愚か者、異世界にて筋肉に絡まれる
フラグは回収されない
デカいとにかくデカい。まるで筋肉の山脈のような大男3人にサトシは囲まれていた。
いにしえの少年漫画表現のように、異様にデカい男たちだ。それなりの身長があり、危険な異世界で働く警備員としての訓練で、体を鍛えて筋肉がついたサトシより10センチ以上大きく、横幅はさらにデカい筋肉の塊だ。
つい1時間ほど前まで、小さくて柔らかそうな女の子たちに挟まれていたから、ギャップでさらにデカく見えて、頭が混乱してきた。
なんなんだろこの人たちと、ため息をつきそうになるのを堪えた。
異世界での警備任務2日目は、些細な問題はあったが、穏やかに始まった。
「サトシ、漢だよおまえは、、、心の友として逝きつく先を見届けてやんよ!」
「うむ、ハーレム王は男の夢らしいからな。それもまたよかろう」
「わたしとサキは除外で〜仲良くね〜」
「節度をもって致してくださいましね。あ、赤ちゃんなどいけませんからね?キチンとそのあれですよ?分かりましたね?サトシさん!」
朝食の席である。仲間たちが畏怖するようにサトシを見つめ、囃し立ててくる。
ユウキはとてもいい笑顔でサムズアップ。
サキとエリナは、仲良く隣同士でいちゃつきながら煽ってくる。
エリナに至っては、顔を真っ赤にして、バシバシとテーブルを叩いていた。
そして、何故か前日の夕食時から座る場所が変わっている。
自衛軍の友好都市へと移送中の、エルフのサーシャはお客様だ。所謂、上座のお誕生日席に座ってもらっていた。
その輝くような白銀の髪の可憐なエルフがサトシの左隣に座っている。卵を落とした肉吸いを口に含み、あら美味しいですわと長い耳をぴこぴこさせている。
おかしなくらい椅子が近くて、腕が触れそうな距離だ。なんだか、すごくいい匂いがして頭がくらくらする。
右隣では、朝から丼にてんこ盛りの白米に、卵を3つと納豆を落としたジュリアが、肉吸いと一緒に爆食している。
そんなジュリアからも花のような微かな香りがして、なんだか鼓動が早くなる。
距離が近い2人から身を縮こませるように、サトシは朝食を急いで食べる。よく分からないが、巨大な捕食者に挟まれているようでなんか怖いし。
「サトシ!駄目でしょ!ご飯はよく噛んで食べなさい!食事も修行なんだよ!分かった?」
「サトシ様、ゆっくり召し上がらないと、お体に触りますよ?めっ!でよすめっ!」
どう見てもジュリアもよく噛んでいないが、反論してはいけないような気がしたので、素直にはいと答えると、満足そうに目をキラキラさせながら、ドヤ顔になる。
サーシャのまるで幼い子を叱るような仕草に、何でこの人こんな綺麗なのに可愛いんだろうと、顔が赤くなる。少し見惚れていると、澄ました顔で耳をぴこぴこさせ始めた可愛い。
テーブルの下でジュリアに足を踏まれる。痛くはないがこわいので、食事に集中する。
鰹出汁と肉が合わさった肉吸いは、我ながらよくできたと思うが、味がしないような気がした。
「うむ、すでに尻に敷かれている。良きかな」
サキが良きかな良きかなと、満足そうに頷いている。
良くないでしょと思ったが、反論したら、とんでもないことになると本能が訴えてきたので、曖昧に笑い食事に集中した。
朝食後、軽く打ち合わせをして、ドーリー内のそれぞれのポジションにつき、エリナが大休憩所の責任者に挨拶をし、管制官に見送られて出発した。
今日の目的地は自衛軍の第6陣だ。17時までに到着して、物資を納入する事になっている。
大休憩所からは400キロ以上もあるため、ユウキは少しスピードを上げている。
サトシは昨日と同じく主砲室で索敵レーダーを見ていたが、サーシャの風魔法による高精度遠距離探知と、サキが担当している6台のシーカーにも、野生動物以外の反応が全くない。
エリナの指示でレーダー監視は交代制となった。
手が空いたサトシに、ずっとストレッチを続けていたジュリアが嬉しそうに近づいてくる。
「サトシ!修行の時間だよ!今日は防御を教えてあげるね!」
「うん、分かったジュリ、、、師匠」
名前で呼ぼうとしたら、ジュリアはつま先で床をタシタシと叩き不機嫌そうになったので、慌てて訂正するとものすごくいい笑顔になる。
なんか見たことある仕草だなと思っていたら、実家で飼っていた猫の桃が、不機嫌な時にシッポで床をタシタシしていたと思い出し、顔がほころぶ。
