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第一話 夢オチ

 走る。走る。走る。走る。

 はしる! はしる! はしる! はしる!


 ゾクゾクと悪寒を感じる。

 後ろに振り返らなくても、わかる。

 第六感が、自分に警告してくれる。

 得体の知れないナニカが!

 おぞましいナニカが、あたしを追いかけてくる!


 もっと速く!

 もっと速く!


 とにかく、走り続けなければ、追いつかれてしまう!

 追いつかれたら、きっと取り返しがつかないことになってしまう!

 全速力で走り続けているはずなのに!

 背後のナニカが、あたしとの距離をじりじりと詰めてくるのがわかる!

 

 見渡す限りは、どこまでも真っ暗闇。

 足元がどうなってるのか?

 そもそも、あたしは、どこを走っているのか?

 何も分からないけれど、向こう側から、か細く輝く光の源まで辿り着けば!

 あの優しい輝きの元まで、辿り着けば、きっと逃げ切れる!

 でも、もう一息でナニカが私に追いついてしまう!

 

 いつから、どこから走り続けてるんだろ。

 頭の中はもう真っ白で、走り続ける事しか考えられない。


 それでも。

 心の中には、何時通りに満月をかんじている。

 この満月を見失わない限り、暗闇に視界が閉ざされていても、問題なく走り続ける事が出来る!


 愛用の竹刀を抜き放ち、ナニカから放たれる悪寒の元を、振り返ることなく叩き落とす。

 満月を観じている時のあたしに、死角は無い!


 走り、跳び、竹刀を振るい、ジグザグに全力疾走しながら、ナニカに追いつかれないように。

 ただそれだけを考えて、とにかく走れ!

 嗚呼、このままでは追いつかれてしまう!


 何時の間にか、か細い光源が目の前まで迫ってる!

 無我夢中で、光源目がけて飛び込むと、視界が白光に満たされる。

 ……何も見えない事には変わりはないのだけれど。

 何故か安心できてしまい、精根尽き果てていたあたしは意識を手放した。











 気が付くと、見慣れた天井が見えた。

 ってか、あたしの部屋の天井じゃん!


 腹筋の力だけで上半身を起こして、周囲を見渡す。

 見慣れたタンス、本棚、鏡台、その他色々。


 ……どうやら、制服を着たままベッドで寝てしまったようね。

 でも、あれは夢だったのかしら?

 非現実的な内容ではあったけれど、妙に悪寒が生々しかったというか。

 ま、いっか。

 たとえ夢の中であっても、あのナニカから逃げ切れたのはよかった、よかった。



 「本当に夢だったら、良かったのにね~」


 ……今のは幻聴かしら?

 何故、あたしの安堵を否定する声が聞こえるのかしら?

 改めて部屋の中を見渡しても、誰もいないけれど。


 「どこを見てるのかなあ。ボクはこっちだよ! ほら、手の鳴る方へっと!」


 ……声だけでなく、手拍子まで聞こえてくるんですけど。

 しかも、この声、どこかで聞いたような?

 具体的には、電話とか?


 ベッドから降りて居住まいを正し、念のため竹刀を取り出す。

 声と手拍子は、鏡台から聞こえてくるのかしら?


 あたしの部屋自体は洋風で、床はフローリングだけれど、タンスは加茂桐箪笥だし、鏡台は鎌倉彫で超和風。


 今どき、鏡台なんて言葉は使わないような気がするけれど、鎌倉彫だとドレッサーというより鏡台と言った方がしっくりくる。

 全て、いずみかあさんの趣味をそのまま引き継いだものなんだけれど。

 

 鏡台へと歩み寄り、布カバーを外そうとしたところで、竹刀で手がふさがっていることに気付いた。


 ……無手でもいいか。

 床を傷つけないように、そっと足元に竹刀を置き、布カバーを取り外すと、漆の光沢と職人芸の刀目が美しい三面鏡が現れる。


 「早く、開けてくれないかな~。ボク、そろそろお茶でも飲みたいんだけどな~」


 ……緊張感のない声が、三面鏡の中から聞こえてくるんですけれど。

 大きく深呼吸をして、何が出てきても反応できるように、心に満月を観じる。

 そっと、三面鏡を開くと、当たり前だけれど、あたしの姿が鏡に映っている。

 

 「やれやれ、やっとご対面だね。どもども、堕天使です。コンゴトモヨロシク」


 鏡に映ったあたしが喋ってる!

