柏原ユウキの異世界温泉郷グルメ散歩
一目惚れはお互い様だっただけの話
流石にちょっと焦りすぎたかと、柏原ユウキは湯煙が湧く路地を歩きながらため息をついた。
異世界までやってきての警備任務という、ワクワクするような仕事だと思っていたら、命懸けだと知ってテンションは下がったが、仲間たちがいいヤツらばかりなので、煙草もやめて必死に訓練をした。
「おい!ユウキ!あれなんだ?あれ!」
ようやくやってきた異世界で、任務初日に化け物どもに襲われて、何とか撃退し異世界のエルフの温泉郷まで辿り着けた。
心の友となった大山サトシは左腕を失ったが、なんとか無事に再生してもらったようで、病室で同僚の宇部ジュリアとおっそろしく綺麗なエルフの姫さんのサーシャにまとわりつかれ、困ったような顔をしていて安心した。
「すげー!なんかモワモワいっぱいだな!あ!なんかお菓子あるぞ!欲しい!買ってくれ!貢ぐのだ!」
ユウキは戦闘に参加しなかったが、ドーリーという巨大な戦闘用輸送車の操縦士として、なかなかの働きをしたと自負している。
「ふおー!ユウキ!見ろ!蒸したてまんじゅうだって!買え!買うのだ!そしてあたしに貢げ!」
異世界といえばチーレムだとユウキは思う。
チートでハーレムこれ。
皆んな大好きだし、もちろんユウキも大好きだ。
戦闘系チートは正直おっかないので、気に入ったドーリーを転がすのが上手くなるチートを得たのは嬉しかった。
次はハーレムだと思ったが、何人もの女性に挟まれて困っている心友のサトシを見ていると、居た堪れなくなりお腹いっぱいになった。
「お?あっちの建物はなんだ!?なんかいい匂いすんぞ!入ろう!ユウキ!はやく入ろう!」
だから、ちょっと遊ぼうと少し前に、自衛軍陣地に併設されている街にある、大人の社交場に行ってみたら、なんとユウキの身分証のカードキーには、婚約者がいると記録されていた。
この異世界に来る事になった原因である、一目惚れした職安の立花ミユキが婚約者として登録されていた。
ミユキはなんだかすげぇ家のお嬢様らしいと、同僚の同じくお嬢様の伊知地セイラと絵崎エリナが言っていた。
ユウキは知らず知らずのうちに、そのすげぇ家のお嬢様に結婚を申し込んだらしく、意味不明だが了承されてしまったらしい。
なんで、飯に誘ったらプロポーズになるのかいまだに分からないが、そういうものらしい。
で、この異世界では婚約者やパートナーがいる場合、その許可がないと紳士の社交場では遊べないらしいのだ。
「あ!あっちは全エルフが驚嘆した唐揚げグランプリ2000年連続最高金賞受賞の出店がある!すげぇ!あれだ!あれも買ってくれ!」
ミユキは美人だと思う。
正直、好みにどストライクだったが、話しているうちに何だか違和感を感じた。おかしいなと思いながらも、得意のマシンガントークで乗り切り、もう2度と会わないだろうと思っていた。
ところが、異世界でヒャッハーしようとしたら、それは無理なんだなぁと、ポン引きのおっさんに説教までされた。
だが、ユウキは諦めない。5年間もおもちゃで満足など出来るわけがない。
病院の看護師や介護士を片っ端から口説いて、個人デバイスのコードを渡していたら、病院から叩き出されて出禁になった。あれは焦って少しやりすぎたかも知れないとは思う。
その際、サトシの専属介護士だという牛人族のマリーから受けた、お仕置きの記憶は思い出したくもない。
あの人にだけは、絶対に逆らわないようにしようと、ユウキは誓っていた。
「おい!ユウキ!聞いてんのかコノヤロー!あたしは神様だぞ!フケイとかいうのだぞ!」
さっきから、頭の中で煩いチビが騒いでいた。
ユウキが得たギフテッドに関連する、何だかよく分からない謎能力でコンタクト出来るようになった、機神とかいう神様らしい。
口に出さなくても、考えるだけで会話が出来るのは助かっている。独り言を言わずに済むのはありがたい。
とりあえず、2000年連続最高金賞受賞とかいう鳥の唐揚げを屋台で買うと、小さな紙袋に盛られた中からひとつが消える。
「あつい!だが美味い!これはたまらん!毎日食べたいかもしれん!」
毎日、唐揚げとか胸焼けすんだろと思いながら、ユウキもひとつ齧ると、カリッと揚がった香ばしい皮の下から、熱い肉汁が大量に吹き出して、口内で旨味が爆発的に広がる。
完璧な塩梅に仕上がっていて、こいつでビールを飲んだら、最高だろうなと思う。
下準備できちんとブライン液に漬け込んであり、温度を変えた油で、しっかり2度揚げされているプロの仕事に満足する。
「姉さん、すげぇ美味いよ唐揚げ」
