第11話 砂に埋もれた神殿
第11話です。
タクミがサラトニア王都跡を出て九日。
夜だけ歩き、昼は瓦礫や骨の影で眠る生活にも、少しずつ慣れ始めていた。
だが砂漠の広さは、まだほんの入口にすぎない。
この夜、タクミは砂の海の中で一つの遺構を見つける。
それは砂に半ば飲み込まれた、古い神殿だった。
夜の砂漠は冷えていた。
昼間の焼けるような熱が嘘のように消え、風はひどく乾いている。
タクミは肩をすくめながら歩いていた。
「昼は灼熱、夜は冷蔵庫か……極端すぎるだろ」
口から白い息が漏れる。
星は信じられないほど多い。
東京の空では考えられない光景だった。
ふとタクミは空を見上げた。
(日本じゃこんな星空、山奥でもなきゃ見られないよな)
タクシーの窓越しの夜景を思い出す。
高層ビルの明かり。
信号。
クライアントの資料。
(あのあと商談だったんだよな……)
少し苦笑する。
「まあ……今は砂漠営業だけどな」
自分で言って、自分で笑う。
砂を踏む音だけが続く。
しばらく歩いた頃だった。
砂丘の向こうに、黒い影が見えた。
(岩……?)
近づく。
形が妙に整っている。
さらに近づく。
タクミは足を止めた。
「……階段?」
砂の中から石段が突き出していた。
風に削られながらも、形ははっきりしている。
明らかに人工物だった。
タクミはしゃがみ込み、砂を手で払う。
石の縁が露出する。
さらに払う。
下へ続く段差が見えた。
「遺跡か……?」
胸が少し高鳴る。
サラディンの言葉を思い出した。
――砂漠の遺跡には旧魔法文明の遺物が残っている可能性がある。
タクミは周囲を見回した。
風の音だけ。
魔物の気配もない。
「まあ……なるようになるか」
呟き、石段を降りた。
内部はひんやりしていた。
砂漠とは別の空気。
石壁はところどころ崩れている。
天井の一部が抜け、そこから月光が差し込んでいた。
足元には砂が薄く積もっている。
誰かが歩いた形跡はない。
(誰も来てない……?)
タクミはゆっくり進んだ。
短い通路を抜ける。
少し広い空間に出た。
礼拝堂のような場所だった。
石柱は半分埋まり、壁の彫刻も風化している。
中央には祭壇らしき台が残っていた。
「神殿……か」
タクミは周囲を見回す。
宝箱もなければ武器もない。
瓦礫と砂だけだ。
「さすがに都合よく宝は転がってないか」
肩をすくめる。
祭壇に近づく。
石の台の上は空だった。
砂が薄く積もっているだけ。
手で払う。
特に何もない。
「うーん……ハズレ遺跡か?」
タクミは苦笑した。
だが、風は入らない。
屋根も半分残っている。
砂嵐を避けるには悪くない場所だった。
壁際に座る。
背中を石に預ける。
冷たい。
だが外よりはずっとマシだ。
瓢箪型の水筒を取り出す。
軽く振る。
口を開けると、ぽたぽたと水が落ちた。
「ありがたいなこれ……」
手ですくって飲む。
少量だが、喉は潤う。
空腹はある。
だが思ったほど辛くない。
(サラディンが言ってたな……)
召喚の際、神の因子に少し触れたかもしれない。
だから腹も減りにくく、喉も乾きにくい。
(ほんとかどうか知らないけど)
体はまだ動く。
それで十分だった。
タクミは壁に頭を預けた。
天井の穴から星が見える。
静かな空間だった。
ふと、胸の奥に重い感情がよぎる。
サラディンの顔。
消える直前の姿。
涙を流していた。
『……許してほしい』
(あの人……本気で後悔してたんだよな)
タクミは小さく息を吐いた。
「まあ……怒ってないけどな」
怒っても仕方がない。
帰れる保証もない。
なら――
進むしかない。
タクミは立ち上がった。
神殿の入口を見る。
砂漠の夜が広がっている。
遠くには、巨大な骨が月光に浮かんでいた。
ギガントワームの助骨。
百メートルを超える白い柱のような骨。
あれを目印に西へ進む。
それが今の目標だった。
「……さて」
タクミは軽く体を伸ばす。
「今日はここで寝るか」
風は入らない。
砂も少ない。
拠点としては悪くない。
石壁にもたれ、タクミは目を閉じた。
静かな神殿。
九日目の夜は、ゆっくりと更けていった。
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第11話「砂に埋もれた神殿」でした。
旅の経過は九日目の夜。
タクミは砂漠で初めて大きな遺跡を発見します。
この神殿は、タクミにとって最初の本格的な拠点となる場所です。
次話では、この神殿の内部を詳しく調べることで、
タクミの砂漠生活を大きく変える発見が待っています。
次回、第12話「大樹司祭の法衣」




