐いた。
「……嘘を吐いてる、様子はねえな」
心の奥からそれだけだけど何か? って思ってる顔だ、と彼は言った。
「く、くくく」
「ん?」
「くははははははははははははははは!」
突然の哄笑。
楽しくて、愉快でしょうがないとばかりに銘南東は笑った。
「変人奇人、超人愚人仙人を生み出して来たあの羽切家唯一の良心であり一般人、普人だと聞いたが……」
「…………」
「なんだよ、一番狂ってるのはお前じゃねえか。なあ、橋本太郎」
「…………」
銘南東は、サングラスを掛け、ガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。
「おい、情報……!」
「くく……おっと、そうだったな、よく聞け、依頼者は『ロンリー』と名乗っていた」
「…………」
「そして、白髪の老人……俺が知ってるのはそれだけだ、けど」
「ああ、そんだけありゃー充分だ、ありがと」
それだけの情報があれば、妹にとって犯人を特定するのは難しいことじゃないだろう。
「くくく、なぁに、お礼が言いたいのはこっちさ、なあ、橋本太郎」
「なんだよ、銘南東」
「やっぱ真実を知るってのは、楽しいもんだな」
「そうか? 俺は真実なんて大嫌いだけどな」
そっか、と銘南東は踵を返した。
しかし、すぐに振り向き、言った。
「ああ、そうだ、最後に一ついいか?」
「……なんだ?」
「お前、家族は好きか?」
「…………」
俺は、答えない。
「……そうかい、無言か。まあ、それもいい」
じゃあな。と今度こそ銘南東はマクドナルドから出て行った。
…………。
――お前、家族は好きか?――
……っは、馬鹿じゃねえの?
「んなの、大っ嫌いに決まってんじゃねーか」
誰にも聞こえぬよう呟いたその言葉は、俺にすら届かず、人々の喧騒に消えていった。