浴衣のような服をいなせに着こなした店員に、味の感想を伝える。
「だろ?ウチはあたしで3代目になる新興店だけどね。味は老舗にも負けないよう!」
エルフ社会では2000年で新興なのかとたまげるが、味は間違いなかった。
「それにしても、さっきニイサンは神様に奉納したのかい?若いのにどっかの神官様なのかい?」
機神のチビに唐揚げを食わせたのを、目敏く見ていたらしい。
「いや、たまたまそういう能力貰っただけだよ。唐揚げ美味いって喜んでるぜ」
「神様に喜んでもらえるたぁ嬉しいねえ、あたしも150年揚げ続けて、ようやく支店を任せて貰えたからねえ。今後もご贔屓に!」
明るい声に、ご馳走さんと告げて店を後にする。気がついたら唐揚げは全部無くなっていた。
いつの間にか頭の中のチビは居なくなっている。
そういや腹減ってきたなと思って、デバイスを確認したら14時を過ぎていた。
天気の良い温泉街をぶらぶら歩き、何か美味そうなものは無いかと探していると、小さな店が目につく。
派手な看板や装飾はないが、入り口付近は綺麗に清掃されており、出入りの邪魔にならない位置に花が植えられている。
ユウキの経験上、こういう入り口の店は、当たりである確率が高い。
店に入ると昼時は過ぎているのに、席はほぼ埋まっている。いらっしゃいませと、軽快な声でカウンターに案内された。
カウンターは席の間隔が広く、スペースも大きく取られていて、椅子も座り心地が良い。これは当たりの店だと笑みが溢れる。
「すんません、温泉郷特産エルフエビの海老フライ定食お願いします」
この都市では温泉施設の冷泉を利用して、エビの養殖をしているらしく、あちらこちらでエビ料理が売り出されている。
しばらくすると、特大の海老フライ3本が乗った皿が到着する。たっぷりのタルタルソースと海老の頭や殻を使ったアメリケーヌソースに、キャベツの千切り、ポテトサラダが添えられている。
さらに、大盛りのご飯と味噌汁、お新香までついている。
海老フライを頬張ると、新鮮なエビ特有の甘みがありタルタルソースの酸味や、エビ味噌入りのソースと相性抜群だった。
「ユウキ!あたしは厨房で見たぞ!おまえ大丈夫なのか?そのでっかい虫みたいなの食べて平気なのか!」
頭の中で機神のチビがとんでもない事を言いやがるが、甲殻類はそう見えるかとも思う。海にいるか陸にいるかの違いくらいだ。
「美味しいのか?美味しいなら食べてみたいぞ!」
海老フライを半分に切り分け、タルタルソースとアメリケーヌソースをかけると、あっという間に目の前から消える。
「美味い!美味すぎる!もう1本!」
はしゃぐ様子に楽しくなってきて、追加で海老フライを注文する。
さらに2本を食べて、チビは満足したようで黙り込む。
どういう仕組みか分からないが、イカメシみたく腹を膨らませてひっくり返っている。
さて、出るかと金を支払っていると、チビが話しかけてくる。
「ユウキ!美味しい貢物の礼にいい事を教えてやるぞ!おまえもうすぐ盛る事が出来るからな!良かったな!あたしは帰る!」
マジかよと思い、ひょっとしたらエルフの都市ではルール的で倫理観的なサムシングが異なるのかと、期待しながら、ユウキは大人の社交場が集まっている地域に向かった。
結果、ポン引きに囲まれて、俺もわけぇ頃はなどと、前と似たような説教をされて追い出されてしまった。
チビめ!次から貢物の質を下げてやる!と憤りながら、雰囲気の良さそうなカフェでコーヒーをすする。
エルフは基本的にお茶派が多いそうだが、最近はとある貴族がコーヒーを気に入っているらしく、その後押しもあり、出す店が増えてきたそうだ。
味はユウキのお気に入りの、コクの深い苦味が効いたブレンドが主流なのもありがたかった。
「相席よろしいですか?」
涼やかな女性の声に、すげぇいい声だなとニヤけながら、もちろんと振り返りフリーズする。
「お久しぶりですね、柏原ユウキさん」
日本の職安職員のはずの立花ミユキがそこに居た。
「ずいぶんとおいたをなさっているようですね、ユウキさん」
正面に腰掛けたミユキは、相変わらずすげぇ美人だと思う。
姿勢良く座り、紅茶を嗜む姿は楚々としていて、美形揃いのエルフにすら負けず劣らず美しい。
深く深い漆黒の大きな瞳がユウキを凝視している。
「それに、神降しまでなさったのにエルフの皆様のご尽力で、後遺症すら残らなかったそうで。将来の夫が無事で安心しました」
夫婦確定なのかよと、背中に汗が吹き出す。
「ミユキちゃんは相変わらず超絶美人だぜ!久しぶりに会えたけど、嬉しすぎて漏らしそうだからちょっと便所に」
「ユウキさん、お座りなさい」
