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柏原ユウキは恐怖を笑い飛ばす

何にも向き合えなかった男が、ようやく向き合えたお話です。

 何でこうなるかなと、柏原ユウキは25年の上手くいかない人生を振り返る。


 食堂の裏口から少し離れた場所にある、喫煙所の隅で今は珍しい紙巻タバコの紫煙を肺いっぱいに吸い込みながら、ガキの頃は良かったと思う。


 運動神経が良かったユウキは、小学生の頃からいつも人気者だった。

 毎日、友達と遊び歩いて、バレンタインには机の上が一杯になるくらいのチョコを貰い、成績はそこそこだが教師からも可愛がられていた。

 家も裕福ではないが、毎月きちんと小遣いをくれていたし、そこそこの暮らしだったとは思う。


 何かがズレ出したのは、中学3年の時に父が事故で亡くなった時からだ。

 車に乗っていて、スピードを出し過ぎたトラックに後ろから突っ込まれる事故で亡くなった。

 運転手は有罪判決を受けたが、無保険だったために賠償金を支払う能力が無く、短い刑期を終えた後は連絡すら取れなくなった。


 飲食店相手の個人商店を経営していた父は、生命保険も安価なものしか入っておらず、100万円程度しか降りなかった。

 お嬢様育ちだった母は短大在学中に父と出会ったというが、親に反対されて駆け落ちだった為、頼れる親戚もおらず、商店を閉めて働きに出た。


 職歴がない母がパートに出ても稼げる額は知れており、そんな母が選んだのが再婚だった。

 父が亡くなってわずか半年後の再婚に、ユウキは割り切れない感情を抱いたが、まだ若い母が幸せならと飲み込んだ。


 再婚相手も奥さんと死別しており、年齢も近かった事から話が合って、食事をするうちに心が通じ合ったらしい。

 しかし、父の一周忌も終わらない内に、赤ちゃんが出来たと笑う母には、笑顔でおめでとうを言ったが、今度は感情を飲み込めなかった。

 

 生まれた妹は可愛かったし、義父に虐待されたりした事は全くなかった。

 ただ、大企業に勤めていた義父は、大企業に入れない人間は負け犬だと口癖のように言っていた。

 それも、父の命日が近づくとしつこいくらいに繰り返し、母が頷く姿には嫌悪感を抱いた。


 そして、ユウキが高校3年生になった時に、仮初めの家族の亀裂は決定的になった。

 妹の七五三のお祝いだから、食事に行きましょうと言う母の誘いを断った。

 母は真剣な顔でユウキを諭した。


「ユウキ、あなたの妹のお祝いなのよ。お兄ちゃんとしてしっかりしなさい!」


 その言葉に覚えてすらいないんだなと、冷めた感情を覚えた。


「今日は親父の命日だよ。放課後、墓参りに行くから食事には行けない」


 ユウキの言葉に狼狽する母。

 その表情を見て、この人とは家族でいられないと思ってしまった。


 その後は、淡々と過ごした。

 進路はどうするの?お父さんが大学の学費を出してくれるって仰っているの!

 笑わなくなったユウキとの関係を修復しようと必死な母の言葉に、感情は全く動かなかった。


 高校の卒業式の朝、母は懸命に笑顔を作り話しかけてくる。


「ユウキ!卒業おめでとう!今夜はみんなでお食事に行きましょ?ねっ?」


 最後だからと思い、ユウキも笑顔で答えた。


「ありがとう母さん、今まで育ててくれて。本当にありがとう」


 久しぶりに見たユウキの笑顔に母は救われたような顔で涙を拭った。


「ユウキの好きなハンバーグのお店に行こうね!行ってらっしゃい!気をつけてね!」


 それ以来、母には会っていない。

 卒業式後、学校のロッカーに入れてあった少しの荷物と必死にバイトで稼いだ150万を持って、すぐに町を出た。

 親から貰った小遣いには一切手をつけずに、スマフォも解約して、2度と帰らないという手紙と一緒に部屋に置いてきた。


 成人を迎えて、きちんと意思表示をすれば、行方不明届を出されても、事件性がない限り警察は動かない。

 駅で電車に乗る寸前、悲鳴のような自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、ユウキは立ち止まらなかった。


