じぅ
お久しぶりです、毎日投稿……正直難しそうです
毎日投稿を成功させてる方々、尊敬します
ということで、不定期にはなりますが試作としてもう少し投稿していきたいと思います
投稿されてるのを見つけたら読んでみよう、くらいで是非、読んでみて下さい
無駄は人それぞれである、とな。
そしてまた、具体的なところへと戻ってきた。とあれば、私のサンシンスウの件は、どうなるのか、という話である。
望夏大先生はそれを無駄だと思っていてはいけないと仰られたわけだけれども、どう考えても無駄ではなかろうか。
サンシンスウを覚えて、役立つわけではない。
サンシンスウが、人を救うわけではない。
サンシンスウがお金に変わるわけでもあるまい。
何を以て、サンシンスウを無駄ではないと考えたものか、というところなのだ。
サンシンスウが私に与えたものなど、存在するとは正直言って思えない。
けれどもまぁ、自分の人生の一つ、『無駄だったこと』という分類項の一つと思えば、少しは可愛げも、なくはないのかもしれない。それでも依然として無駄なのは変わりないのだから、難しい。
そして、待ちぼうけの恋物語ほど、無駄なものはないのではないかと私は思う。
今思えば、何を以て彼女を待つ故としていたかすら分からなくなってきた。
一日の大半を費やして、得たものは絶望だけ。そんな経験の、何が無駄でないと言えようか。
せめて、儚い一日だけでも逢瀬を果たしていれば、思うところは変わっていただろうに、少しばかりの夢さえ見せてもらえなかった。神とは、残酷な運命しか操らないのかと本気で思ったものである。
だから、恋物語などは無駄だと知っている。
私がどれだけ物書きとして成功せずとも、決して恋物語だけには手を出さぬようにしたのはそのためだ。
自分が夢を見られなかったというのに、私の物語の主人公は私のお蔭で夢を見られて天国へ行けるなどとは、ひどい皮肉ではないか。
では、よく考えて考えた末の結論を出そうではないか。
やはり、結局はどちらも無駄なのである。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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