絵崎エリナは、異世界でも俯かない
憧れるのではなく、英雄になり得る仲間たちと、共に歩み始めた凡人のお話
結局、自分は選ばれた人間ではないのだと、絵崎エリナはそう思う。
理不尽でままならない現実からの逃避として、異世界で活躍する綺羅星の如き英雄譚に憧れただけの凡人。
英雄の導き手『セイレーン』立花ミユキ
先陣を駆けし『ワルキューレ』敷島スバル
千剣の裁き『テミス』須藤アカリ
自衛軍の成果を強調する為の、プロパガンダの側面があると理解はしていても、人類を襲うエネミーに対抗する人材を見いだし、戦場を駆け抜け、苛烈に蹴散らす彼女たちに激しく憧れた。
努力し続けていれば、いずれあの綺羅星に手が届くのだと、寝食すら削って学び、鍛え続けてきた。
そして届かないから星なのだと、エリナがようやく理解出来たのは、5人の仲間たちと異世界に来てからだった。
元々、ギフテッドを授かっていたジュリアとセイラだけでなく、他の3人もギフテッドを授かった事は衝撃だった。
ギフテッドは若ければ授かる可能性が高いと、まことしやかに囁かれているが、実際に授かる人はほぼいないだろうと、エリナは予想出来ていた。
そんな強力な力が簡単に手に入るなら、自衛軍が3割もの戦力を失うはずがないし、民間志願制警備員などという存在を、異世界に送る必要もない。
その強力な力を6人の内、5人が授かった。
6人の中で、英雄に唯1人憧れていたエリナにだけ授けられなかった。
きっと、近い将来、この5人とは別れる事になるだろうと思う。ギフテッドとはそれほど強力な存在であり、戦局をひっくり返す存在だ。
自衛軍に引き抜かれ、エリナが憧れた綺羅星達のように、人類の未来を切り開く存在になるだろう。
もし、生き残る事が出来て、家族をつくる事が出来たなら自慢しようと思う。あの英雄達と一緒に訓練した事があるんだよと。
だから、俯かないでいようと決意する。
卑屈にならないと前を向く。たとえ短い間だとしても精一杯の
「僕はエリナさんが部隊長になるべきだと思う」
能力測定と面談が終わり、昼食を食べた後、部隊長を決めて報告するよう、指令部からの通達があったので、その話し合いの最中だった。
サトシの発言に、ぐるぐる得体の知れない不安に襲われていた、エリナの思考が現実に戻ってきた。
「だよな!流石は俺のベストフレンドだぜサトシ!エリナちゃんしかいねえって!」
腕を組み、よくぞ言ったとばかりに、鼻を膨らませながら、すかさず賛成したのはユウキだった。
「うむ、エリナは交渉が上手いし法律にも詳しい。それに物怖じしないのが良い。わたしもエリナを推す」
サキが頷きながらそう言うと、セイラも日向ぼっこしている猫のような柔らかな笑顔で賛成してくれた。
「わかる〜エリナの言葉って頼りになるよね〜」
ジュリアがお日様みたいに、瞳を輝かせて嬉しそうに笑う。
「じゃあエリナで決まりだね!ボクもエリナが部隊長ならいいって思う!」
仲間たちの言葉に戸惑う。
ギフテッドという破格の能力を授かった仲間たちが、何の力も授からなかった自分をリーダーに推してくれいる。
もちろん断るべきだ。能力のある者が部隊長をするべきである。命がかかっている仕事なのだ。当然断るべきだ。
「おまかせくださいな。わたしが皆さんを導いて差し上げます!」
勢いよく立ち上がり、胸を張りながら、思わず言ってしまった言葉に、仲間たちが嬉しそうに笑い拍手をしてくれた。
見栄っ張りな自分の性格が嫌になる。
その日の深夜、サキとセイラが拐われた。
ジュリアが自分たちで追うべきと訴え、指令部と管制室は待機を命じてくる。
もちろん、待機をするべきだ。命令は厳守すべきだと理解している。
だが、集まっている数々の情報と状況が、エリナに追わなければならないと訴える。
「追います。ユウキさん出してくださいな」
ユウキにドーリーを動かすよう命じ、管制官に出撃を願い出る。
もちろん拒否されるが、頭の中に叩き込んだ、異世界法と民間志願制度の規定を思い出し、現在の状況を当てはめ、法を根拠に再度、部隊長として出撃を願い出た。
法を根拠とした場合、個人の判断ではなく、管理システムに正当性を問う必要がある。
部隊長として願い出れば、責任はエリナだけにかかり、命じられた5人は従う義務がある為、何かあっても罪に問われない。
今度は、エリナの予想通り、出撃が認められた。
