武神と不撓不屈と愚か者の異世界探索行 初日
ジンギスカンはベルのタレ
焼肉は金龍のタレ
これが我が家のスタンダード
双子月の明かりが照らす果てのない見えない草原を、大山サトシは歩いていた。
身を屈めて歩かなければ、体が持っていかれそうになる寒風が吹きつけてくる。
そんな中、前方には小柄で華奢なエルフが散歩でもしているかのように足取りも軽く歩いている。
この異世界で最大最強の暴力装置である、12種族連合の筆頭指南役という地位にいるらしいアンジェリカだ。
「サトシさん、頑張ってくださいね。あと少しで歴代の勇者パーティが残した秘匿拠点のひとつに辿り着きますから」
何かの魔法を使っているらしく、強風が吹いているというのに、長い髪が揺れる事すらない。
「はい、がんばります」
すでに2時間近く歩き続けている。
正直、気温が低くかなり辛いが、目の前には3体のゴーレムが風よけなってくれている。
マリーのゴーレムたちだ。3号と4号と5号が盾を突き出して進んでくれており、何とか歩き続けられている。
「サトシ、大丈夫?うちがおんぶしてあげよか?」
すぐ後ろにいるのは牛人族のマリーだ。
少し前まで眠っていたが、目覚めた瞬間に飛び起きて、サトシが負傷していないか徹底的に調べられた。
その後、小さな赤ちゃんがいる母親のように心配して、事あるごとに構ってくる。
「だ、大丈夫だから。怪我は一切ないので」
異世界に来て贅肉が落ちたとはいえ、かわりに筋肉が付いたサトシの体はかなり重い。何だか身長も少し伸びて190センチ近くある。
サトシより遥かに重い戦斧を片手で軽々と振るう怪力なのは承知しているが、160センチもないであろうマリーにおんぶなどされるわけにはいかない。
「マリーは過保護ですね。殿方は追わせないとダメですよ。すぐにふらふら他の人に手を出しますから」
「アンジェお母ちゃんは黙っといて!サトシは弱いんやから!おっきい怪我したらどないすんの!」
サトシが弱いのは事実だ。
夜だというのに飛来するどデカい鳥や、見た目は羊なのに巨大な火を吹くエネミーの群れが襲いかかってくる。
アンジェリカやマリーはあっさりと倒して、熟練の手つきで素早く捌いて肉にしている。
サトシも襲ってきた羊のようなものに殴りかかるが、分厚い毛が邪魔をしてダメージすら与えられず、蹴り飛ばされた。
この辺りでは最下級の弱いエネミーらしいが、とんでもない耐久力を持っている。
「マリー……殿方は不必要で無駄なプライドというものを大切にしています。守ってあげればいいのですから、事実だとしても弱いなどと言うものではありませんよ」
何だかより酷い事を言われているような気がする。
そうあれだ。古の芸人が喧嘩をしていて、止めた相手に酷い言葉を浴びせて、もう1人がより酷い事を言うやつだ。
弱いのはサトシ自身がよく理解しているので、これ以上は許して欲しい。
「サトシはまだお口までしか経験ないんやで!そんなんで死んでしもたらかわいそうやろ!?」
マリーは何でそんな事を知っているのだろうか。
誰にも言ったことないというのに。
そして、そんな事を言う必要もないのに。
「え?そうなのですか?では、わたしがサトシさんの赤ちゃん産んで差し上げましょうか?」
「はぁ!?お母ちゃんは男に興味ないんやろ!?」
「最近はありませんが、1000年ほど前に子供は15人産んで育ててますよ。ベテランですから安心ですよ。ね?」
振り向いて艶やかに笑うアンジェリカ。
こんな華奢なのに、お子さんが15人もいるのかすごい何というかすごい女性ってすごい。
あと1000年前ってさらっと言っていて、エルフって本当に長生きなんだなあとサトシは驚く。
「あかん!ジュリアちゃんにエリナちゃんにサーシャ様!それにミリア様やアイシャ様にサリーまで予約済みなんやから!マリエール様まで入るゆうてはるし!それぞれの種族からも何人かハーレムに入れるよう要請も来とるんよ!お母ちゃんの入る隙間ない!」
マリーが何かとんでも無いことを口走っている。
きっとそうあれだ。親子の売り言葉に買い言葉みたいなあれだ。
サトシも母と何度か口喧嘩をして、一方的にサンドバッグにされて、ちょっとだけ横になった事もある。
