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砂漠転生  作者: タマリンド
第1章 砂漠脱出編
38/38

第38話 人嫌いの工房


 第38話です。


 砂漠を歩く。それだけの時間が続く。

 何もない。誰もいない。ただ、砂と風と足音だけ。

 止まれば終わる。だから歩く。

 十一日目。ようやく、景色に変化が現れた。



 歩き続けて、十一日目。


 砂の海に、変化が生まれた。


 遠く。

 地平線の歪みの中に、影がある。


 幻ではない。


 立ち止まり、目を細める。


――建物だ。


 それなりに大きい。

 だが、あの城塞遺跡ほどの規模ではない。


 タクミは歩く。


 ザッ。

 ザッ。


 砂を踏みしめる音だけが、規則的に続く。


 近づくにつれ、輪郭がはっきりしてくる。


 中央に、大きな石造りの建物。

 その周囲に、ぽつぽつと崩れた建造物の残骸。


 民家か?


 いや――


「……デカいな」


 呟く。


 規模が合わない。

 集落にしては中心が重すぎる。


 主構造物は、半ば砂に埋もれている。

 それでもなお、圧を感じる。


 ザッ。

 ザッ。


 足を止める。


 目前。


 石の壁が、無骨にそびえていた。


「貴族の屋敷……?」


 違う。


 豪奢さがない。

 装飾の痕跡が見当たらない。


 ただ、硬い。

 ただ、機能的。


 戦うためでも、見せるためでもない。

 “使うため”の造り。


「……なんだこれ?」


 壁に沿って回り込む。


 入口を探す。


 ない。


 見当たらない。


 砂に埋もれている可能性が高い。


 窓もない。

 通気孔のような突起がいくつかあるだけだ。


 煙突らしき構造。


 だが崩れている。


「……やるしかないか」


 壁際に立つ。


 ペタ、と左手をつく。


 感触を確かめる。


 密度。

 厚み。


 壊せる。


「ここだな」


 足を開く。

 腰を落とす。

 右腕を引き絞る。

 呼吸を止める。


――瞬間。


「フンッ」


 突き。

 直前。

 硬化。

 全力。


――バガァッ!!


 轟音。

 石が砕ける。

 砂が舞う。

 崩れた破片が、鈍く転がる。


 タクミは動かない。


 砂塵が収まるまで、待つ。


 やがて。


 視界が戻る。


 覗き込む。


 内部。


 外ほど埋もれていない。


 床まで、およそ一メートル。


「……いけるな」


 広い。


 気配は――


「サンドヴァイパーいないよな?……」


 目を細める。


 音を殺し、しばらく観察する。


 動きはない。

 砂の流れも、不自然ではない。


「……いないっぽいな」


 慎重に侵入する。


 縁に手をかけ、体を持ち上げる。


 中へ。


 着地。


 鈍い音が響く。


 内部は冷えている。

 外よりも、わずかに空気が重い。


 奥を見る。


 巨大な構造物。


「……暖炉じゃないな」


 無骨すぎる。


 生活のためではない。


 加工のための火。


――炉。


 手前に視線を落とす。


 金属の塊。

 腐食しているが、形は残っている。


「……金床?」


 理解する。


 点と点が繋がる。


「武器工房かなにかかここ?……」


 視線が鋭くなる。


 位置。

 距離。

 これまでの行程。


(……サラディン……)


 脳内で、地図が組み上がる。


「……関所の外」


 旧王国、西側。


 三つの関所。

 それぞれの位置。

 そのひとつ。

 その外側。

 工房。


「……あった!」


 サラディンの知識。


 断片が浮かぶ。


 関所の外。

 工房。

――一つだけ。


「……ゴントの工房」


 情報が流れ込む。


『名はゴント・イアンハド』

『種族はドワーフ族』

『王国随一の職人』

『王家御用達』

『金属加工、皮加工』

『その技術は、他の追随を許さない』

『作品には刻印』

『銘、もしくは――』

『交差したハンマー』

『弟子は二十』

『だが』

『性格は最悪』

『厭人家』

『人を嫌い、森の外れに工房を構えた』


「……間違いないな」


 視線を上げる。


 炉。

 金床。

 構造。


 すべて一致する。


「……ここか」


 胸の奥が、わずかに熱を持つ。


 現在位置。

 ほぼ確定。


「沿岸部まで……」


 距離を測る。


「オルデまで……あと三分の一」


 小さく息を吐く。


「……見えたな」


 十一日。

 ただ歩き続けた。


 ようやく。

 道が繋がった。


「……諦めなくてよかった」


 だが。

 すぐに表情を締める。


「油断するな」


 ここは安全ではない。


 ただ“無人なだけ”だ。


 崩落。

 潜伏。

 未知。


 危険はいくらでもある。


「……とりあえず」

「……拠点にするか」


 見回す。


 屋根は生きている。

 風は防げる。


 悪くない。


 その時。


「……ん?」


 違和感。


 外套の内側に手を入れる。


 指先が、刺繍をなぞる。


 脱ぐ。

 広げる。


「……ゴント工房作」


 刺繍。

 読み取れる。


 一瞬、止まる。


 そして。


「……はは」


 小さく笑う。


「ゴント工房か」


 足元を見る。


 ブーツ。

 サラトニアフロッグの革。

 側面。

 刻印。


――交差したハンマー。


「……これもか」


 視線が柔らぐ。


「世話になってるな」


 八百年前の職人。

 すでに存在しない。

 この世界に、誰一人残っていない。


 それでも。

 確かに。

 技術だけが、ここにある。


「……ゴント」


 誰もいない空間に向けて。

 静かに呟く。


「助かったよ……」


 返事はない。

 当然だ。


 だが。

 それでいい。


 タクミは立ち上がる。


「……少し片付けてやるか」


 足場を整える。

 崩れた石を寄せる。


 火を起こす。


 パチ、と音が鳴る。


 火が灯る。


 揺れる光が、炉の残骸を照らす。


 かつて、ここで鉄が打たれていた。

 無数の武具が生まれた場所。


 今は。

 静寂だけがある。


 八百年。

 誰も来なかった場所。


 タクミは火を見つめる。


 考えはしない。


 ただ。

 進むための確認だけが、頭の中を巡る。


 距離。

 水。

 食料。

 体力。

 風。


 すべて。

 計算。


 そして。

 また歩く。

 それだけだ。


 パチ。

 パチ。


 火の音が響く。


 外は闇。

 砂は動かない。

 風も弱い。


 珍しい静けさ。


 その中で。

 タクミは、静かに目を閉じた。


 遥か昔の職人に。

 言葉にならない恩を感じながら。


 夜は、深く沈んでいく。


(経過日数:338日)



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


 第38話「人嫌いの工房」でした。


 八百年を経ても、技術は消えない。

 人は消え、痕跡だけが残る。

 恩を返せる相手はいない。

 それでも、少し整えておく。


 次回、第39話「ギュロトの革鎧」


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