「なに?そんなに嬉しいの?サトシはほんとに仕方ない子だね!師匠が沢山教えてあげるからね!」
フンスッと可愛らしく宣言したジュリアだが、修行の内容は全く可愛らしくなかった。
前日教わった、チャクラとかいうのを回して、氣とやらを全身に巡らせるまでは出来た。
その氣を自分を中心として、球体を作るように言われたが、それが難しい。
ジュリアが手本を見せてくれた。光のようなものが、小さな体を中心に球形になっているのは分かるのだが、いざ自分でやると、うっすらとしたものがぐねぐねと体にまとわりつくような感覚しかない。
その状態で、ジュリアが軽く拳を当ててくる。凄まじい衝撃が全身を貫き、壁際まで吹き飛ぶ。
「サトシ!きちんと防御しないと、今ので死んでるよ!がんばれ!がんばれ!」
そんな事を何十回か繰り返し、ようやく吹き飛ばされずに済んで、修行は終わった。
全身がバラバラになるような痛みがあり、内臓があるかどうか不安で、朦朧とした意識の中、腹を撫でさする。
「頑張ったねサトシ!よし!次は、、、次は回復的なのを、、、教えてあげてもいいかな、、、」
返事すら出来ず、胡座で座り込むサトシの足の上に、ジュリアが背中向けに腰を下ろしてきた。
小さく細いのに、お尻のしっかり柔らかな感触に女の子なんだなと思うが、身動きすら出来ない。
「ボクのお腹の上に両手を重ねて?」
なんだか、声が甘く囁くように聞こえる。言われるまま引かれた両手を、ジュリアの身体を抱きしめるように、お腹の上に重ねる。
「ボクのチャクラが分かる?それに重ねるように意識して」
朦朧としながらも意識を集中させると、自分の小さなものとは違い、ジュリアからまるで太陽のような熱と巨大さを感じる。
「いい?ゆっくりだよゆっくり氣を混じり合わせていくよう、、、ヒャッ!アッ!こら!そんな急に激しくたくさんダメ!サトシだめだよぉ、、、」
なんだか温かで柔らかな力が流れ込んでくる。体の痛みが消えて、穏やかな多幸感に包まれて、目を閉じる。熱い何かが叫びながらしがみついて来たような気がするが、意識が消えて何だかわからなくなった。
不意に目が覚めると、あれほど酷かった全身の痛みが消えるどころか、力が溢れてくる。爽快感と万能感に包まれるが、心は穏やかだった。
「サトシはわるい子だね、、、師匠にこんな事するなんて、、、わるい子、、、」
顔を真っ赤にした汗だくのジュリアが、サトシの両手を首に回し、両足を腰に巻くように幼児みたくしがみついていたので思考が止まる。
フーッ!フーッ!と荒い呼吸を必死に落ち着かせようとしている。
「あの、師匠、、、何があったの?」
ジュリアが脚を小刻みに震わせながら、ゆっくりと立つ。濃く甘い汗の香りに背筋が震える。
「、、、知らない!今日の修行は終わり!」
しばらく、潤んだ目でサトシを見つめた後、ようやく呼吸が落ち着いたジュリアは、明後日の方を向いた。
暫くすると微妙な距離に座っていたジュリアからの視線を感じて振り向くと、別に見てませんよという風に、プイッと前方に顔を向ける。
「なに?ボクに何か用なの?」
ここで、見ていたでしょと言ったら駄目な気がしたので、弁解しておく。
「ごめんね、ジュリアさんが気になって見ちゃったんだ。気をつけるね」
「へ、へえ、、、サトシはボクが気になるんだ?へえ、、、そっか、、、えへへ、そっか!」
ものすごくご機嫌になったジュリアに、思春期の女の子は感情の振れ幅すごいなと感心する。
本日もユウキの運転は快適そのものだった。デーモンが散発的に出現すると言われていたが、その気配すらなく、戦闘をする事もなく休息地点まで辿り着く。
エリナは早く到着した分、運転を続けているユウキを休ませるために、休憩時間を伸ばすと決定。
ユウキは大好きなエリナに褒められて有頂天になっている。
「かぁーッ!これは来ちゃったか?サトシに遅れはとったが、俺にも青い春が来ちゃったか!?」
「いや、ユウキの操縦はすごいよ。他の部隊のドーリーは揺れがひどくて、1日200キロも進めない事も多いらしいから。全く揺らさないユウキの運転技術は本当にすごいと思うよ」
サトシは車酔いしやすい体質だが、ユウキの操縦するドーリーは、動いていないかのように静かなので、一切酔わない。神業だと思っている。
「そ、そっか。ふひひ、なんか照れるぜ、、、」