マリーとアンジェリカは義理とはいえ仲良し親子みたいだし、大好きな母がそういう関係になるのが嫌で、思ってもいない事をついつい言ってしまったのだろう。よくあるそうよくあることだ。
「そういえば、12種族連合のいくつかの種族から正式にそういう打診はありましたね。サトシさん、頑張ってくださいね」
いや、正式な打診あるのかよ!頑張れってなんだよ!他人事かよ!と思うが、アンジェリカからすれば他人事に決まっている。
それにしても寒い。
腕時計型のデバイスを確認すると気温は3℃しかない。
戦闘用重装甲の下には補助服だけだ。アンジェリカが防寒用のマントをくれたが、熱が少しずつ奪われていき、体が少し重くなる。
「着きましたね。ここですよ」
アンジェリカが指し示す場所は、低木が密集している小さな窪みである。
珠をいくつか懐から出して宙に投げると、周辺一帯を覆う四角錐の透明な壁のようなものが出現した。
さらに、いつの間にか手にしていた杖を掲げると地面が隆起して、階段状の入口が現れる。
「さ、疲れたでしょう。中で休んでお食事にしましょう」
淡い光が漏れ出ている階段を下ると、中はかなり広い空間になっており、いくつかの建物があった。
全員が中に入ると、自動で入口が閉まる。
天井と壁が柔らかな光を発して、空間内を明るく照らしている。
気温は10℃程度しかないが、外に比べたら風がないのでサトシも一息つけた。
「ほな、うちは寝具とお風呂の用意するわ。みんなはいつも通りに警戒と待機お願いするな。お母ちゃん、鍵開けて」
「はい、開きましたよ。お布団はクローゼットにありますし、お湯生成の魔道具はまだ使えるはずです。わたしは維持設備の点検をしましょう」
マリーは空間の奥にある大きなログハウスに向かって歩いていく。寝具とお風呂があるようで、冷えた体にはありがたいと思う。
指示をされたゴーレムたちは、入口付近の階段前に座り込む。それぞれの座り方が違うのが興味深かった。
アンジェリカはログハウスの隣にある、小さな小屋に向かっていく。
「えっと、それじゃあ僕は食事を用意しようかな」
ログハウスの前には、小さな竈と流し台のようなものが備え付けられていた。
サトシが身につけている重装甲のバックパックには、水と5日分のレトルト食品が収納されている。
それを使って、何か温まるものを作ろうと思って移動するとゴーレムの5号が立ち上がりついてくる。
5号は7体の中でかなり細身だが、何だか動きが優美で柔らかい。
背負っている大きく頑丈そうな皮のバックパックから、フライパンやお鍋や食器、沢山の調味料を出して、流し台の上に並べてくれる。
さらに、腕輪状の収納の魔道具から、マリーが狩って捌いた鳥肉や羊肉、小分けされパックに入れられた野菜を出してくれた。
「これ、使っていいの?」
言葉は発しないが人と同じ仕草で頷き、長い指で食材を指し示す5号。
「ありがとう5号。使わせてもらうね」
これだけあれば、主菜2品と体を温めるスープが作れる。
魔石が取り付けられた蛇口についているレバーを引くと、問題なく水も出た。
乾燥された薪と炭もあったので火も起こせた。
サトシは重装甲を取り外し、しっかりと手を洗う。
ここに辿り着くまで、何の役にも立たなかったんだから、2人にはせめて美味しいご飯を食べてもらおうと、丁寧に調理を始めた。
ログハウスの中、サトシが作った料理が食卓に並ぶ。
鳥肉を口に含んだアンジェリカが目を細める。
「あら?懐かしい味。あの子が使っていたハーブ塩ですね……とても食が進みます」
そう言って美しい所作ながら、モリモリと食べ始めた。
鳥肉はマリーの大好物だという塩焼きにしてみた。
塩はマリーと同郷のサリーが、温泉郷を出発する日に譲ってくれたもので、数種類の香草が混ぜられている。
新鮮な鳥肉をフライパンで皮目から焼いて、皮をパリパリにする。ひっくり返して、弱火にして硬くならないようにゆっくり中まで火を通したものだ。
付け合わせは鳥から出た油で、焼き揚げにした新じゃがと新玉ねぎである。
「そやなあ懐かしい味や。鳥肉も美味しいけど、このお肉にタレを絡ませた料理もめっちゃ美味しいなあ。サトシ、これどないしたん?」
