第34話 王国の関所
第34話です。
岩壁の谷に現れた人工物。
それはただの廃墟か、それとも境界か。
タクミは足を止めず、近づいていく。
岩の上。
フォレストダイヤウルフの肉が風に揺れている。
乾いていく。
色が変わる。
匂いが抜ける。
タクミはその下に腰を下ろした。
影。
風。
熱は穏やかだ。
じっと見ていると――
視界の端が動いた。
小さい影。
灰色。
岩の隙間を、素早く走る。
止まる。
また動く。
ネズミ。
しかも、一匹じゃない。
ちょろちょろと、数匹。
(……増えたな)
白砂地帯では見なかった。
ここは違う。
空気も、匂いも、音も。
(……げっ歯類……)
中世ヨーロッパ。
黒死病。
(あれ、たしかネズミが大元だったよな?)
(……ペスト、だっけか)
うろ覚えだが、思い出した。
あまり触れたくない類いの記憶だ。
捕まえられる距離。
肉になる。
だが――
手は出なかった。
「……やめとくか」
タクミは視線を切る。
ネズミは、岩の奥へ消えた。
二日。
肉は仕上がった。
指で押す。
硬い。
裂く。
繊維がほどける。
「……上出来だな」
小さく呟く。
干し肉をまとめ、バックパックに入れる。
立ち上がる。
歩き出す。
それから。
五日。
何も起きない。
歩く。
ただ歩く。
フォレストダイヤウルフも現れない。
(……はぐれか)
あるいは。
(……森が近い?)
見渡す。
砂。
岩。
空。
変わらない。
「……森が近い気配はないけどな」
だが――
どこか違う。
風の湿り。
土の匂い。
ほんのわずかに、混じる。
前方。
影。
遠く。
揺れない。
消えない。
蜃気楼じゃない。
あの逃げるような揺らめきがない。
輪郭が、はっきりとそこにある。
「……遺跡だ。間違いない」
久しぶりの感覚。
高揚感。
足が速くなる。
谷は日陰が多い。
足取りが軽い。
砂を踏む音が、規則的に続く。
近づく。
形がはっきりする。
壁。
石。
横に長い。
谷を塞ぐように、建っている。
「……これは、関所だよな」
呟く。
近寄る。
幅は、谷いっぱい。
五十メートルほど。
高さは五メートル程度。
崩れている。
だが、骨は残っている。
正面。
門の跡。
アーチ状の鉄具。
錆びている。
細い。
今にも折れそうだ。
指で軽く叩く。
カン、と乾いた音。
軽い。
「……時間の勝ちだな」
視線をずらす。
左側。
入口。
瓦礫で埋まっている。
隙間はない。
(……サラディン……)
知識を引き出す。
関所の構造。
通常、詰所への入口は王国側――つまり関所の内側に設けられる。
外側、すなわち他国側からは入れないようになっている。
タクミが歩いてきた方向は王国側だ。
ここは詰所だ。
タクミは瓦礫に手をかけた。
持ち上げる。
重い。
だが、持てる。
投げる。
崩す。
どかす。
繰り返す。
息が上がる。
汗が落ちる。
それでも止めない。
やがて――
空間ができる。
人が通れる隙間。
中へ入る。
ひんやりとした空気。
光は少ない。
少し進む。
階段。
石造りの階段だ。
欠けも少ない。
頑丈そうな造りになっている。
上へ続いている。
「……行くか」
足をかける。
硬い感触が靴底から伝わる。
一段。
また一段。
二階。
上がってすぐ。
左に入口。
立ち止まる。
覗く。
瓦礫。
木片。
崩れた壁。
光が差し込む。
埃が舞う。
「……部屋……屋根付き」
足を踏み入れる。
床はまだ残っている。
壁も、半分は生きている。
風が抜ける。
「……詰所で間違いない」
頷く。
荷物を下ろす。
床に置く。
静かだ。
音がない。
崩れる気配もない。
「……使えるな」
小さく呟く。
指で床をなぞる。
埃がつく。
「……あとで掃除だな」
立ち上がる。
視線を上へ。
階段は続いている。
上へ。
崩れている箇所もあるが、石段自体はしっかりと残っている。
一歩ずつ、確かめながら上がる。
屋上。
風。
強い。
視界が広がる。
「……見張台か」
前を見る。
砂漠。
だが――
違う。
点々と、影。
低い植物。
見覚えがある。
「……サボテン」
目を細める。
確認する。
「……サボテンだ」
一歩、前へ。
確実だ。
砂だけじゃない。
色がある。
命がある。
「……食えるよな、あれ」
口の端がわずかに上がる。
関所の先。
変わっている。
確実に。
タクミはしばらく動かなかった。
風を受ける。
乾いた空気の中に、わずかな匂い。
土の匂い。
胸の奥が、わずかに動く。
進める。
そう感じていた。
(経過日数:316日)
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第34話「王国の関所」でした。
砂の中に、わずかな変化。
それはやがて、はっきりとした違いになる。
次に進めるかどうかは、もう迷っていない。
次回、第35話「緑の代償」