逃げ出そうとしたら、柔らかな声に遮られ、ユウキは逆らい難い気持ちになり、椅子に腰を下ろす。
「あら?おかしいですね。わたしは座るようにと言いました。その座り方はおかしくないですか?おかしいですよね?そう思いませんか、ユウキさん」
おいおい、この女調子に乗ってやがると、ユウキは苛立つ。
ちょっといやとんでもねぇ美人だからって、男がなんでも言う事をきくとでも思ってんのかと、憤りながら床に正座をする。
見上げると、長い脚が組まれており、その上からおっそろしく端正な顔が見下ろしてくる。
「素直な人は好きです。ただ、反抗的な目をしていますね。そういう人を躾けるのはもっと好きですけど」
やっぱヤベェ女だという、ユウキの直感は間違っていなかった。
逃げ出さなければとんでもねぇ目に遭うと、必死に考え続ける。
「ミユキちゃん、俺は知ってしまったんだ。ミユキちゃんがとんでもねぇ家のお嬢様だって。俺がミユキちゃんに一目惚れしたのは事実だ。だが、身分差は不幸しか呼ばねえもんだ。ご両親も反対するだろう」
「わたしは次女ですので、既に家は出ています。両親は口出しして来ない人たちなので、安心してくださいねユウキさん。それにしても、一目惚れですか。直接言われると面映いものですね」
顔色ひとつ変えずに、何を言ってやがるんだと思う。
それにしても、綺麗な顔してんなぁと、ユウキは嘆息する。
これで、性格が可愛かったら良かったんだがとも思う。
「仕方ありません。男性は我慢が効かないものらしいですからね。特に修羅場を乗り越えた後には。ご褒美が必要でしょう。それでは行きましょうか」
しばらくユウキを凝視した後、そう言って頭を撫でて立つように促してくる。犬扱いかよ!と憤るが、ちょっとだけ嬉しかったのは秘密だ。
これから買い物かと憂鬱になる。女の買い物は長い上に、嫌な顔ひとつ見せてはならない。
さらに、どっちが似合うの、2択クイズに正解し続けなければならない、失敗の許されないデスゲームだ。
いや、ここは間違えて嫌われた方が
「ここに予約をいれてあります」
そこは、どう見ても少し高級なそういう意図の御休憩所だった。親密な仲の2人が休憩というか、運動をする場所である。
マジかよと顔を引き攣らせながら、だけどもういい加減限界だったので、手を引かれてふらふらと中に入る。
「わたし、経験がありませんから、よろしくお願いしますね。ユウキさん」
恥ずかしそうにはにかむミユキに、1発でKOを喰らってしまい、ユウキはそのまま喰らってしまった。
待ち望んだ人肌の心地よさに、結婚なんて冗談じゃねえと思っていたが、もうこれは離れらんねぇなと諦めることにした。
「それでは、次の休暇にまた来てあげますから、生き延びてくださいね。大変な事が沢山起こるでしょうけれど。仲間に頼ってください。そうすれば、とりあえずは大丈夫でしょう。ではまた」
さっきまで、あんなに激しく甘えて来たのに、部屋から出た途端にスンッとなり、離れていくミユキに戸惑いながら話しかける。
「ミユキちゃん、帰るのか?なら、車の乗り場まで送っていくよ」
「転移石でゲートまで飛びますから平気ですよ。分かっていると思いますが、あんな事までしたんですから娶っていただきますからねユウキさん。ではまた」
少し顔を赤らめてから、頬にキスをしてきて、早足で離れていくミユキを見送る。
「ミユキちゃん!またな!今度は俺から会いに行くからよ!」
ミユキは応えてくれなかったが、少しだけ躓きそうになった後に走って行ってしまった。
「ガハハ!良かったなユウキ!無事に盛れたようで幸せだろう!貢物をしてもいいんだぞ!」
頭の中でチビがそっくり返って、貢物をねだってくる。仕方ねぇなと、ユウキは色々と腹を括ることにした。
「そんじゃあ饅頭でも食うか。蒸したては美味そうだしな」
ギャアギャア嬉しそうにはしゃぐチビの声を聞きながら、次は会った時はミユキの好きな事を聞きださねぇとなと、そう思う。
もっと色んな表情を見たいし、笑顔にしてやりてぇと思ってしまった。
欲望に負けてしまったんだとしても、そこから始まる関係があってもいいじゃねえかとも思う。
そして、ユウキはいつも通りにニヤけながら、綺麗な夕暮れの温泉街を、賑やかなチビの声をBGMにして軽快な足取りで歩み出した。
「おい!ユウキ!50話だぞ50話!記念に貢物寄越せ!」
「何でだよ、さっき饅頭買ってやったろ」
「あれは美味かった!毎日食べたい!」
「明後日には出発するから無理だな」
「なんだと?買い込め!買い込むのだユウキ!さもないと次は番と盛っているとこを実況するぞ!」
「ふざけんなチビめ!」