羊みたいな肉はニンニクの効いた醤油ベースのタレを使い、野菜と一緒に焼いてジンギスカン風にした。
もやしやピーマンに肉汁とタレが染み込み、お肉はラムのように臭みはなく柔らかく仕上がっているのに、マトンのように味が濃い。
「それは、5号が出してくれたスズノタレだよ。僕たちの世界の北の大地で売っている、羊肉を焼いて食べるときのタレ。マリーが買って持たせていたんじゃないの?」
「うちは知らんなぁ……この子らに魔石を持たせとると、いつの間にか換金してお買い物しとるんよ……お母ちゃん、この子らどないなってんの?最初はおなしサイズやったのに、段々とおっきくなったりちっさくなったりしとるし」
変形するゴーレムなんてあるのかと、サトシはワクワクする。
なにせそんなのかっこよすぎるので。
「知りませんねえ……この子たちは、マリエール様に創っていただいた子たちですから。わたしは付与術をいくつか施しただけです」
温泉郷を出てから、ゴーレムたちは交代でマリーの近くにいることが多い。
他の子たちは座り込んだり、横になったり、訓練や巡回のような事をしていた。
今は1号がテーブルの近くにいて、ひどく人間臭い動きで動揺しているように見える。
「1号も何かお買い物したりしているの?」
1号は少しだけモジモジとした後、腰につけた大きめの皮のポーチから、いくつかの品を取り出して、テーブルの端に並べだした。
赤い綺麗な櫛や化粧品。裁縫道具や小さなカメラに加えてアルバムなどもある。
「これ、マリーの為に買ったの?え?アルバムを見せてもらっていいの?」
サトシにアルバムをグイグイと押し付けてくるものだから、開いてみると沢山のマリーの写真が収められていた。
少し幼い頃から、最近のらしきものまでが収められており、ものすごく可愛い。
「ちょっ!?1号!何してんの!?そんなん見せんといて!恥ずかしいやろ!」
「でも、写真のマリーすごくいい表情しているよ。この笑顔はとても可愛いし」
「か、可愛い?そんなん嘘やもん……」
「あら!こっちもいい笑顔ですね。1号、焼き増しプリント出来ますか?わたし、データより実物派なんです」
顔を真っ赤にしたマリーが、サトシからアルバムを取り上げようとするが、いつの間にかアンジェリカの手に渡っていた。
「もう!お母ちゃん!返して!1号!他の見せたらあかんからね!」
他にもあるらしい。
正直、とても見たいけれどマリーが嫌がっているようなので諦める。
何だか見たことのある人も一緒に写っていたような気がしたが、一瞬だったのでサトシは思い出せなかった。
ログハウスの外にある流し台で、綺麗に食べ終わった食器を洗い終わり、拭きあげてから5号に返しているとサトシを呼ぶ声がした。
「サトシ、お風呂ちょうどええから、お湯が冷める前に入ってなー」
お風呂に入れると思うとサトシの心が弾む。
ここ数日は訓練で疲れていたので、ドーリー内のシャワーで済ませてきた。
食事をして体温は戻ってきているが、寒い中を長時間歩いたので足先は冷たいままだ。
湯船に浸かれると思うと、自然に頬が緩む。
湯に浸かるのは、最高のリラクゼーションだと思う。
人類が生み出した文明の極みだ。
「どうしてこうなった」
ログハウスの奥にあるお風呂は、なかなかに立派である。
木で作られた湯船はサトシが足を伸ばしても、まだ余裕があるくらいに大きい。
そこに張られた湯には温泉の元が投入されており、桜色に染まっていて、ほんのりと良い香りがする。
「はぁ、気持ちいいですね。やはり湯に浸かると体がほぐれます」
「そやなあ、うちはシャワーでもええけど、湯に浸かるんは気持ちええなあ」
サトシは湯船の端で、壁を見つめながら正座をしていた。
湯は気持ちいい。気持ちいいが、もうそれどころではない。
何故か、マリーとアンジェリカも一緒に湯船に浸かっており、緊張で体が固まっていて動けない。
「どうしてこうなった」
訳がわからないよと、サトシは深く深くため息を吐いた。
ゴーレム1号の趣味は、マリーの写真撮影とアルバム作り
ゴーレム5号の趣味は、調味料やスパイス集めとお料理




