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1944年の川島和子ちゃんの事情

*お話は2011年春当時に書かれたものです。戦争の終った1945年を始め、

 いろいろな「何年前」などの表記が2015年から考えるとおかしな事になって

 きてしまうので、ご注意ください。

 もう、「読んでいる今は2011年なのよ~」とかいう気持ちで読んでいくのが

 bestです。

「なんで、私が萌子さんの家になんか、行かなきゃいけないのさ・・・っ」   

可菜は、思わず大きな声で抗議した。

「山もあって、川もあって、けっこう遊べるところもあるらしいわよ。」

「そーいうことじゃなくって。」

吉子は、ジュースをひと口飲むと、気まずそうに言った。

「可菜・・・ママ、突然妹ができて、どうつきあったらいいか、わかんないの。

 そりゃ、7年間はいっしょに暮らしたことのある妹なのよ。でも、もうずいぶ

 ん昔だし、かといって、もう会わないってほど、遠い冷たい親せき関係は

 もうやめにするって決めたわけだし。 ・・・でも、きっかけ?みたいの

 が、ほしいの。子どものあんたが、間に入って、ママと萌子さんをつないで

 くれないかな?・・・この夏休みを使って。

 一番親しい親せきになる!みたいなさ。・・・だめ?」

「ええ――・・・私だってほとんど知らない人じゃん。無理だよぉ。」

「でもさ。私が遊びに行くより、小学生の可菜が遊びに来る方が、向こうも山

 や川とか行って、案内しやすいと思うんだよね。

 大人の私やパパが行くと、一歩引くっていうか、よそよそしいおつきあい

 って感じになるっていうか・・・。本当言うと、この年になると、友達に

 なるなり方みたいなのが、わかんなくなっ ちゃって・・・。

 一番大事な娘を預けるわけだから、萌子さんだって心開かにゃあ!って、

 思ってくれるんじゃないかと思って・・・。」

「なんか、私・・・人質みたい。」

「お願い〜〜可菜! 夏の田舎暮らし、いいなー、いいな。って友達をうら

 やましがってたじゃない? 私には田舎がないなんて、ずるい!って。」

「そうだけどさー・・・」

ママは、ふふんっと笑って、私を上から目線で見下した。

「パパやママと離れては、過ごせない・・・かぁ。」

むっかー・・・

「そんなことないよ! もう5年生なんだから。パパやママがいなくたって、

 全然大丈夫。泊まれるよ!・・・でも、まるまるひと月は・・・いやだよ。

 旅行だって連れてってもらいたいし・・・」

「もちろんよ。可菜が、萌子さんと打ち解ける頃、私たちも泊めてもらいに

 行くから。旅行はその後、ゆっくりしましょうよ。」

「みたいな・・・って使いすぎ。変だし。」

なんだか、うまくのせられちゃったような気がして、苦しまぎれの反抗・・・。


「人質って・・・いつまで? どのくらい?」

「もう。人聞きの悪い・・・! でも、そうねぇ・・・2週間もあれば、

 大丈夫? 可菜次第なのよ! 打ち解けたぞ!と思ったら、電話ちょうだ

 い。そしたら、飛んで行くから。」

「私の連絡待ちってわけなのね?」

「うん! それまでに心の準備も、しとくから。」

「・・・わかった。じゃあ電話するよ。そろそろ来て!って。」

ママの顔ったら、心配事がいっぺんになくなった!みたいな顔しちゃって。

「ありがとう、可菜! 携帯買ってあげる。まめに気兼ねなく電話できるよ

 うに。」

「うそ! やったぁ!」

「何色にする? さっそく選びに行こうか。」

「ピンク! すっごい派手ピンク! かわいいやつ!」

お役目はめんどくさいけど、ずっとほしかった携帯付きなら、安いような。

・・・山や川も待ってる夏休みに、私は少しわくわくしてきた。





時代をさかのぼって・・・こちらは、




1944年7月―――


 太平洋戦争が、いよいよ激しくなり始める頃のこと。

日本各地の、明日の兵隊、もしくは次世代を担う子ども達を守るため、小学3年〜6年の児童を田舎に疎開させて、戦火から遠ざけることが決まり・・・

川島和子の家でも、8月に始まる集団疎開に先駆け、母の実家に縁故疎開する話が、浮かびあがった。