 

 反射的に蹴り上げた竹刀を右手で受け止めながら、バックステップで鏡台から距離をとる!



 「あはははっ! そんなに怯えなくてもいいよ! キミはもう死んでるんだし、ボクはキミに危害を加えるつもりは、今のところないんだからね」


 竹刀を正眼に構え直し、鏡の中の「あたし」を改めて見直す。

 聖凰学院せいおうがくいん中等部のセーラー服。

 亜麻色の髪は、リボンで高く結い上げられたポニーテール。

 うりざね顔に切れ長な眼差し。

 

 どう見ても、あたしなんだけれど、竹刀を構えてないし、何よりも!

 あたしの目は、こんなギラギラした怪しい目つきじゃない!

 あの目は、絶対に人間じゃない!


 「……堕天使とやらが、あたしの姿に化けて何の用なのよ! それにあたしが死んだって? こうして生きてるじゃない!」


 鏡の中で、ニヤニヤと笑う、堕天使の顔が憎らしい。

 顔の造作が同じでも、表情が違うだけで、こんなに印象が変わっちゃうんだなあ。


 「いやいや、キミが死んだって話はホントだよ。高雄たかおさくちゃん」


 自分の名前を、自分の顔をした堕天使とやらに呼ばれると、怖気おぞけが走るわね。


 「おお、ひゃくにんごろしよ! しんでしまうとはなさけない! まあ、清らかな乙女のまま死んだのが、不幸中の幸いだったのかなあ。あはははっ!」


 「その二つ名で呼ぶな! あんた、あたしのことをどこまで知ってるのよ!」


 百人殺し。

 可憐なJCに、これほど似つかわしくない二つ名は、絶対ないんだけれど。

 困ったことに、高雄たかおさくという本名より有名になってしまった忌まわしい二つ名!


 堕天使は厭らしい笑みから急に真顔になると、人間臭く咳払いをして見せる。


 「ゴホンっと。……話が長くなるからね。立ち話もなんだし、一緒にお茶でも飲みながらボクが説明したい分だけ説明してあげるよ」


 よっこいしょ、などとババ臭いセリフを吐きながら、堕天使が鏡の中から部屋へと入って来る。

 堕天使がパチンと指を鳴らすと、あたしと彼女の前に、卓袱台ちゃぶだいが唐突に現れる。

 呆気にとられて、卓袱台ちゃぶだいの上を見ると、急須きゅうす湯呑ゆのみ、そしてお茶請けなのかしら?

 綺麗に切られた栗ようかんが、お皿に載ってる。


 堕天使を名乗るワリには、随分と趣味が日本的なのね。

 あたしの趣味に合わせてくれてるのかしら?


 「今のところ、キミに危害を加える気が無いってのは嘘じゃないから。まずはお茶でも飲みながら、ボクの話を聞いて欲しいな。キミ、栗ようかんが好物なんだろ?」


 あたしの好物まで知っているなら、とりあえず黙って、堕天使の話を聞いてみよう。

 睨みあったままでは、どうにもならないわけで。


 竹刀を静かに床に置いて、卓袱台ちゃぶだいを挟んで堕天使の対面に座り、湯呑ゆのみを手にしてみる。


 温かい。

 こうして温もりを感じているのに、本当に死んでしまったのかしら?

 ちなみに正座には慣れているので、フローリングの床に正座しても、全く苦にならない。


 「高雄たかおさく。享年、十五歳。【百人殺し】の二つ名が嫌いなら、【聖凰学院せいおうがくいんの蒼いいかずち】とでも呼んであげようか? キミは、全国制覇した剣道部主将だっただろ?」


 「何よ、その中二病臭い二つ名は! どっちも嫌に決まってるじゃない!」


 歯ぎしりしながら堕天使を睨みつけてやるけれど、彼女は私の怒声を無視して、栗ようかんを食べ始める。


 いずみかあさんに続き、あたしも剣道で全国制覇を続けてきたから、母娘二代にわたる剣道最強女子中学生として、有名人なんだけれど……。

 いずみかあさんは、天才美少女剣士と持てはやされたって聞いてるけど。


 あたしは、どーせ、百人殺しですよ!

