第13話 星のまたたく夜
第13話です。
砂に埋もれた神殿で見つけた純白の法衣。
その一着が、灼熱の砂漠をわずかに生きやすい場所へと変えた。
拠点として過ごす数日。
タクミは、砂漠の夜空を初めてゆっくり見上げる。
砂に埋もれた神殿を拠点にしてから、数日が過ぎていた。
砂漠の朝は早い。夜の冷気がまだ残る空気の中、タクミは神殿の外に出ていた。
純白の法衣が朝日に淡く輝く。外側に刺繍された大樹と飛竜の紋章が風に揺れた。
内側に施された温度調整の魔法陣のおかげで、暑さも寒さも驚くほど和らぐ。
「……八百年前の服って、こんなに高性能なのかよ」
思わず苦笑する。
旧サラトニア文明。サラディンの知識が教えてくれる。
(今の世界では再現できない技術、か)
タクミは肩をすくめた。
そのまま神殿の外に並べた石板へ視線を落とす。
そこには肉が並んでいた。
サンドワームの肉だ。
昨日狩った個体を裂き、細長い肉片にして乾燥させている。
砂漠の乾いた風は保存食作りには最適だった。
タクミはそのうちの一枚を手に取り、軽くかじる。
ぎし、と歯ごたえがする。
味付けなどない。ただ乾燥させただけの肉。
それでも腹は満たされる。
「こんな食生活で大丈夫なんだろうか…」
ぽつりと呟いた。
だが不思議と体調は悪くない。
むしろ日本にいた頃より体は軽い気さえする。
喉もそれほど渇かない。
瓢箪型の水筒を持ち上げる。
表面に刻まれた魔法陣が淡く光っている。
振ると中で水が揺れる音がした。
サラディンが言っていた。
この水筒は空気中から水を生み出す魔導具だと。
水量は多くない。だが砂漠では命そのものだ。
タクミは水を一口飲んだ。
ぬるい。
だが喉を潤すには十分だった。
肉を噛みながら空を見上げる。
青空。
雲ひとつない。
砂丘の向こうまで、ただ砂の世界が広がっている。
静かだった。
風の音しか聞こえない。
タクミは干し肉をもう一口かじる。
「……街に着いたら先ずはビールだな!」
思わず声に出た。
砂漠に似合わない言葉だった。
ビール。
冷たいジョッキ。
泡。
居酒屋の喧騒。
会社の同僚たち。
焼き鳥の匂い。
ふと、そんな光景が頭をよぎる。
タクミは空を見たまま続けた。
「ビールあるのかなこの世界…」
誰も答えない。
当然だ。
この砂漠には自分しかいない。
タクミは小さく笑った。
「まあ、なるようになるか」
口癖が自然に出る。
昼間は狩りをした。
サンドワーム。
砂の下を進む巨大な芋虫のような魔物。
地面の振動を頼りに位置を読む。硬化した拳で頭部を叩き割る。
最初は怖かった。
今はもう慣れた。
夕方にはもう一匹のサンドワームを仕留めていた。
肉を裂き、干す。
それが最近の生活だった。
夜。
太陽が沈むと、砂漠は急激に冷える。
タクミは神殿の外に座っていた。
純白の法衣が体温を保っている。
風が静かに吹いている。
やがて夜空に星が現れた。
ひとつ。
ふたつ。
瞬く間に空は光で埋まった。
「……すげぇ」
思わず声が漏れる。
満天の星。
日本では見たことがない光景だった。
天の川がはっきり見える。
夜空がまるで川のように輝いている。
タクミは砂の上に寝転んだ。
星が視界いっぱいに広がる。
静かな夜だった。
風の音。
遠くで砂が流れる音。
それだけ。
タクミは星を見ながら呟いた。
「サラディン」
水の亜神。
あの男の顔が浮かぶ。
涙を流していた。
震える声で謝っていた。
『すまない……』
タクミは星を見たまま言った。
「まあ、気にすんな」
誰もいない夜空に向かって。
「なんとかやってるよ」
風が砂を撫でる。
星が瞬く。
タクミは静かに目を閉じた。
孤独な砂漠の旅。
まだ始まったばかりだ。
それでも、この夜空を見ていると――
少しだけ、悪くない気がした。
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第13話「星のまたたく夜」でした。
砂没神殿での拠点生活は、タクミの精神を少しだけ回復させる時間になります。
満天の星空は、この過酷な砂漠で数少ない「救い」の一つです。
次回は神殿を離れ、初めて砂海の本当の広さを知る場所へ。
次回、第14話「砂海の監視塔」