「みねおばさんの所に、行ってほしいの。」

母にそう切り出され、まだ11才の和子は、納得がいかなかった。

「どうして、私だけ? 姉ちゃんは!?」

和子には、19になる兄太一と、15になる姉つや、この春生まれたばかりの勝の3人の兄弟があった。

兄は戦地へ、姉はこの家から、学徒動員といって、お国のために飛行機の部品をつくる工場へ、勤労奉仕に毎日通っていた。

「勝だって、ここにいっしょに住むんでしょ? どうして私だけ、母さんの田

 舎へ疎開させるの?私もみんなといっしょにいたいよ!」

「お国が決めたんだよ。小学3年〜6年の・・・・」

「兄ちゃんは、お国のために戦ってる。姉ちゃんは、お国のため戦闘機の部品

 をつくってる。

 私だけ、逃げてくみたい。弾の当たらない安全な場所へ・・・。

 私だって、お国のため、母さんのために働けるんだよ。母さん、まだ勝を

 産んだばっかりで、体しんどいでしょう? 私が水汲みも、ごはんの仕度も

 してあげた方が、母さん楽でしょう?」

「うん。楽させてもらってるよ。和子がいろんな事してくれるから、母さん

 産後の体の調子狂うことなく、元気になれたんよ。感謝してる。でも、

 今度は、和子を守らなきゃ。いつまで続くかわからない戦争から、次に

 がんばってくれる子どもを守ることに決まったんだから。

 ここにいたら、心配なの。和子だけでも、みねおばさんの所で、こっちが

 大丈夫になるまで、待っててほしいの。」

「姉ちゃんも、行けない?」

「私はだめよ。勤労奉仕に出なかったら、非国民って言われちゃうもの。

 配給だってもらえなくなっちゃうかもしれないんだから。」

と、つやは笑った。

「私だけなんて・・・いやだよ。もしもみんなが死んじゃったら、私一人残

 るじゃないの。そんなの意味ないよ。」

「和子!」

いろんなガマンは、みんなとだから出来るのに。私だけ、他所でがんばるなんて、無理よ!

ずるいわ、勝は! 赤ん坊だから、ぜったい母さんのそばで守ってもらえるんだもの・・・

5年生にもなって、こんなこと言えやしないのに、どうしてわかってくれないの・・・!


和子が外に駆け出すと、隣りの家の陣平にぶつかりそうになった。

井川陣平は、同じ学年の幼なじみだ。

壁の薄い木造家屋だ。きっとみんな、会話が聞こえてしまったのだろう。あんなに大きな声で叫んでしまったんだもの。

泣いている和子を、川べりに誘って、陣平は話を聞いた。

「そっか。・・・・・・」

「・・・・・・」

「一人だけってのがなぁ・・・」

「そうなのよ・・・。」

生まれる前から誇らしげに建っているN城を、遠く見あげて、陣平は言った。

「でも、和子んとこは縁故疎開なんだろう? まだ、いいよ。おばさんちなん

 だもの。おいら・・・8月1日に集団疎開が決まったんだ。」

「え?・・・陣平ちゃんも?」

「ああ。こっちは、縁もゆかりもねぇ、知らない村の知らない寺に、集団で

 疎開だよ。」

「・・・。本当に決まってしまった事なのね。」

「ああ。母ちゃんたちが面会してくれる日もあるって聞いたけど、そんな何回

 もないやね、きっと。ずっと、会えないんだ。」

「・・・・・・」

「和子は、会えるかもしれないよ。だって、おばさんちなんだもの。おいら

 たちよりは会えるさ!・・・ぜいたくだよ。みんな、ガマンして行くんだ。

 和子ちゃんもガマンしなきゃ。お国のために。」

「お国の・・・」


川といっても、ドブのような人口の流れに、その辺のちぎった葉っぱを流しているうちに、和子の心も、だんだん落ち着いてきた。

陣平は、いつの間にか帰ってしまったらしい。

・・・考えてみれば、誰もがおのれのことで精一杯というこの時世に、親切にも預かってやろうって言ってくれるおば夫婦の家・・・。ありがたいと思わなきゃ、バチがあたるのかもしれない。

あそこには、6才と3才の男の子がいるそうだ。弟のかわりに、2人の面倒を見て、おばさんの役に立とう。

おばさんの家は、農家だというから、きっと見つければ仕事がたくさんあって、私でも、6才や3才の子らよりは、役に立つことが出来るはず!