 髪の色以外は、あたしの外見はいずみかあさんにそっくりだってのに!

 どーして世間の扱いが、ここまで徹底的に違うのよ!


 「もぐもぐ。ごくんっと。美味しいから、キミも食べなよ。どらやの栗ようかんの味をパーフェクトに再現してるよ」

 

 栗ようかんを食べ終えた堕天使は、何時の間にか空になった自分の湯呑に、急須でお茶を入れ始める。


 それより、どらやですって?

 行列ができる、老舗しにせの和菓子屋!

 大繁盛してるのに店を大きくすることも、和菓子の生産量を極端に増やすこともないから、私たち家族も、お祝い事の時ぐらいしか食べてない!


 ……家族?

 あれ?

 これだけ騒いでいても、両親が出てこないって事は……。

 かあさん達は、仕事で夜遅くなることもあるけれど。

 まだ、二人とも仕事から家に帰ってないわけじゃ、ないのね。


 部屋の扉に視線を向けても、あちら側からは、一切物音が聞こえない。

 ……あまりにも不自然に静まり返ってるわね。

 視線を堕天使に戻すと、彼女はあたしを待っていたのか、再び話を続ける。


 「繰り返すけど、さくちゃんは死んでしまったよ。そして、異世界へ転生しようとしている。地球から異世界に魂が流出しないように、厳重に警戒していても、だだもれなのは困ってるんだよね」


 堕天使が、なにやら駄弁ってるけど、頭の中に入ってこない……。


 『子宮は一つの宇宙。そして宇宙はつながっている』


 ひびくかあさんから教わった言葉だけれど。

 お腹に手を当てても、かあさんたちとのつながりが全く感じられない!

 何があっても、どこに行っても二人とはつながっていたのに!

 涙で視界がにじんできちゃった。

 ここまで心細くなったのは、生まれて初めてだよ!

 本当に、独りぼっちになっちゃったんだ。


 「いやいや、キミはもう死んでるから。『死んで初めて』と、正確に日本語を使っておくれよ」


 堕天使は、私の内心の独白も読み取ることが出来るのか、しょーもない茶々を入れてくる。

 コイツ、ちょー感じ悪いわね。


 「脱線してしまったね。話を戻そう。キミはなぜか、異世界に転生しようとしている。ボクたちが厳重に異世界への扉やら道やらを封鎖してるのにね」


 自分そっくりの相手と会話するのは、どうも落ち着かないわね。

 不機嫌になったであろう、あたしの顔を見て、堕天使はオーバーに肩をすくめてから、言葉を続ける。


 「まあ、それでも無警戒だった頃と比べると被害者・・・は減っているのだけれども。しかし、魂の流出は地球規模の大問題なんだよ。だから天使とも、この案件では協力してるのさ」


 日本人若年層が異世界にトリップしたり、夭折ようせいした日本人が異世界へ転生している事が発覚して、社会問題となり。

 日本国政府だけでなく、神様仏様などの天上の存在まで出張って、トリップやら転生やらを食い止めてるって聞かされてたけれど。

 噂されていた通り、トリップしたり、転生してしまう日本人が、まだ本当に居たんだ。


 まさか、あたしがその当事者になるなんて。

 しかも、日本だけの問題じゃなくなってたとか。

 どんだけ、異世界は、地球人が好きなのよ!


 「ボクは偶然、キミが死んだ瞬間に立ちあっていてね。異世界にキミの魂が流れていくのをみて、一緒についてきたのさ。とりあえず転生先の調査と、転生者ウォッチングをしたいから協力しておくれよ」


 あたしが、死んだ瞬間?

 ……。

 おとがいを人差し指でつつきながら考えてみる。


 自分が、いつどこで、何をしていて死んでしまったのか、全く思い出せない!

 ってか、そもそも、あたしは死ぬ間際に、何をしていたの?

 死因は何?

 交通事故?