防壁を砕いたジュリアの力には全身が震えるほどに興奮した。まさに憧れ続けた英雄譚に謳われる力そのものだった。
ユウキのドーリーの操作は神がかっていた。出るはずのない速度を出しているのに、挙動は安定しており、安心感があった。
時速200キロを超えて拐われていく、サキとセイラにどんどん近づいて行き、無事に取り戻せた時には、安堵から座り込みそうだったのを堪えた。
怒り狂うセイラがエルフたちを縛り上げ、草原に放置していくべきだと主張したが、指令部と警備部から確保するようにと通達が来た。何とか落ち着かせて、エリナが理由を丁寧に説明すると、不満顔ながらも納得はしてくれた。
「エリナが言うなら仕方ないけど〜」
エルフどもはすべからく、両手両足を縛り、口も塞ぎ、天井から吊るし、お尻を真っ赤になるまで引っ叩き、額に油性マジックで肉と書くべきだと荒ぶってはいたけれど。
無事に要塞に帰還し、警備部に連行されて、明け方まで事情聴取をされた後、ジュリアが打ち砕いた防壁について、重罪になる可能性があると指摘されるが、エリナは揺るがなかった。
友軍のエルフたちによる誘拐事件に加えて、警備部隊の制服を着た集団に襲われた。自衛軍として表沙汰に出来るはずがない。
さらに、体裁として、自分達は民間志願者となっている。実質的に自衛軍に属していても、あくまで民間人として扱われる立場だ。
そして、民間人を守る装置である、ドーリー内の非常ボタンが作動しなかった事をエリナは確認している。
何らかの介入があった事は明白だ。さらに、緊急通報まで時間がかかった事を指摘して、管理システムが認めた出撃だと主張し、なんとか司法取引に持ち込む事ができた。
「絵崎エリナさん。あなた、ウチに来ない?民間志願警備員とは別格の待遇だよぉ」
エリナを別室に連れ出した、おそらく公安部隊の所属の気怠げな女性は、危険も少ないしねと誘ってくる。
「せっかくのお誘いですがお断りします。今の部隊のあの方たち以外と働くなど考えらません」
即答で断られるとは思っていなかったのか、少し呆然とした後、名刺を渡して来た。
「気が変わったら、連絡をくださいねぇ。民間志願警備員は、あなたが想像するより、はるかに危険ですよぉ。あなたの能力は、失うには惜しすぎる」
軽やかな足取りで去っていく、ありがたい申し出をしてくれた彼女の背中に頭を下げる。
破格の誘いにありがたいとは思うが、惜しいとは思わない。
やがて綺羅星の如く英雄になるであろう仲間たちに、すぐに追いていかれたとしても、あの5人と過ごす、かけがえのない時間を捨てる選択肢など、エリナにはなかった。
翌日、出撃準備前にエリナは司令部に呼び出されて、そこにいた副司令のリリアに警戒感を高める。
この女のサトシを見る目は尋常ではない。常軌を逸していると思えるレベルだ。
いつも、泰然自若としているサキが顔をしかめるほどである。いくら警戒しても、警戒しすぎということは無い。
「絵崎エリナ警備員、あなたが部隊長なんだな」
想定通りだ。揺さぶってくるなら、まずそこからだと思っていた。英雄に成り上がる集団のリーダーが凡人など、あり得ない事だ。
「複数の幹部から、疑問の声が上がっている」
それはそうだ。上がらない方がおかしい。
「だが、わたしはそうは思わない。これは司令も同意見だ」
想定外の言葉に思考が一瞬止まる。
揺らぐな、思考を止めるな、意図をしっかり読めと自分を叱咤する。
「司令から、あなたが悩んでいるように見えると指摘があった。わたしにはギフテッド持ちばかりの部隊に所属していた経験がある。だから、あなたの勘違いを改めよう」
儚げな美貌のエルフが何を言いたいのか理解出来ない。ギフテッドの力を、副司令という立場で理解していないはずがないのに。
「ギフテッドは個人の能力に過ぎない。どれほどの能力があろうと、所詮は個人の力だ。かつて、とある特殊作戦群があった。300名で構成されており、その内の250名がギフテッド持ちだった。わたしも所属していたその集団はもう存在しない。1万体を超えるグレーターデーモンの群れに囲まれて、生き残ったのはわずか6名だ」
そんな話など聞いたこともない。1体で絶望を振りまく災厄とされている、グレーターデーモンが1万体など信じ難い話だったが、リリアの目に嘘などなかった。
「わたしは守るべき人を守れず、強く勇敢で沢山の人を救い続けた偉大な大戦士達や、叡智に寄って人々を導いていた大魔道士を失い、ギフテッドを持たない、生き残ってしまった惨めな敗残者だ」
