第15話 地獄のクランクイン!
「ひより、この台本の『孤独な獣は静かに牙を研ぐ』って言葉……最高。さすが、俺の女。」
そう言って、健人さんはじゅるりと舌を舐めた。
「俺の魂に火がついたぜ」
クランクイン当日。
友情出演の健人さんは、現場に入るなり完全に『レオンモード』へと切り替わっていた。……いや、もはやレオンを通り越して、中身のジーク様が溢れ出している。
「健人さん、あくまで友情出演ですからね! 破壊活動は禁止ですよ!」
「分かっている。……だが、この安っぽいフェンスが俺の覇気に耐えられるかな?」
バキィッ!!
「ああぁぁ! レンタル機材のフェンスがぁぁ!!」
健人が軽く手をかけただけで、セットのフェンスがひしゃげた。その過剰な色気と暴力的な存在感に、女性スタッフたちは悲鳴を上げながら次々と卒倒していく。現場は撮影開始5分で、野戦病院のような有様だ。
一方、主演のヒナは、本物の港区の不良(ユウが「エキストラ」としてエスコートしてきた本物)に囲まれ、ガタガタと震えていた。
「……ひ、ヒナくん、大丈夫? これ、役作りだからね!?」
「一ノ瀬さん……無理だよ……。あいつら、昨日俺をカツアゲしようとした奴らだよ……。なんで笑顔で『ちーっす、今日は撮影っしょ?』とか言ってんの……?」
「それ、全部ユウくんの仕業よ……」
そのユウくんはといえば、カメラの横で3台のスマホを同時に操作し、神がかり的な手捌きでタイピングしていた。
「……あ、もしもし美香? ごめん、今のシーン、予定より3分伸びちゃって。……うん、恵比寿のカフェには15分遅れる。……あ、鬼島さん? 第3ロケ地の近くに住んでる玲奈に『今日は急なロケハンで立ち入り禁止』って偽の通達出しといて」
「ユウくん、あなた仕事中に何を……!」
「マネージャーさん、これが『港区のタイムマネジメント』だよ。この半径500メートル以内に、僕の元カノと今カノが合わせて6人住んでるんだ。鉢合わせたら撮影中止どころか、この街が焦土と化すよ?」
(……この現場、主演は怯え、助演は機材を壊し、もう一人は女遊びの火消しに必死……!!)
「一ノ瀬さん、 何しているの?次のシーンの準備、お願いね♪」
モニター越しのスカイさんの微笑みが怖い。その隣には、三男の大学のパンフレットが置かれていた。
(このシーンのヒナの涙が、一滴につき学費1万円に変わるんだ! もっと追い込め! レオン!もっとフェンスを壊して覇気を出せ!!)
「了解、リーダー。……子猫ちゃんたち、行くよ……!!」
「壊しすぎぃぃぃぃ!!」
ひよりの絶叫が、港区の夜空に虚しく響き渡る。
捏造された映画『裏路地の聖母』は、関係者の欲望と狂気を飲み込みながら、破滅的なスピードでクランクアップへと突き進んでいくのであった。




