第十五話 男子会?
「こうして落ち着いた時間を過ごせるのも、朔のおかげだな。礼を言うぞ」
硬い口調とはとは裏腹に、柔らかく微笑む陽月さま。
幼年学校の放課後。
あたしたちは、気心が知れたメンバーで集まり、おやつを食べている。
陽月さまは、甘いものがお好き。
それも、高級品ではなく、庶民的な、おだんごやおまんじゅうなど。
赤城城ではそんなものは食べられないし、お立場上、買い食いも出来ないので、幼年学校に近くに、隠れ家的なお屋敷を暁姉上が用意したのだ。
ちなみに、借家ではなく、あたし名義のお屋敷。
資産運用を暁姉上と五十鈴ちゃんに任せていたら、あたしの貯金は金貨三千枚を超えてしまったのよね。
日本円に換算すると、だいたい三億円ぐらい。
五十鈴ちゃんは、転生をくり返してるだけあって、どこに投資したら儲かるのか「覚えている」とか。
カンニングしてるみたいだけど、将来のために個人的に動かせる軍資金は必要だと説得されてしまい。
暁姉上としても、隠れ家とするなら、借家より持ち家が良いと。
確かに、借家では大家さんから情報が洩れそうだし、そもそも五歳児に家を貸してくれる大家さんがいるのかどうか分からないのよね。
「僕たちまでお邪魔して良かったのかな?」
「良いに決まってるじゃねえか。俺たちはマブダチなんだからよ」
初めての隠れ家に、落ち着かない様子の秋月葵くんと、対照的にずうずうしい球磨。
球磨は、代々冒険者を続けている猫族のオス。
この世界の猫は、先住の民として扱われていて、人間の言葉を話すのよ!
猫族と言っても、地球の猫とは随分と姿が違って。
耳がない代わりに、巻きひげのような触角があって、肩から伸びる二本の触手が、すごく器用。
体毛は、一族全てが真っ黒。
子猫の間は、地球の猫並みの小ささなんだけど、成長するとトラのように大きくなるんだとか。
猫族なのに、球磨と名乗る彼は、持ち前の図々しさから、幼年学校における、陽月さまの最初の友人になったのよね。
先住の民には、猫獣人がいて、彼らの耳は地球の猫そっくりなのに、どうして猫族は地球の猫と姿が違うのかしら?
葵くんは、代々神職の家系。
あたしが寄付してる神社が葵くんの家なので、陽月さまと神社に通ううちに親しくなり、幼年学校に入ってからも友達づきあいをしている。
青い髪を短いお下げにしており、一見するとボーイッシュな女の子に見えるけど、立派な男の子。
球磨が、悪ガキに追いかけられて困っているのを見かけて、追い払ったことがあり、球磨とも仲が良い。
実際のところ、球磨は子猫サイズでも、獰猛な実力を備えており。
子供相手では手加減できずに、困っていたみたいなんだけど。
実際に見せてもらったけど、猫パンチで壁に穴をあけてしまう馬鹿力。
ここに集まったメンバーで一番強いのは、球磨なのよね。
……暁姉上に怒られたので、穴が開いた壁は、あたしが神通力で直しました。
「他の子供たちも、私にもっと気楽に声をかけてくれると良いのだがな。子供の頃から家柄を気にしても仕方があるまいに」
陽月さまは、ため息と一緒にこぼすけれど。
持つ者と、持たざる者の違いを理解するには、陽月さまもまだ幼いみたい。
赤城家のご威光には、自分の両親が恐縮してしまうのだから、子供たちもなかなかフレンドリーにはなれないわよね。
猫族の球磨は、身分差なんて気にしない。
彼らにとってのステータスは、強いかどうかなので、球磨は、まだ幼い陽月さまの兄貴分になったつもりでいるのが面白い。
陽月さまも、自分を子分扱いする球磨の言動が新鮮で、楽しいんだとか。
「葵が勧めてくれた、このみたらし団子は美味しいな。これからも頼りにしているぞ。また美味しいお菓子を探してくれ」
陽月さまのお褒めの言葉に、恥ずかしそうに、はにかんでみせる葵くん。
偉そうな態度をとっていても、陽月さまに撫でられると、ゴロゴロと喉をならして喜ぶ球磨。
いいわあ、この空間。
おやつを食べながら語り合い、猫を愛でる男の子たち。
……暁姉上と一緒に居ると、オンナの戦いに巻き込まれるので、あたしも彼らと一緒の時間が、一番落ちつくのよね。
「腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ今日の復習と、明日の予習を始めようぜ」
球磨は、器用に触手を動かして、自分の背負い袋から、教科書を取り出す。
この世界にも、印刷技術はあるんだけれど、印刷された書物はまだまだ高価で。
それよりも、学問の神の神通力で『写した』書物の方が安価に普及しているのよね。
シャープペンシルなんて存在しないので、書き取りが必要な時は筆を使っている。
あたしと葵君が協力して、墨で汚れないように机の上を片付け始める。
「今日は算数の勉強から始めよう。九九というものは便利だな。覚えてしまえば、掛け算がここまで分かりやすくなるとはな」
陽月さまが驚いている九九は、日向博士がこの世界に普及させたものなので、あの変態を学問の神様と同一視する人たちもいるらしい。
色々ツッコミどころがあるんだけど、めんどーなのでスルーしている。
葵君には双子の妹がいて、彼女がここを嗅ぎ付けてくると、ややこしい話になりそうだなあ。
時間の問題かもしれないけど、今はこの穏やかな時間を楽しみたい。