 生まれ故郷から遠く離れた首都で、ユウキはまず住み込みのバイトを始めた。

 持ち前の明るさと人好きのする笑顔に、保証人はいなかったが、あっさりと小さな洋食屋に住み込みで雇ってもらえた。


 金を貯めて大学でも行ってみるかと思っていたユウキは、必死に5年間働いた。

 ある時、店の常連の1人にスロットに行こうと誘われた。

 ギャンブルに興味はなかったが、ほぼ毎日来てくれる常連だった為、付き合いだと思い休日に出かけた。


 入店してスロット台に座り、あっという間に3千円が無くなり、やっぱギャンブルなんてやるもんじゃねえなと思っていたら、派手な音が鳴り響く。

 何が何だが分からないが、興奮している常連客に言われるまま、レバーを叩きボタンを押して3時間が過ぎた。

 ユウキの3千円は120倍にになって返ってきた。

 最初はビギナーズラックだと思い、儲かったんだから辞めようと思っていた。

 けれど、週休2日で必死に働いて貰える給料2ヶ月分が、たった3時間で手に入った衝撃が忘れられなかった。


 少し遊ぶだけと休日に1人でスロットを打ちに行くようになり、毎回たった2.3時間で2〜3万円勝てたのは運が良かったのだろう。

 仕事に身が入っていないと店のオーナーから注意されて、スロットを辞めるように諭された。


 今なら、あれが優しさだった事が分かるが、あの時は分からなかった。

 頭に血が上り、そのまま荷物をまとめて店を飛び出す。


 その後は酷いものだった。ネカフェや簡易宿泊施設を渡り歩き、必死にスロットを打ち続ける。

 たまには数十万勝てた時期もあったが、そんな甘いものではなく、2年が過ぎる頃には金がなくなってしまった。


 最後の金で服を買い、銭湯で汚れを落として、また一から働こうとようやく思えて入った職業安定所の美女に一目惚れをした。


 必死に口説こうと話しかけている内に、何だが違和感を感じた。なんかヤベェと恐怖が襲いかかってくるも、必死に話しかける。

 無視をしていた美女が顔を上げて、ユウキの目を見る。その恐ろしく美しい目に、ユウキの恐怖は更に膨れ上がる。


「あなた、わかるんですね、、、いいですよ、お仕事を紹介します。そのお仕事を5年間こなせたら、なんでもしてあげます」


 その言葉にはしゃぐフリをするユウキ。


「約束だぜ?5年後にビシッとキメて会いにくるからさ!デートしようぜ!」


 ヤベェこの女は何かわからないがヤバ過ぎる。

 仕事が何だろうと、この女だけには2度と近づかねえと、ヘラヘラ笑いながらも決意する。


 そしてユウキは異世界で働く事になり、ゲートがある人工島にやってきて、毎日過酷な訓練をしている。

 


 よく考えなくても、上手くいかなくて当たり前だなと、吸い終わった最期の煙草を灰皿に捨てて、そう思えるようになった。

 誰ともまともに話をせずに、その場のノリだけでヘラヘラ笑って過ごしてきた。

 家族すらも話し合いもせずに切り捨てた。


 同じ訓練隊の小さな体で必死に頑張る4人の女の子たちを想う。


 異世界でバケモンと戦うのは怖い。

 怖くて怖くて仕方ないけれど、戦う決意をしている女の子たちがいるのに、逃げ出すのは違うだろと思う。


 それと、やっとヘラヘラせずに話せる友達ができたのだ。

 10歳以上年上だけど、ユウキと正面から向き合って話をしてくれる友達ができた。

 ゲロを吐きながらも諦めず、必死に頑張る姿には魂が震えた。あと、大嫌いなピーマンも食べてくれるし。


 怖くて怖くて仕方ないけど、こいつとならやって行けるんじゃないかと、そう思えた。

 だから、今日で煙草も辞める。

 今夜から必死で鍛えてやると、ヘラヘラ笑いながらも、ユウキはトレーニングルームに向かって、力強く歩き始めた。






 5年後、異世界の有史以来、最大の大侵攻が起こった際に、立ち向かった中核部隊があった。


 その部隊をあらゆる手段で、あらゆる戦場に最速で届ける兵士がいた。

 彼は同じ部隊の英雄たちのように、戦時中に2つ名が付くことはなかったが、いつもヘラヘラと笑っていた。

 そして、戦後には仲間たちと、多くの自衛軍の兵士たちから『セイレーンの片翼』と呼ばれ祝福される事となる。

セイレーンとの約束からは逃げられない

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