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砂漠転生  作者: タマリンド
第1章 砂漠脱出編
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第1話 サラディンとの邂逅


 はじめまして。タマリンドです。


 本作は、砂に埋もれた古代文明の跡地から始まる異世界冒険譚です。

 すべてを失った世界で、一人の男が歩き出す物語。

 どうぞゆっくりお楽しみください。


 

 夜空が見えていた。


 だが、それは星を眺めるための空ではない。

 建物の天井が崩れ落ち、ぽっかりと穴が開いているだけだった。


 砕けた石柱。

 半ば崩れた壁。

 床には巨大な魔法陣のような紋様が、淡く蒼く光っている。


 その中心に、男が立っていた。


「……は?」


 タムラ・タクミ、三十二歳。


 ついさっきまで東京のタクシーの後部座席に座っていたはずだった。

 取引先へ向かう途中。

 資料を確認しながら、いつものように仕事の段取りを考えていた。


(あのクライアント……また無理難題言うんだろうな)


 そんなことを思いながら、車窓の夜景をぼんやり見ていた。


 その直後だった。


 視界が白く弾けた。


 気がつけば――


 知らない場所に立っている。


「いやいやいや……」


 タクミは周囲を見回した。


 石造りの巨大な空間。

 崩壊した建物。

 そして床一面に広がる複雑な魔法陣。


 どう見ても日本ではない。


「ドッキリ……? いや、映画のセット?」


 乾いた声が漏れた。


 だが、答えは返ってこない。


 代わりに――


 魔法陣の中央に、水のような光が集まり始めた。


 空気が震える。


 水面のように揺れる光の中から、人影が現れた。


 透き通った蒼い衣をまとった男。


 年齢は二十代後半ほどに見える。

 長い髪が水のように揺れている。


 だが、体は完全な実体ではない。

 半ば透けている。


 幽霊のようだった。


 その男は、深く頭を下げた。


「……すまない」


 唐突な謝罪だった。


 タクミは目を瞬かせた。


「えっと……誰?」


 男はゆっくり顔を上げた。


 その瞳には、長い年月を背負った者の疲れがあった。


「我が名はサラディン」


 静かな声が、崩れた研究棟に響いた。


「かつてこの地にあったサラトニア王立魔法学院の研究生。そして今は……水の亜神」


「……は?」


 理解が追いつかない。


 タクミは額を押さえた。


「亜神って……神様みたいなやつ?」


「神ではない。神の因子を取り込んだ、半端な存在だ」


 サラディンは苦く笑った。


「そして私は、君をこの世界に召喚した」


 沈黙。


 数秒。


 タクミの口から出た言葉は――


「いやいやいや」


 だった。


「無理無理。そういうのは高校生とか大学生がやるやつでしょ。三十二歳の営業マン呼んでどうすんの」


 サラディンは目を伏せた。


「……それでも、君しかいなかった」


 タクミは周囲を見回した。


 壁は崩れ、天井はない。

 外を見ると――


 地平線まで砂だった。


「……砂漠?」


「ここはサラトニア王都の跡地だ」


 静かな声。


「八百年前、この地は七百万人が暮らす大都市だった」


 タクミは言葉を失った。


 見えるのは砂。


 ただの砂。


 街などどこにもない。


「だが――」


 サラディンの声が震えた。


「我々が滅ぼした」


 長い沈黙。


 風が吹いた。


 崩れた研究棟を通り抜け、砂を巻き上げる。


 サラディンは膝をついた。


「許してくれとは言わない」


 蒼い光の身体が揺れる。


「我々は禁術に手を出した。人間を超越しようとした」


 声が低く落ちる。


「その結果が……この砂漠だ」


 タクミは黙っていた。


 営業の仕事をしていると、いろんな謝罪を見てきた。


 取引先への謝罪。

 部下のミスの尻拭い。


 だが――


 こんな謝罪は初めてだった。


 七百万人の命。


 その重さが、空気に沈んでいる。


 タクミは頭をかいた。


「……で?」


 サラディンが顔を上げる。


「俺に何をさせたいんだ?」


「亜神を消滅させてほしい」


「……は?」


「この世界に亜神は存在してはならない」


 サラディンの声は静かだった。


「我々は過ちそのものだ」


 タクミは深くため息をついた。


「いや、ちょっと待て」


 指を立てる。


「俺ただの営業マンなんだけど」


「……」


「魔法も使えないし、剣も振れない。異世界って普通チート能力あるじゃん」


 サラディンは黙っていた。


 タクミは乾いた笑いを漏らした。


「つまり何?」


「俺、能力ゼロで砂漠スタート?」


 沈黙。


 サラディンは静かにうなずいた。


「エグいて……」


 タクミは天井の穴から見える星空を見上げた。


「マジかよ」


 ぼそりと呟く。


 思い出す。


 営業の仕事。


 売りたくもない商品を売る日々。


 上司の叱責。


 クライアントの無理な要求。


(まあ……)


 小さく息を吐く。


(あんな人生よりはマシか)


 タクミは肩をすくめた。


「……まあ、なるようになるか」


 サラディンが目を見開く。


「怒らないのか」


「怒っても仕方ないだろ」


 タクミは笑った。


「どうせ帰れないんだろ?」


 サラディンは答えなかった。


 その沈黙が、答えだった。


「なら――」


 タクミは砂漠を見た。


 果てのない砂。


「とりあえず、生きるしかないな」


 サラディンの瞳が揺れた。


 長い年月の後悔の中で。


 初めて、わずかな光が宿った。


「……ありがとう」


 その声は、かすれていた。


 こうして――


 世界を滅ぼした亜神と、

 ただの営業マンの邂逅が始まった。



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


 第1話「サラディンとの邂逅」でした。


 ここから主人公タクミの「数年間の砂漠サバイバル」が始まります。


 次回、第2話「神言語魔法」


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