第12話 聖母、絶望の淵へ
「護身用……? 一ノ瀬さん、僕をバカにしているのかい?」
スカイさんの目が笑っていない。聖母の仮面の下から、家族の学費を背負った「鬼」が顔を出している。
私が必死にクローゼットを背中で押さえるが、中からは詰め込まれた抱き枕や予備のポテチたちが「出せ……ここから出せ……」と唸り声を上げている(気がする)。
「レオン、どきなさい。一ノ瀬さんも。……この中に、何が――」
「あ、ダメですスカイさん! そこには僕の『剛毅木訥』な秘密が――」
健人が止めようと手を伸ばした瞬間、クローゼットの耐久値が限界を超えた。
パァァァン!!!
凄まじい音と共に扉が弾け飛び、中からジーク様の抱き枕、私の履き古したモコモコ靴下、そして隠蔽に失敗したポテチの空き袋が、スカイさんの足元になだれ込んだ。
「………………」
「………………」
沈黙。深夜の2時に、これほど残酷な静寂があるだろうか。
スカイさんは、自分の足元に転がった『一ノ瀬』とネームマジックで書かれたハブラシを見つめ、ゆっくりと天を仰いだ。
「……お前ら……付き合ってるどころか……住んでるだろ!!!」
「違いますスカイさん! これは清い同居です! 僕はただ、一ノ瀬さんの栄養管理と生活習慣を――」
「黙れ脳筋! 誰が信じるんだそんな言い訳! 終わった……俺の人生終わった……。弟たちの……三男の入学金が……四男の夏期講習代が、泡となって消えていく……!!」
スカイさんはその場に崩れ落ち、胃薬の瓶を握りしめたまま、ボロボロと涙を流し始めた。トップアイドルのリーダーが、ただの「金策に走る長男」と化して咽び泣く地獄絵図。
「……ねぇ、もうこれ、一ノ瀬さんは俺が連れ込んだ愛人ってことにしねー? そっちの方がまだ財閥のドラ息子の不祥事で済むじゃん」
漢字特訓で指が死んでいるヒナが、死んだ目でとんでもない助け舟を出した。
「ヒナくん、それじゃあんたの立場が地獄に落ちるだけでしょ!!」
「いいんだよ、健人くんの『清い同居』よりは、俺の『汚い浮気(未遂)』の方がまだ世間は納得するって……」
「納得させるな!!」
私は泣き崩れるスカイさんの前に正座し、ジーク様の抱き枕(証拠品)を抱きしめながら叫んだ。
「スカイさん! 落ち着いてください! 私たちはただ、健人さんの『どエロタイガー』としてのキャラを守るために、私がジーク様を教え込む必要があっただけで……!!」
「……ジーク……様?」
涙で濡れたスカイさんの目が、私を捉えた。
この瞬間、私は悟った。
この「終わってる状況」を打開するには、もうスカイさんをも「オタクの共犯者」に引き摺り込むしかないということに――!