 それとも天変地異?

 どんだけ考えても、何もわからない!


 「今のキミは、最低限の事しか覚えていないようだね。ボクに質問してみるかい?」


 愕然がくぜんとするあたしを見て、堕天使がニヤニヤと嘲笑を浮かべる。


 「……堕天使が、対価なしで人間を助けてくれるわけ? そもそも、あんたは何て名前で、どうしてあたしの姿に化けてるのよ!」


 堕天使は、あたしに嘲笑ちょうしょうを見せつけながらも、さして気にした様子もなく。


 「もちろん、ボクに『何か』を求めるなら、それなりの代償を払ってもらうよ。等価交換ってやつさ。ちなみに、キミはボクの名前を忘れてるだけだから、代償を払って質問するより、自力で思い出した方がいいと思うなあ」


 堕天使は、自分の頬っぺたを両手で引っ張って……。

 どこまでも、引っ張って……。

 ちょっと、待ちなさいよ!

 あたしの顔で、そんな面白い顔するの、やめなさいよ!


 「あはははっ! ご覧のように、ボクは化けてなんかいないよ。キミにはボクが自分そっくりの姿に見えてるだけさ」


 どこが「ご覧のように」なのか、さっぱり理解できないけれど。

 突っ込んだら負けのような気がするわね。

 ……スルーしよう。


 代償には、魂でも寄越せって言うのかしら?

 でも、あたしは死んでしまって、異世界とやらに転生しようとしてるのよね。

 こいつの説明を、信じるのであれば。


 余計な質問をして、堕天使に付け入られる隙は与えたくないなあ。

 とりあえず、疑問は棚上げしておこうかしら。

 あたしがコイツの名前を知ってるってのも、本当か嘘かもわからないんだし。


 「等価交換って言ったわね。異世界であんたに協力とやらをしたら、その代償として、あんたはあたしに何をしてくれるわけ?」


 堕天使は、音を立てて湯呑ゆのみのお茶を飲んでから、嘲笑ちょうしょうから一転してムダにさわやかな笑みを浮かべる。


 「ボクの気が向いた時だけ、なんとなくキミを助けてあげるよ。ボクの判断でどのように助けの手を差し伸べるか決めるから、ピンチの時は楽しみにしてくれたまへ」


 あまりに身勝手な発言に、怒りを通り越して、頭が痛くなってきたわ。

 深くため息をはいてから、私もお茶を飲み、芋ようかんを食べてみる。


 どちらも、美味しい。

 美味しいと、感じられるのに、十五歳で死んでしまったんだ。

 病気らしい病気をしたことが無い、ちょー健康優良児だったあたしに何があったのかしら?

 諦めきれずに、いくら頭をひねっても、思い出せないのが辛い。


 乙女としては、芋ようかんの事は覚えているのに、自分に彼氏が居たのかどーかという大問題すらわからない、どうなのよって思いますけど。


 「もう前世の事は、あまり気にしない方がいいと思うよ~。キミが転生しようとする異世界は、ボクたちも知らない世界だからねっ。未知との遭遇に、ドキドキワクワクと興奮しようじゃないかっ!」


 あんたは、他人事だから笑っていられるんでしょうね。

 もう、どうでも良くなってきたわ。

 死んじゃったみたいだし。

 中学生だったんだから、未練ぐらい山ほどありそうなんだけど、何も思い出せないし。


 「何時までも、あんた呼ばわりでは不便よね。あんたのことは、何て呼べばいいわけ?」


 あたしの問いかけに対し、堕天使は右手で、自分の顔をツルリと撫でて見せた。


 ……手をどけた後には、何も、全く何もない!

 こめかみを手で揉みほぐしてから、改めて堕天使を凝視してみる。

 やはり、何もない?

 いや、違う、何が見えているのか、あたしの脳味噌が理解できてないんだ!

 あるいは、理性が理解することを拒絶しているのか!

 コイツはきっと、あたしの想像を超えた、トンデモない奴なんだ!


 「そうだね。じゃあ、ボクの事は【邪気眼じゃきがん】とでも呼んでくれたまへ」


 何よそれ!

 どこの中二病患者なのよ! 

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