第19話 孤独
第19話です。
砂漠を歩き続けて七十二日。
遠くに見えていた石の影へ、ついに辿り着く。
それは城塞と呼ぶにはあまりにも崩れた、ただの残骸だった。
砂の海の向こうに見えていた影は、ゆっくりと形を持ちはじめた。
壁。
崩れた塔。
積み上げられた石。
だが、近づくにつれてそれは城塞と呼べるものではないとわかった。
ほとんどが崩れている。
壁は倒れ、石は砂に半分埋まり、塔は根元から折れていた。
ただ一角だけ。
石造りの天井が残っている場所があった。
四本の柱。
その上に、石板が乗っている。
影ができていた。
タクミはゆっくり歩き、その下へ入った。
陽射しが消える。
体に当たる熱が、わずかに和らぐ。
「……はあ」
小さく息を吐いた。
座り込む。
背中を石柱に預けた。
空を見上げる。
天井の隙間から、青い空が見えた。
風が通る。
砂の匂い。
だが、ほんの少しだけ涼しい。
「……屋根だ……助かった」
声が出る。
誰もいないのに、言葉が漏れた。
タクミは立ち上がり、周囲を見渡した。
瓦礫。
崩れた石。
折れた柱。
だが、完全に朽ちていない物もあった。
砂に埋もれた木片。
黒く乾いた板。
いくつか転がっている。
タクミはそれを拾い上げた。
指で押す。
硬い。
まだ崩れない。
(……燃えるな)
頭の奥で、知識が動く。
サラディンが残した膨大な知識。
だが魔導具ではない。
もっと原始的な方法。
火を起こす方法。
(これしかないか……)
記憶を辿る。
細い木。
板。
摩擦。
熱。
タクミは周囲の木片を集めた。
長い木片を探す。
瓦礫の隙間に、乾いた棒があった。
それを拾う。
板の上に小さな溝を作る。
棒を立てる。
両手で挟む。
そして――回す。
ゴリゴリと音が鳴る。
棒が回る。
摩擦。
熱。
砂漠の空気は乾いている。
条件は悪くない。
だが――
疲れる。
「くそ……」
腕がだるい。
手のひらが痛い。
それでも回す。
回す。
回す。
木の粉が溜まる。
煙。
ほんのわずかな煙。
「……!」
タクミは息を止めた。
回す速度を上げる。
煙が濃くなる。
黒い粉が赤くなる。
火種。
タクミはすぐに乾いた木片を被せた。
息を吹きかける。
ふっ。
ふっ。
ふっ。
赤い光が強くなる。
そして――
ボッ。
小さな炎が生まれた。
「……よし」
タクミは笑った。
久しぶりに、心から。
木片を重ねる。
炎が大きくなる。
ぱちぱちと音が鳴る。
火。
タクミはバックパックを下ろした。
サンドワームの革で作られた袋。
中から、ロドスを取り出す。
三匹。
朝に狩ったばかりの小型ワイバーン。
ナイフを抜く。
皮を裂く。
肉を切り出す。
棒に刺す。
炎の上へ。
ジュウ……。
肉が焼ける。
脂が落ちる。
煙が上がる。
香ばしい匂いが広がる。
タクミは火の前に座り、肉を見つめた。
じっと。
ただ、じっと。
やがて肉の色が変わる。
焼けた。
タクミはそれを手に取った。
息を吹く。
そして、かじる。
肉が裂ける。
噛む。
噛む。
噛む。
「……」
淡白な味だった。
脂も少ない。
塩もない。
胡椒もない。
ただ焼いただけの肉。
「……鶏むね肉みたいだな」
小さく呟く。
噛む。
飲み込む。
その瞬間だった。
ぽたり。
何かが落ちた。
火の横の砂。
濡れた跡。
タクミは気づく。
頬。
濡れている。
「……あ?」
また落ちる。
ぽたり。
ぽたり。
涙だった。
涙は止まらなかった。
肉を持ったまま、泣いていた。
声は出ない。
ただ涙だけが落ちる。
ぽたり。
ぽたり。
炎の光が揺れる。
砂漠。
崩れた城塞。
小さな焚き火。
その前で、男が一人泣いている。
「……」
理由はわからない。
嬉しいのか。
悲しいのか。
寂しいのか。
自分でもわからなかった。
ただ涙が止まらない。
この世界に来て。
初めて流した涙だった。
タクミはロドスの肉をもう一口かじった。
炎が揺れる。
夜の砂漠が、ゆっくりと冷えていく。
(経過日数:七十三日)
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第19話「孤独」でした。
砂漠生活七十二日目、タクミは初めて火を起こし、初めて焼いた肉を食べます。
そして、この世界に来て初めて涙を流しました。
次回、第20話「砂原の副城」




