愚か者、ついに異世界に赴く
ここらか第2章となります。
異世界でお仕事です。
その日は朝から晴天だった。
前日の夜に少し雨が降り、湿度が混じった風が心地よく吹いていた。
他の場所はまだ七分咲きくらいだったが、ここは品種が異なるのか、満開に咲き誇る桜並木の突き当たりにその施設はあった。
前日の夜、サトシは母に別れを告げた。デバイスのモニター越しの母の顔色は少し良くなり、お母さんは大丈夫だからと立って見せようとし、近くにいた看護師に叱られていた。
「なんとか頑張ってみるよ。母さん、ゆっくり治してね。今までごめんね」
母は頷き、元気でね無茶をしたら駄目だよ3ヶ月後に待っているからと、励ましてくれた。
シェルターに預かって貰っている桃は、担当のナターシャに撫でられ、腹を見せてゴロゴロと喉を鳴らしていた。
名前を呼ぶと、ぺしぺしとカメラを尻尾で叩きながら、邪魔をするなと言わんばかりにミャン!と鳴いた姿に安心した。
しばらく連絡が出来なくなりますが、よろしくお願いしますと、熟練の手つきで桃を撫で続けるナターシャに頭を下げる。
「おまかせください!、、、生きて戻って来てくださいね。そして、この子をまた撫でてあげてくださいね」
はい!と力強く応えたサトシに、ナターシャは柔らかい笑顔を見せて、桃はミャオ!と鳴く。
あまりのタイミングの良さに2人で笑い転げた。
装備や着替え、日曜品は、ドーリーに積み込まれて、先にあちらに送られているので、荷物はほぼない。
寝具を整え顔を洗い、戦闘用補助服の上から民間志願警備員用の行動服を着込む。認識番号とあちらでの買い物用の決済機能が追加された、不思議な淡い金色のカードーキーを首からかける。
部屋から出ると隣室のユウキも出てきた。
「サトシ!いよいよだな!世界が震撼する日だぜ?この俺という伝説の始まりによ!」
いつもの軽口に肩の力が抜けた。ユウキが一緒で本当に良かったと思う。
「怖いけど楽しみだよね。異世界なんて滅多に行ける場所じゃないし」
自衛軍や協力団体に所属する以外は、年に4回政府が開催するツアーでしか異世界には行けない事になっている。
6泊7日のツアーの基本料金はお一人様3000万となっており、富裕層以外に手が出る金額ではない。
それでも30名の定員に、毎回10万を超える応募があるというのだから驚きだ。
男子寮を出た所に、仲間の4人がいた。
「遅いぞバカども。15分前行動を徹底しろ」
少し遅れたサトシ達をサキが叱る。
「2人仲いいよね〜いつもイチャイチャしてるし〜なんかいいよね〜」
ニチャァと少し気持ちの悪い笑みを浮かべるセイラ。
「ユウキさん!ダラダラしない!異世界ですよ異世界!遅れたらどうするんです!サトシさん!しっかりなさい!ユウキさんはともかく貴方は時間にきちんとしているでしょう!ユウキさんはともかく!」
オタク特有の早口になっている、エリナのキマっている目が怖い。
「うんうん、いい感じに育ってきてる!むこうに行ったらボクが色々教えてあげるからねサトシ!」
ジュリアが近づいてきて、サトシの腹筋やお尻をペチペチと叩いてニパッと笑みを浮かべる。
その瞳は星が煌めくようで可愛らしいのに、巨大な肉食獣が近くにいるような感覚に襲われる。
こんなに可愛いのに、たまになんか怖いよなジュリアさんと、サトシは少し震えた。
「よし行くぞ!エリナちゃんとそのお供たち!俺の伝説の目撃者となれ!」
そう言って駆け出すユウキを、女子たちがボロクソに貶しながらもついていく。
この6人なら大丈夫な気がすると、サトシも少し遅れて駆け出した。
その施設は30メートルを超える巨大で、とてつもなく分厚い5層の壁に取り囲まれていた。
完全武装した自衛軍の精鋭2個大隊が24時間警備をしている場所。
サトシ達は壁ごとにある、検問所に設置された認識装置にカードキーを差し込み、ようやく中に入ることが出来た。
「これが異世界ゲート、、、」
職員に案内された、広い空間の中心にそれはあった。
直径5メートルくらいの光が溢れている球体のようだった。
何だか見ていると奇妙な安心感と共に、全身に力が溢れてくるような気がする。
「ご武運をお祈りします」
案内をしてくれた職員の声に、先陣を切ったのはエリナだった。
なんの迷いもなくゲートに足を踏み込み、その体が消えた。慌ててユウキが続き、サキとセイラも軽い足取りで進んだ。
体が消える現象に少しだけ怖くなったサトシの手に、熱い何かが触れた。
「だいじょうぶ!サトシは強くなってる!」
フンスッ!と、鼻息荒く励ましてくれるジュリアが手を握ってくれていた。
親子ぐらい歳が離れた女の子に手を引かれて、恥ずかしさに真っ赤になる。
「ありがとう、ジュリアさん。行こう、異世界へ」
少しの浮遊感がして、反射で閉じていた目を開けると、石造りの壁に囲まれた広大な部屋だった。
「ようこそ、ルーキー達!くそったれな戦場に歓迎するぜ!」
野太い声の方を見ると、自衛軍の制服を着た太い笑みを浮かべる男と、細く長い耳を持つ視線の鋭い女性がいた。
2077年4月1日。
愚か者は、職場となる異世界に辿り着いた。