イキリ散らかしていたユウキは、褒められて照れ臭そうにしていた。
このまま、何事もなく到着出来ればいいなと、今日も晴れ渡る、雲ひとつない異世界の青空を見上げた。
それから、特に何事もなく自衛軍の第6陣近くまでやってくる事が出来た。サーシャは2日間全くエネミーと会敵しない事に、少し違和感があると気にしていたが、サトシは出てこないならそれでいいと思っていた。なにせデーモンとか怖いし。
エリナによれば、自衛軍の第6陣は、自衛軍2個大隊1000名と民間志願警備員1800名が常駐している防衛拠点だという。
3層の防壁に囲まれており、その周囲にはドーリー3台構成の砲台が無数に設置されている。
この近辺は、エンジェル種と呼称される、空を高速移動する自称神の使いのエネミーが多発する地域らしく、凄まじい数の砲台が空に向けられていた。
サトシ達が管制官の指示に従い、ドーリーから陣地の倉庫に物資を納入した後、陣地の責任者である佐伯大隊長に迎えられた。
「絵崎隊の皆さん、ご苦労様です。第6陣を任せて頂いている佐伯と申します。初任務でこの激戦地に派遣され、さぞ疲れたでしょう。本日は陣地内でゆっくりしてください」
柔らかな態度の大隊長に労われて、サトシはほっとしていたが、エリナだけは緊張しているように見えた。
「サーシャ姫様、お久しぶりでございます。むさ苦しい場所でありますが、この佐伯が出来うる限りの歓待を致しますのでご容赦ください」
サーシャが優雅に一礼をする。
「佐伯様、ご無沙汰しております。自衛軍の皆様にご迷惑をお掛けした身であります。さらに、わたくし自身一兵卒として戦場に出る身分です。せっかくのお誘いですが、ご遠慮申し上げます」
「畏まりました。ですが、お食事だけはお願い出来ませんでしょうか?サーシャ姫様がいらっしゃると聞いた、部下どもが喧しくて仕方ありませんので」
「分かりました。お食事ならお付き合い致します。郷をお守り頂いている皆様に、お会い出来るのも楽しみにしておりました。エリナ様、皆様、申し訳ありませんが今夜の夕食は失礼いたします」
サーシャはドーリーにいる時とは別人のような高貴さを全身から発して、優雅な足取りで佐伯大隊長と去って行った。
「皆さん、サーシャ様がご一緒ですから心配ないと思いますが、佐伯大隊長には用心を。自衛軍の被害を減らす為に、民間志願警備員を使い捨てにする事で有名な方です。第6陣の民間警備員死亡率は最前線と同じレベルですから」
エリナが囁くような小声で忠告してくる。
丁寧な対応をしてくれたあの大隊長がと、サトシはなかなか信じられない。
「優先順位の問題です。戦闘が始まれば、佐伯大隊長は戦力となる自衛軍を民間志願警備員より優先する。そこに一切の私情を持ち込まれない方です。平時の扱いに関しては、自衛軍で最も平等な方ですから人気もありますけれど」
だから、油断するなともう一度念を押してきたので、神妙に頷く。
第6陣内では、民間志願警備員用の施設だけでなく、自衛軍の施設も含めて自由に移動出来るし、買い物も出来るという事なので、女性陣はまず大浴場に連れ立って出かけた。
サトシはシャワーを浴びた後、ユウキと一緒に買い物に繰り出した。サキの忠告通りに最優先で買い物に来たのである。
「Oh Yeah?サトシよ、ちゃんとサイズ合わせねえと、、、見栄張るもんじゃねえぜ?」
サトシがそのブツを手に取ったのには、聞くも涙語るも涙の理由があった。
学生時代、イジメを受けていた際、修学旅行でパンツを下ろされてから、イジメられることは一切無くなったが、渾名はフジヤマサンになった。
初めてをお願いしようとしたお店で、女性に怖いと泣かれてしまい、従業員に平身低頭で代金を大目に返金され、タクシーに乗せられて追い出された過去もあった。
使う気は一切ないが、金棒でぐちゃぐちゃの肉塊にされたり、雷を落とされて炭にされたくはないというか雷を落とすってなんだよ怖すぎる。
これは御守りだと、サトシはブツを大切に懐に仕舞い込んだ。
目的のブツを手に入れ、行くところがあると消えたユウキと別れ、しばらく散策した後、夕食でも取ろうかとお店に入った。
『エルフも爆食する唐揚げ定食』を注文し待っている時に、巨大な人影に囲まれた。
はち切れんばかりの筋肉をまとう3人に戸惑う。