和子は、気持ちを切り換えて、疎開することを受け入れた。


汽車の切符が、うまいこと手に入ったので、7月の半ばにも入るとすぐに、川島の家を発つことができそうだった。

和子は、前の晩、自分の手ぬぐいをつぶして、勝にお守りがわりの、ちいさなぬいぐるみをつくった。

一針一針、習ったばかりの返し縫いで、勝がいくらなめても、かじったとしても、ほどけないよう、細かくかたく縫った。

私たちは、早く大きくなって、母さんを助けてあげなくちゃね。と。

朝、いつものように、勤労奉仕に出かけるつやを見送って、いつものように

「行ってらっしゃい。」

と言うと、つやも和子に、

「行ってらっしゃい。すぐ会えるよ。」

と、言ってくれた。

よねは、残り少ない貴重な米を使って、にぎり飯を2つこしらえた。

「汽車で、お食べ。」

と言って、弁当を持たせてくれた。

駅まで、勝をおぶって、1時間歩いた。

これで、しばらく母さんに会えなくなると思うと、さみしくて、気持ちがくじけてしまいそうになった。

よねは、駅につくまでずっと、和子と手をつないで歩いてくれた。

2つっきりの荷物を、1つずつ持って・・・。


駅につくと、和子は、夕べつくった手ぬぐいのうさぎを懐から出して、だぁだぁ言っている勝に握らせた。思った通り、勝の手にちょうどいい大きさだ。

いよいよ、出発!の汽笛が鳴った。

和子が、タラップに足をかけると、よねは和子を呼び止めて、和子の首に手作りのお守り袋をさげてやった。よねも、夕べ内緒でつくってくれていたのだ。

「和子は、神さまと父さんに、守られているからね。」

「母さん・・・」

「さ、乗って。」

「うん・・・」

和子は、今度こそ両足をタラップにのせて、よねを見た。

「和子ぉ!」

どこからか、陣平の声が和子を呼んだ。

見ると、陣平が人ごみにはばまれながら、こっちに来ようともがいている。

「がんばれよ!」

人の波に押されながら、叫んでいる。

もう、こちらに間に合うのは無理そうだ。

「うん。うん。陣平もがんばれ!」

汽車が動き始めた。

母さんが遠くなってゆく。

「母さん・・・」

「行ってらっしゃい。おなか冷やさないで。」

「母さん・・・母さん。」

行きたくない。行きたくなんかない!

和子は、どんどん押されて、奥へ奥へと、小さな体を泳がされた。

荷物をしっかり持ってなくっちゃ。

もう、母さんの姿は、見えなくなってしまった。ひとりなんだ。

しっかりしなくちゃ。

「疎開かい? ・・・ここへおすわり。」

座席にすわっていた知らないおばさんが、腰をずらして、小さな空間をつくってくれる。

女の子のおしりが入るくらいの、ほんのすき間だけれど。

和子は、涙をふいて、おばさんの言葉に甘えた。

人、人、人の汽車の中、子どもの座るすき間は、たくさんあるが、ゆれるたび大人がのしかかってきそうに混んでいる。少し高い座席に腰をおろしていれば、踏みつけられることはあるまい。

小さなひざに、かごのカバンとふろしき包みを、しっかりと抱き、和子はもう一度メモを見た。


   終点K駅で乗り換え

   降りる駅S駅  水谷みね

   汽笛を聞いてから


母さんの字だ。

降りる駅はS駅、駅には畑仕事の合間をみて、汽笛の音を聞いたら、みねおばさんが駅に迎えに来てくれるのよ。と、母さんが説明してくれた。

和子は、ふろしき包みの方に、メモを大事にしまうと、目を閉じた。





2011年―――


石田可菜は、JRの電車に乗っていた。

夏休みに入り、いよいよ萌子との橋渡しという使命をおびて、吉子に差し向けられたのだ。

可菜は、ママの書いてくれたメモを、もう一度見た。


    終点のK駅で乗り換え

    降りる駅T駅  

    佐々萌子  12:15


降りる駅はT駅。M大講師&助手をする萌子さんが、お昼休みに学校を抜け出して、駅に迎えに来て、マンションまで送ってくれるって、ママが説明してくれたっけ。

「ここで、乗り換え・・・と。」

K駅で降りて、T駅へ向かう電車を確認した。・・・




                                      つづく



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