表情は一見穏やかに見えるが、今にも泣き出しそうで、吹き荒れる激情を堪えているようだった。
「ギフテッドは個人の力だ。数の暴力を跳ね返せる場合もある。超絶的な能力を持つ者もいる。それでも、個人の能力なんだ。20年に渡り活動し、奪われ続けるだけだった人類の生存圏を取り返し、快進撃を続けた集団でさえ300倍を超える数にはあっさりと瓦解した」
何かを懐かしむように、この場にいない誰かに語りかけるように。
「個人の力に頼る集団は脆いものなんだよ、絵崎エリナ。あなたはそんな状況にならないように導ける存在になれ。命を預けられる大切な仲間なんだろ」
心が熱くたぎってくる。ギフテッドも何もない凡人にそんな事が出来るのだろうか。
「これは、面談の時に聞いた、部隊長に誰がふさわしいか、あなた以外の5人の回答だ。本来なら見せるべきものではないが、見ておくべきだろう」
デバイスに録画された5人の言葉が流れる。
「『叡智』と呼称される、未来予測を含むギフテッドを得た青山サキの推薦理由だ」
いつものように、泰然自若としたサキは当たり前のように述べる。
「エリナ以外は考えられない。彼女が居なければ、わたしたちは生き残れないと思う」
強い視線を持つ年下の子の言葉に心が震える。
「伊知地セイラは『万死の魔女』の係累であり『羽虫狩り』と同じギフテッドを持っている。彼女はやがて如何なるエネミーも近寄らせない、ただ独りの英雄となるだろう」
そんなエリナが、いつものんびりとした彼女が日向ぼっこをしている猫のように、目を細めながら断言する。
「エリナには背中を任せられる。あの子の言葉なら安心して戦える」
その想いに涙が出そうになる。
「宇部の麒麟児にして、邪竜狩りの巫女の係累ジュリアの力は、その目で見ただろう」
明るい太陽のような、小さく細く、誰よりも強い女の子。
「エリナだね!エリナが大将なら、ボクは何の憂いもなく吶喊できる!」
すでに英雄ともいえる力を持つ子が、自分を大将だと言ってくれる。
「生き残れば、やがて、この世界の全てを超えていくギフテッドを得た大山サトシ」
しばらく前の、怠惰を体現したような姿とは異なり、大きく強くなった存在。
「部隊長はエリナさんにお願いしようと思っています。負担をかけるだろうけれど、僕たち6人は彼女がリーダーじゃないと駄目な気がするんです」
エリナの驕った考えを変えてくれた人が、自分を頼ってくれている。
「ギフテッド『道しるべ』を得た柏原ユウキ。ドーリー待機場の隔壁が開いたのは彼の力だ。機神が力を貸していると推察している」
いつも、自分を心配そうに見てくれている軽薄を装う彼がいつものように騙る。
「エリナちゃんしかいねえな!あの子が指示してくれんなら、何の文句もなく命張れるよ俺は!」
熱い何かが全身を包み、体が震える。
仲間たちの想いと重圧に震えが止まらない。
「仲間たちを守りたいなら、部隊長としての義務を果たしなさい絵崎エリナ」
リリアの言葉は、かつて母に言われた呪いのような言葉に似ていた。
けれど、あの時とは違い、ずっとまとわりついていた、ぐるぐるとした得体の知れない奇妙な不安が消えた。
「はい、仲間たちはわたしが守ります。必ず、あの5人を導いてみせます」
エリナの宣言に、歴戦のエルフは、まるで我が子を見るかのように微笑んでくれた。
自分は凡人だと理解している。
英雄にはなれないと思い知る。
それでも、エリナは綺羅星に至る仲間たちと一緒に、戦い守りたいと思う。
だから、俯く事なく今日も前を向いて歩み続けていく。
「江崎隊、出撃!」
エリナの言葉に、応えてくれる5人の仲間たちの明るい声が、澄み渡る異世界の空に響いた。
とある会議室
「絵崎エリナか、、、自衛軍の採用試験の成績が凄まじいな。学力、体力、体術。全て満点は敷島スバル以来だろう。体格が足らんとはいえ、警備員にしとくには惜しすぎる。幹部候補生として引き抜きたいな」
「はい、司令。しかも、身体能力24項目で上昇が見られます」
「24?なんで、あいつは平気な顔をしとるんだ?5項目の上昇でさえ、鍛え上げた自衛軍隊員が泣き叫ぶ苦痛があるはずだ」
「はい、過去最高の敷島スバルが18項目の上昇を得た際、3日3晩血反吐を吐きながら苦しみました」
「英雄たちのリーダーもまた怪物ということか。リリアよ、失えない人材だ。サポートを頼む」
「了解しました、司令」




