第4話 水の亜神
第4話です。
今回は「水の亜神サラディン」の事情と、タクミがこの世 界で生きるための最低限の知識が語られます。
物語はまだ静かですが、ここから砂漠でのサバイバルが本格的に始まります。
夜の砂漠は、昼間の面影を完全に消していた。
崩れた研究棟の石壁が、月明かりに冷たく照らされている。
灼熱だった空気は、今では冷たい。
崩れた研究棟の中に、夜風が入り込む。
砂が床を滑り、さらさらと小さな音を立てた。
タクミは石の床に座り、焚き火を見ていた。
火の揺らぎが、崩れた壁に影を映している。
その向こうに、水の亜神サラディンが立っていた。
半透明の身体。
蒼い衣のような魔力。
だが表情は、どこか疲れている。
「この世界には三つの大陸がある」
サラディンが静かに言った。
「中央大陸、北方大陸、南大陸」
タクミは腕を組んで聞いている。
「ここは中央大陸の中央部だ」
サラディンは砂漠を見つめた。
「かつてサラトニア王国があった場所」
タクミも外を見る。
月明かりに照らされた砂の海。
どこまで行っても砂しかない。
「……七百万人の都市だったんだよな」
「そうだ」
サラディンは静かに頷いた。
「城も、港も、学院もあった」
「世界中から人が集まる都だった」
声が少し沈む。
「だが」
「私たちが終わらせた」
タクミはしばらく黙っていた。
風が砂を運ぶ音だけが聞こえる。
「なあ」
「何だ」
「他の亜神は?」
サラディンは少し目を伏せた。
「世界中に散った」
「逃げた者もいる」
「狂った者もいる」
タクミは眉を上げた。
「狂った?」
「亜神は人ではない」
サラディンは自分の手を見る。
透けた手。
「精神も肉体も安定しない」
「時間の感覚も壊れる」
静かな声だった。
「何百年も生きれば……多くは壊れる」
タクミは小さく笑った。
「そりゃそうだろ」
「人間は百年も生きないんだ」
サラディンはわずかに頷いた。
「だから終わらせたい」
タクミを見る。
「私たち亜神を」
沈黙が落ちる。
焚き火が小さく弾けた。
タクミは少し考えてから言った。
「……なあ」
「何だ」
「お前は?」
「私?」
「狂ってないのか?」
サラディンは一瞬、目を見開いた。
そして小さく笑った。
「狂っているかもしれない」
「だが」
遠くを見つめる。
「罪だけは忘れていない」
タクミは肩をすくめた。
「それならまだマシだな」
サラディンは静かにタクミを見た。
「君は不思議な男だ」
「そうか?」
「恐れない」
「怒らない」
「絶望もしない」
タクミは苦笑した。
「営業やってるとさ」
「大体のことはどうでもよくなるんだよ」
サラディンはわずかに目を細めた。
昔の学院にも、こういう学生がいた気がした。
現実的で、妙に図太い。
そして、意外と生き残る。
「ところで」
タクミがガントレットを見た。
「この砂漠、どこ行けばいいんだ?」
サラディンは少し考えてから言った。
「海の近くに町がある」
「漁港町だ」
タクミは顔を上げた。
「港町?」
「名前は?」
「オルデ」
短い答えだった。
タクミは少し安心した顔をした。
「町あるのか」
「それなら何とかなるな」
だがサラディンは続けた。
「ただし」
「距離は分からない」
「……え?」
「私はこの研究棟から出たことがない」
静かな声だった。
「場所は知っている」
「だが距離は知らない」
タクミは目を瞬かせた。
「どれくらい歩くんだ?」
「分からない」
「……」
タクミは少し考えてから笑った。
「まあいいか」
営業の出張でも、知らない街に行くことはよくあった。
行けば何とかなる。
だいたいそういうものだ。
タクミは立ち上がった。
崩れた研究棟の外を見る。
夜の砂漠。
果てのない世界。
「とりあえず」
拳を握る。
「そこを目指すか」
サラディンは静かに頷いた。
「生き延びろ」
「それが最優先だ」
「了解」
タクミは空を見上げた。
見知らぬ星空。
ここは完全に異世界だ。
だが、不思議と怖くはない。
「……まあ」
小さく笑う。
「行くしかねえか」
その言葉を聞いたサラディンは目を閉じた。
八百年間、止まっていた時間。
その歯車が、ようやく動き始めた気がした。
このときタクミはまだ知らない。
このときタクミはまだ知らない。
砂漠の広さを。
魔物の脅威を。
そして――
漁港町オルデへ辿り着くまでに、数年の歳月がかかることを。
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第4話「水の亜神」でした。
遂に砂漠脱出に向け歩きだそうとするタクミ
何が起きるのでしょうか?
次回、第5話「最後の神言語」




