過酷なる、訓練を終えし愚か者
強い力には責任が伴うことを、愚か者は知らない
今日で訓練も終わりかと、目覚めたサトシは装備を身につけながら思う。
最初は酷かったなぁと、自分の無様な姿を思い出して恥ずかしくなる。
重い装備を背負ってのランニングではまともに走る事すら出来ず、ゲボを吐きまくり、教官に尻を蹴り回された。
全身の筋肉痛で食事を食べるのすらキツかった。
それでも、日を追うごとに体は楽にはなっていたし、年下の仲間たちとも気楽に話せるようになったのは嬉しかった。
訓練開始から15日目。
窓の外は抜けるような春の晴天だ。
朝6時ちょうどに、今日も頑張ろうといつものようにランニングをする為に、グラウンドまで駆け出した。
訓練初日は10周だった装備を背負ってのランニングは、30周にまで増えていたが、サトシは軽く汗が滲むくらいで、息を切らす事もなくこなした。
前日までは、ランニングの後に朝食をとり、座学があり、筋トレをして昼食というスケジュールだったが、この日の午前中はランニングのみだった。
6人はそれぞれ、自主訓練をしっかりこなしてシャワーを浴びてから、昼食を食べる為に食堂に集まっていた。
「明日からいよいよ異世界だな!興奮してくるぜ!俺のチーレム無双伝説の始まりなんだからよ」
ハンバーグにロースカツとオムライスが乗った特盛ランチセットを平らげながら、ユウキが鼻の穴を膨らませてニヤついている。
「ユウキさん!今まではあくまで訓練でしてよ!明日からは危険な実戦ですからね!そんな厨二病のような妄想はおやめなさい!ま、まあ異世界は楽しみではありますけれど!」
自衛軍オタクで異世界オタクのエリナは、海鮮パスタをゆっくり味わいつつも、頬を真っ赤に染めており、ユウキ以上に興奮を抑えられないようだ。
「楽しみにするのはいいけどさ〜異世界って〜休みに遊ぶとこあんのかな〜?休みに遊べないとかムリなんだけど〜」
そんな2人の様子に、山盛りのパンケーキを美しい所作で食べながらセイラが苦笑いをする。
「向こう側のゲートがある要塞には、自衛軍の正規部隊だけで1万人、補給部隊3千人がいて、その生活を支える人たちが働いているらしい。向こう側の人員を含めると15万人を超えると資料にあった。その人数なら要塞であっても、もはや都市だ。娯楽施設は当然あるはず」
巨大な丼にモヤシと豚肉の塊が山盛りになったラーメンらしきものを、豪快にすすりながらサキがウンチクを披露する。
「こっちみたく、おっきなショッピングモールがあるってお姉ちゃまが言っていたよ!あっちがわの遊ぶとこも沢山あるって言っていたし!休日はきっと遊べるよ!ボクは戦闘の方が楽しみだけどね!」
ジュリアはカツ丼を食べていた。
彼女の前には空の丼が10杯も置かれており、この子はフードファイターかな?と、その豪快な食べっぷりにサトシは見惚れる。
「休みの日は気晴らしが出来るといいよね。やっぱり気持ちが楽になるし。先週は楽しかったなぁ」
前日の2回目となる休日は、体を休めるために寮内で過ごすように命令があった為、遊びには行けなかった。
サトシはゆっくり出来て、久しぶりに母と電話でだが話せたし、猫の桃の様子も確認出来たので満足だったが、女の子たちは不満だったようだ。
午後の訓練はなく敷島教官に呼ばれている。
個別面談するとの事だ。
教官に何を言われるのかと緊張しながらも、サトシは仲間たちのにぎやかなおしゃべりの声を楽しんでいた。
窓の外に目をやると、桜が五分咲きくらいに開花していた。
もう春なんだなぁとのんびりお茶を味わった。
面談はジュリアから始まり、セイラ、サキ、エレナ、ユウキが呼ばれてサトシは最後だった。
教官室の隣にある面談室の扉をノックすると、入れ!とよく響く声が返ってきた。
大きな1人がけソファが2台置かれて居るだけの小さな部屋だった。
「大山、まあ座れ」
顔は少し垂れ目の優し気な美人なのだが、訓練初日から無様な姿を晒し、罵声を浴びせらながら尻を蹴り回されたサトシにとって、敷島教官は恐怖の対象である。
訓練中とは違う優しげな声が、余計に怖くて緊張する。
「大山、キサマは自分の体の変化に気がついているか?」
そう切り出した教官の言葉に頷く。ブヨブヨで贅肉まみれだった腹は硬く引き締まり、全身に筋肉がついて盛り上がっている。
わずか半月でこんな風になるのは異常だと、鈍いサトシにも理解できていた。
「キサマはゲートの影響を受けやすい体だ。こちらにいてそれだけの変化が起こる者は少ない。あちらに行けば更に影響を受けるだろう」
「影響?ギフテッドの事でしょうか?」
「その一部である身体能力の向上だ。一般には秘匿されているが、ゲート付近で過ごすとほぼ100%の確率で身体能力が上がり、あちらに行けば50%でさらに向上する。大山、キサマは自衛軍でも滅多に見られない、身体能力が極めて高くなる希少な体質の持ち主だ」
少しは強くなれたと思っていたが、自分にそんな力があるとは思えなかった。
「まだ実感はないだろうが、向こうに行けば分かる事だ。実戦を経験すれば、嫌でも理解出来てしまう事だからな。大山、キサマはその力で仲間を守れ。ジュリアは心配ないが、他の4人はデーモンどもとの接近戦に対抗する力はない。キサマが守り、そして全員で生きて帰ってこい」
顔を近づけて、目をしっかり合わせて、熱のこもった教官の言葉に息を呑む。無理だと言えないくらいの想いのこもった表情と言葉だった。
「頼む、必ず、生きて戻ってこい」
サトシは立ち上がり、叩き込まれた敬礼をする。
「必ず、6人で生きて帰ってきます!」
その言葉ににっこりと笑う敷島教官は、見惚れるくらい美しかった。
その後、1時間近く座学では話せない異世界での特殊な注意事項をレクチャーされて、面談は終わった。
そして、厳しかった15日間の訓練もこれで終わりだった。
訓練を終えた愚か者は、いよいよ異世界に旅立つ事になる。
そこに待っているのは、訓練すら生ぬるい過酷な世界だと、愚か者は想像すら出来なかった。
嗜好にどストライクの美人から、尻を蹴り回された事はトラウマになっている。




