第六十話 カゲキなオトメのポリシー
五十鈴ちゃんの過激な発言に圧倒されて、後退りするあたし。
さらに、ずずいとにじり寄ってくる五十鈴ちゃんの表情は、これまで見たことがなかったような真剣なもので。
冗談ごとではなさそう。
って、待って!
冗談じゃないのは、あたしの現状だっての!
「あ、あのね、あたしは女の子には興味ないし、ましてや幼馴染の五十鈴ちゃんとエッチなことをするのは、もんのすごく抵抗があるですけど。お願いだから、冷静になって!」
五十鈴ちゃんは、目を細めながあら、大きくごくりと生唾を飲み込んでから、
「また昏睡したら、今度はいつ目覚めるのかわからないのよ? それとも、自分の意識がない状態で、誰か見知らぬ女の子に食べられちゃってもいいの?」
「どっちも嫌だけれど、女の子とエッチしないと昏睡してしまうなら、いっそのこと意識がない状態で、志熊に襲われたほうが、まだマシかも。……ごめんね。どうしても女の子の相手をするのは抵抗があって」
五十鈴ちゃんは、まるで信じられないものを見たと言いたげな顔になり、
「な、何を言ってるの! 意識がない時に無理やりなんて、絶対に駄目よ! そ、それに、それにねっ!」
五十鈴ちゃんは、ブルリと身震いしてから、ガシッとあたしの両肩を掴んで、カッと大きく目を見開きながら、
「女の子は女の子同士、男の子は男の子同士で、恋愛もエッチもするべきだと思うよ!」
「いや、それは無いって! そもそも、今のあたしの体は、男の子でしょ!」
言葉の意味はよくわからないけれど、すごく自信たっぷりに決めつける五十鈴ちゃんに対して、思わずノリツッコミを入れるあたし。
【蜘蛛神】さまに助けを求めたくて、五十鈴ちゃんから視線を逸らしたいのに、すごい力で肩を押さえつけられて動けない!
うひー、五十鈴ちゃんって、こんなに強かったかしら?
「どうして、そんな意地悪を言うの? 朔ちゃんのご両親は、前世でも、今生でも、女の人同士の夫婦じゃない! 今生だと、お祖父様とお祖母様も、男の人同士の同性婚だよね!」
「両親が女性の同性婚から産まれたあたしが、こんなことを言うのもなんだけど、五十鈴ちゃんってば、この異世界に毒されすぎなんじゃないかしら? 結婚は性別に関係なく、本人同士の意思で決めたほうが幸せだと思うけど、積極的に同性をパートナーに選びたくなる動機が、あたしには無いんですけど」
五十鈴ちゃんがあたしの両肩を掴む力がますます強くなり、かなり痛い。
「動機がないなら! これから動機を作ればいいじゃない! 幾千万の平行世界から、やっと朔ちゃんを観測できたのよ?!」
五十鈴ちゃんの呼吸が荒くなってきて、なんだか鳥肌が立ってきたんですけど。
返答に困っていたところ、風が右頬を掠めた。
あたしの右頬を横切った黄金の脚が、五十鈴ちゃんの顔面に突き刺さる!
あたしはとっさに左側に側転しながら、思い馳せる。
あの黄金の星装は、まさか!
「性的指向の押し付けは、この蛇遣座が許しません! 蛇に噛まれて朽ち縄に怖じなさい!」
海外のモデルさんのように、すらりと伸び切った手足と、メリハリのある身体に纏うは、蛇遣座の星装!
大人びた表情に、憂いを湛えた切れ長な眼差し。
すっかり成長したリズちゃんが、ビシッとポーズを決めて、あたしと五十鈴ちゃんの間に割って入ってきた。
それに対し、【蜘蛛神】様は興が乗ってきたという風情で。
「あらあら、まあまあ。貴方が、噂に聞く五十鈴のライバルさんだったかしら? ようこそ、蜘蛛の巣へ。五十鈴、起きなさい」
【蜘蛛神】様がパチンと指を鳴らすと、ぐったりと仰向けに倒れていた五十鈴ちゃんが、起き上がりこぼしのように立ち上がってきて、ちょっと怖い。
「よくも、乙女の顔面に、フロント・ハイキックを入れてくれたわね! 許さない! アラーネア・コズミックパワー! ウェイクアップ!」
五十鈴ちゃんが謎の掛け声を上げると、彼女の全身が銀色に強く光り輝き、光が落ち着いた先には、リズちゃんの星装のそっくりの出で立ちに変身した五十鈴ちゃんの姿が現れる。
「蜘蛛座の加護を受けた今の私なら、蛇遣座など、恐れるに足らず!」
キレッキレの決めポーズでドヤ顔の五十鈴ちゃんに対して、リズちゃんは、
「プー、クスクスッ! 蜘蛛座なんて釣りで、存在しないじゃ~ん! だっさー!」
「蛇遣座だって、黄道十二星座じゃないじゃん! それに、この世界には、蜘蛛座がちゃんとあるのよ!」
よくわからない罵り合いを始める二人に、置いてけぼりにされるあたし、涙目。
リズちゃんてば、助けに来てくれたんじゃないのかしら?
それとも、蜘蛛神様が仰る通り、彼女の悪巧みで、あたしがこんなに辛い目にあってるのかしら? と煩悶しているあたしの身体を掠めるように、誰かが【蜘蛛神】様目掛けて突貫する姿が見える。
あたしそっくりのあの姿は、【邪気眼】かよ!
あたしの後ろには壁があったんじゃなかったっけ? と思いたち、振り返ると、壁には大穴が空いていて、星空が無限に輝いているように見える。
いくら夢の中とはいえ、もう、何がなんだかわからない!
「おのれ、【邪気眼】!」と赫怒の声を上げながら、両手から糸を撒き散らす【蜘蛛神】様を翻弄するように、【邪気眼】が呵々大笑して飛び跳ねながら、大きな鎌でザクザクと糸を切り払っている光景に、何時までも見惚れている訳にはいかない。
何故なら、壁の中の奥深くから、あたしを呼ぶ暁姉上の声がが遠く響くのが耳に入ったから。
確信できる。
寮の部屋で相対していた暁姉上は、暁姉上に見せかけた紛い物。
今、あたしを呼んでいるのは、間違いなく、あたしがよく知っている暁姉上の声だと。
迷わず躊躇わず、あたしは壁の穴の中へと飛び込んだ。
作中で指摘されている通り、蜘蛛座は、88星座の中には存在しません。
風刺作家ジョン・ヒルの創作です。




