第37話 再出発
第37話です。
立ち止まっていた足が、また砂を踏む。
変わらぬ風景の中に、わずかな違い。
それを拾えるかどうかが、生きる差になる。
静かな再出発。
翌日の夕暮れ。
タクミは関所の門に立っていた。
沈みかけた陽が、崩れた石壁を赤く染めている。
風は弱く、砂が静かに流れていた。
息を吐く。
(……戻ったな)
身体は軽い。指先まで違和感はない。
拳を握る。開く。
問題ない。
視線を関所の内側へ向ける。
「……ありがとな」
小さく呟く。
「助かったよ」
パンパンと、石壁を叩く。
乾いた音。
――パラパラ。
砂が崩れる。
「……脆いな」
苦笑する。
だが、それでいい。
もう役目は終わっている。
「よし」
短く吐く。
「行くか」
振り返らない。
そのまま門を抜ける。
――ザッ。
――ザッ。
砂を踏む音が、静かに続く。
日はほぼ沈んでいる。
空は暗く、輪郭だけが残る。
腰に手をやる。
瓢箪型の水筒。
軽く叩く。
水はある。
(……大丈夫だ)
背中の重み。
サンドワーム皮のバックパック。
フォレストダイヤウルフの干し肉。
折りたたんだ法衣。
焚き火用の木片。
ナイフ。
(……忘れ物はない)
肩を回す。
歩く。
一定のリズムで。
――ザッ。
――ザッ。
風が吹く。
冷たい。
だが、外套がそれを和らげる。
(……ちょうどいい)
歩きながら、視線を巡らせる。
岩。
影。
砂の起伏。
白一色だった景色とは違う。
(……休めるな)
隠れる場所がある。
それだけで違う。
――ザッ。
――ザッ。
サボテンが点々と立っている。
形はばらばらだ。
「……腹減ったら頼むぞ」
ぽつりと呟く。
返事はない。
当然だ。
だが、それでいい。
視線を落とす。
砂の中の緑。
影。
歩き続ける。
――ザッ。
――ザッ。
足元に丸いもの。
止まる。
しゃがむ。
拾う。
「おまえか……」
こぶしほどの大きさ。
表面は硬い。
重みはある。
(……こいつのせいで酷い目にあったが……)
思い出す。
死にかけた。
止まらない嘔吐と下痢。
力の抜けた身体。
わずかに顔をしかめる。
(……砂漠の罠)
転がす。
光を受けて鈍く光る。
(……これ、魔獣に食わせたらどうなる?)
口の端がわずかに上がる。
「……試すか」
もう一つ見つける。
摘む。
バックパックを開ける。
押し込む。
中はすでに詰まっている。
ギリギリだ。
「……入ったな」
無理やり閉じる。
「最終兵器だな」
立ち上がる。
背負い直す。
重い。
だが問題ない。
歩く。
――ザッ。
――ザッ。
スーツの下は置いてきた。
関所に。
汚れていた。
使い物にならない。
(……仕方ない)
少しだけ、息を吐く。
下半身に風が通る。
(……スカスカするな)
違和感。
だが。
(……どうせ人はいない)
気にする意味はない。
視線を上げる。
夜が深くなる。
星が滲む。
(……まだ行けるな)
足は止まらない。
疲れもない。
「距離、稼ぐか」
小さく呟く。
応えるものはない。
ただ砂だけが続く。
――ザッ。
――ザッ。
歩く。
止まらない。
音だけが残る。
静かな砂漠に。
一人の男の足音だけが、鳴っていた。
(経過日数:327日)
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
再び、何もない場所へ。
だがその中にも、確かな変化がある。
拾えるものが増えた分、生き方も変わる。
次回、38話「人嫌いの工房」




