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砂漠転生  作者: たまりん
第1章 砂漠脱出編
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33/82

第33話 岩壁のオアシス


 岩の陰にひっそりと佇む小さな水場。

 砂漠に潜む聖域は静かに彼を待つよ。

 積み重なりし旅の汚れを落とすために。

 男は躊躇なくその冷たき抱擁へ入る。



 フォレストダイヤウルフの屍骸を肩に担ぎ、タクミは洞窟の入り口で足を止めた。


 どさりと重い肉を降ろす。


 犬科であれば群れをなすのが常だ。その記憶が警告灯のように脳裏で点滅する。


 細めた瞳で洞窟内を睨みつける。


 風は弱く、影は深い。奥行きはせいぜい十メートル。


 動くものも、殺気もない。さらに視線を奥へ滑らせると、そこには浅い水溜まりが広がっていた。


 五メートル四方ほどの、静かな聖域。


 天井の割れ目から、ぽた、ぽた、と水滴が落ちるたび、水面に波紋が静かに広がる。


「……水?」


 一歩踏み出し、立ち止まる。


 この過酷な砂漠において、水場とはすなわち魔獣たちの社交場であり、屠殺場だ。


 だが、凝視しても何もいない。隠れる場所も、潜む気配も、そこには存在しなかった。


 タクミは再び肉を担ぎ、慎重に洞窟へと足を踏み入れる。


 砂を踏む自分の足音が、やけに大きく木霊した。奥まで進むが、やはり何もいない。


 底まで透けるほど澄んだ水が、無防備に横たわっている。


「マジかこれ……」


 かすれた声が漏れた。だが、気を緩めはしない。


 この獲物を見つけたということは、近隣に同族がいる証左だ。


「時間勝負だな」


 一気に駆け寄り、ブーツを蹴り飛ばし、外套を投げ捨てる。


 法衣も剥ぎ取り、スーツのまま水の中に足を踏み入れた。


 冷たさが肌を突き刺し、澄んだ感触が神経を震わせる。


「うっは……」


 思わず膝まで沈め、水を蹴った。ばしゃり、という音が洞窟内に響く。


 ……きもちいい、と力が抜けたのも束の間、水の底からスーツの泥が溶け出し、透明だった水面がみるみるうちに黒く濁っていく。


「あぁ、これじゃダメだな」


 苛立ちを隠さずスーツを剥ぎ取る。濡れた布が肌に張り付く不快感に耐え、強引に引き剥がした。


 全裸になり、一度水から上がる。


 砂を掴み、自分の体に塗りたくる。


 ざりざりとした天然のやすりが、積年の汚れをこそぎ落とす。


 再び水に飛び込むと、黒い泥となって汚れが溶け出していった。


 顔を洗う。頭を掻く。首、腕、胸、腹、脚。何度も、何度も繰り返すうちに、肌が呼吸を取り戻していく。


「……はぁ」


 極上の吐息が漏れる。


 だが、長居は禁物だ。


 外の静寂が、かえって不気味な予感を孕んでいる。来る。そう確信し、急いで水から上がった。


 濡れたスーツを強引に絞って着込み、外套を羽織る。じわりと温もりが戻り、法衣は畳んでバックパックへ押し込んだ。


「街に着いたら、ちゃんとした場所で洗ってやるからな」


 短く息を吐き、再び肉を担ぐ。


 肩にずっしりと戻った重さが、ここが現実の戦場であることを再認識させる。


「ここは危険だ。拠点にはできない」


 振り返ることなく、タクミは外へ出た。


 岩壁の影を背に、次の場所へ向かって歩き出す。


 滞在時間は半刻にも満たない。


 だが、凍りついていた感覚が確かに解凍された。


 その微かな生の実感が、タクミの足を強く地に着けていた。


(経過日数:三百四日)



 生の実感を取り戻し再び荒野へ立つ。

 三百四日目の風が彼の背中を押すのだ。

 重き重圧を冷たき水に預け捨て去り。

 男は次なる地平を見つめて歩み出す。


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リシェルとガウル
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