「むぅ、これは失礼した。突然で驚かれたであろうな。我々は貴殿を探していたのだ。俺は宇部モミジという者だ」
真ん中の一際大きい筋肉が喋った。
「我らはこのような体故、誤解される事も多いのだが、荒事は好かぬのだ。俺は宇部カエデだ」
荒事以外した事ありませんと、全身で語っているかのようなスキンヘッド筋肉が頭を下げる。
「大山サトシ殿で、あろうか?私たちの妹のジュリアちゃんがお世話になっていると聞き、ご挨拶に参ったのだ。私は宇部イロハです」
長髪の筋肉が、にこやかに座っても?と尋ねてくるので了承する。頑丈そうな椅子だが凄まじい音を立てて軋む。
この筋肉いや男性たちはジュリアのお兄さんたちらしく、そういえば3人いると聞いたことがあったなと思い出す。
「はじめまして、大山サトシです。ジュリアさんにはいつもお世話になっております」
なにせ自称師匠のお兄さん達だ。立ち上がり丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「いや、これはご丁寧に痛み入る。突然すまぬな。我が家の末の妹から電報が来てな。ジュリアちゃんに男がまとわりついているから調べろと言ってきたのだ。我らはそんなはずはないと思うのだが」
「然り然り、あの修行と食い物にしか興味のないジュリアちゃんが、男など意味不明であるな。何それ美味しいの?などと言いそうだ」
「末の妹は甘ったれで、四六時中ジュリアちゃんの後をついてばかりだったのです。突然こちらに来て混乱したのでしょう。それはそうと、サトシ殿はなかなか鍛えていらっしゃるようだ。素晴らしい氣の充実を感じる」
妹さん思いの優しいお兄さん達だなぁと、サトシは感心した。見た目と違ってとても穏やかな話し方だし、所作にも乱暴なところが一切ない。
「ジュリアさんには、氣というものの使い方を教えて頂いています。それに、部隊のみんなを、明るくしてくれて守ってくださっています。本当にありがたい存在です」
サトシの言葉にほうと、少し気配が変わる。
「あのジュリアちゃんが家の者以外に?むぅ、これは末の妹の勘が当たったか?」
「然り然り、あの己の強さ以外に興味のなかったジュリアちゃんがな」
「サトシ殿、失礼ですが夕食後に少しお時間を頂けませぬか?お話しておきたいむっ?」
何か巨大な肉食獣のような気配が店の中に飛び込んできた。それは小さく細くあまりにも可愛らしい少女だった。
「こらああああああ!兄様達は、何をしているんだよ!ボクのサトシをいじめたら許さないよ!」
ジュリアだった。お風呂上がりらしく、まだ濡れ髪のまま、頬を真っ赤に染めて怒っていた。
「むぅ、一端の女の顔になっているなジュリアちゃんよ」
「然り然り父上と一線交えた翌朝の母上のようだ」
「ジュリアちゃん、少し大きくなりましたか?お尻の辺りがひと回り」
ブチィと何かがキレる音がしたように感じた。
「うるさい!デリカシーのないゴリラどもめ!サトシに近づくな!あっちいけ!ばかぁ!」
構えを取るジュリアに対して、その巨体から想像すら難しい柔らかで、静かな動きで立ち上がり、距離をとる3人の兄達。
「サトシ殿、我ら3兄弟はジュリアちゃんを守護り隊四天王最弱である」
「然り然り、ジュリアちゃんを守護り隊四天王の面汚しよ」
「サトシ殿、姉上と末の妹にはご用心ください。特に姉上はジュリアちゃんを溺愛しており、身内以外の男には厳しいので。また、何処かで近いうちにお会いしましょう」
そう言い残し、滑るような足取りで、奥にある別の入口から去って行った。
「にどとくんな!あほ!ばか!ゴリラども!」
地団駄を踏みながら罵声を浴びせるジュリア。しばらく唸っていたが、こちらを振り向いた。
「サトシ、、あのね、、、あのゴリラどもは気にしなくていいからね?デリカシーのないゴリラだからね?分かった?分かったらお返事は?」
喧嘩した野良猫のような気配のジュリアに、サトシが言えるのは一言だけだった。
「はい、師匠」
サトシの言葉に満足したのか、いつもの様に目をキラキラと輝かせたジュリアは、夢みたいに綺麗だった。
ジュリアちゃんを守護り隊
宇部家の家人、内弟子、門下生、分家の一部で構成される非営利団体。
年3回の会報が発行されている。
四天王は、ジュリアの父、姉、兄3人、妹となっている。6人揃って四天王。
副首領は祖父、首領は母である。




