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列車の墓場


 霧の中、列車は走り続ける。

 崖の片側に張り付くような、直線ときどき蛇行と言った感じの線路。

 下がガタガタでもある程度までなら速度を出しても大丈夫そうな気がするけれど、いきなりカーブにでも差し掛かったら、曲がりきれずにそのまま水面ダイブしそうな気がして怖い。ある程度、コースの状況とかを記憶していれば、その辺り、効率よくいけるんだろうけど。


「そろそろポイントですよ」

 地図を見ながらキュウナが指示を出す。

「ポイントって何の?」

「何って、ポイントはポイントですけど」

 地点? 得点?

 あ、違うか。分岐器ポイントか。

 目を凝らすと、進む先の線路が二手に分かれていた。分かれ目には棒のような物が立っていて、横木が左側を指している。

 上の方に円盤がある。

「あの円盤が的です。45という数字が見えますか?」

「見えないけど」

 霧が濃くて。

「近づけば、見えるようになるかもしれません。横木は見えますか?」

「ああ、なんか左を差してるな」

「ここは右に行かないといけなません。とりあえずリモコンを使ってください」

「このレーザーガン使うんだっけ?」

 俺は、運転台の天井からぶら下がっているレーザーガンを掴む。

「これ、これで撃てば良いのか?」

「ええ、ポイントの上に的があるはずですよ」

 これはちょっと使いづらいような。俺が撃っても当たるだろうか?

 リモコンて言うぐらいだから、ある程度は狙いが甘くても大丈夫なのかな?


 俺は狙いをつけて引き金を引く。

 横木がくるんと回転して右側を差した。

「お見事です。本当に初めてですか?」

 キュウナが褒めてくれる。おおげさだが悪い気はしない。


 機関車はポイントの行き先にしたがって右へと曲がる。

 川の上を横断するコースのようだ。

「左はどうなってるんだ?」

「左は行き止まりなんですよ。鉱石の採掘場しかないし、それも閉鎖されています」

「へぇ」

 川を超えて右側の岸へと入る。線路はまた崖に沿って続く。

 川自体がカーブしているのか崖も線路も、わずかに左へと湾曲している。岩壁が、手を伸ばせば届きそうな距離を通り過ぎていく。

 右に、左に、カーブが続く。

 そして、何度目かのカーブを超えた所でキュウナが指示を出す。

「次のポイントです。62番を左に」

 的の横木は左を差していたので、そのまま通過。列車は壁から離れていく。

 ……あれ? いつまでたっても、反対側の岸が見えてこない。

「向こう岸の壁、遠すぎじゃないか?」

「谷間の道はさっきの所で終わりです。ここからは湖ですよ」

 平然と言うキュウナ。

 それが正規のルートだと言うなら、俺は構わないけど、本当に大丈夫なんだろうか?


 俺の不安もよそに、列車は真っ白な霧の中へと進んでいく。レール以外は、何も見えない白い闇だ。

 基準にできる景色もないまま、水上に敷かれた線路を走っていく。

「ここからポイント増えますよ。次は、31番を左に」

 しばらく走ると、的が見えてきた。横木は右を差していたので、レーザーガンで撃つ。

 カーブを曲がった途端、機関車が飛び跳ねた。

「ったく……」

 減速、減速。

「なんだここ。また線路かよ……」

 ホント、整備が行き届いてないな。サボり過ぎだろう。

「仕方がないでしょう。何しろ、ここ数年、この一帯に入って出てきた者は、いないのですから」

「え? 何それ」

 そんなヤバイ所だったのか? 聞いてないよ?

 顔色を青くする俺にキュウナは微笑む。

「大した事はありませんよ。そもそも誰も滅多に入らないんだから、出てくる人がいないのも当然の事です」

「……具体的には?」

「詳しくは知りませんけど。せいぜい、年に十両か十五両ぐらいだと思いますよ」

「結構多いよね、それ」

 本当に大丈夫なのかよ。

 実は地図が間違ってるとか、そういうオチじゃないだろうな?

「ほら、次のポイントですよ。64番を右です」

「はいはい」

 とりあえず今は信用するしかない。

 見えてきたポイントは左を差していた。右に変える。


 そのポイントを超えて少し走った所で、キュウナが慌てて叫ぶ。

「ストップ! ストーップ!」

 分けがわからないが、俺はスロットルをゼロに合わせつつブレーキを引く。

「何で止まらなきゃいけないんだ?」

「前、見えないんですかあれ!」

 キュウナの目には何が見えたというのか。

 ガタガタと凄い音を立てながらも機関車は減速する。中々止まってくれない。後ろの貨車が、慣性で押してくる。

 ブレーキ状態に入ってから数秒。ようやく俺にも見えた。

 霧の向こうに横たわる黒い影。まっすぐ前。レールの上に何か乗っているのだ。

 ここには誰もいないんじゃなかったのか? 沼の主とか、そういう感じのやつか?

 さらに近づくと、その何かは、四角い形をしているのが分かった。

 というか、車輪があって、四角いガラスが嵌っているのがみえる。向こうも列車か?

 何で列車がここにあるのか、わからない。それでもジリジリと近づいてくる。いや動いているのはこちらなのだ。

「くっそ、止まれよぉ!」

 ブレーキを全開にしながら必死で念じる。その思いが通じたというわけではないだろうが、止まった。

 接触するまで一メートルもなかった。キュウナが教えてくれなければ、大事故を起こしていただろう。

 そして、相手の正体は、やはり客車だった。


 想定外。

 まさか、こんな所に他の列車が止まっているとは思わなかった。

 危ないなぁ、これ追突したら誰が責任とるんだよ。

「これ、何なんだ?」

「列車じゃないですか?」

「そうじゃなくて……なんでこんな所に止まっているのかってことだよ」

「私は知りませんよ。ここに止めた人に聞いてください」

 だよね。ちょっと文句を行ってこよう。あと、停車せざるを得ない理由があるなら、情報収集も必要だろう。

「じゃあ、ちょっと行ってくるか」

「やめた方がいいと思いますけど」

 キュウナに止められる。

「どうしてだよ?」

「あなた。この列車が、いつからここにあると思っているんですか?」

「え?」

 いつからって、え?

「数分とか数時間ぐらい前じゃないの?」

 それ以上止まっていたら、後続の列車の邪魔になる……って、あれ?

「この湖に入れるルートはいくつかありますけど。谷の方から来る道が、滅多に人が通らないのは言うまでもないでしょう?」

「ああ」

 さっきの小船の少女が嘘をついていないなら、あんな所を通るのは俺達ぐらいで、あとは追い返していたはずだ。

 あれ?

「という事は、別の場所から?」

「この辺りなら、さっきの谷が一番近いでしょう。どこから来て、どこに向かうつもりだって言うんですか?」

「……」

 つまり、小船の少女が知らない、あるいは忘れるぐらい昔の話だと言うのか?

 中の人は?

「人、乗ってたんだよな?」

「そりゃぁ、乗っているでしょう。機関車にも客車にも」

 キュウナは淡々と言う。どうしろと言うんだ。

「そいつらは、どうなったんだ?」

「さあ? ここで死んだか、別の場所を目指してたどり着いたか、たどり着けずにやっぱり死んだか」

 つまり、向こうの列車に行ってみても、死体があるかもぬけの空のどちらかだと。

「どうして、こんな所で止まる羽目になったんだ?」

「知りませんけど。機関車がダメになってたんでしょう」

 そりゃそうだ。動けるなら、こんな所に何年も住み着くわけがない。

「これからどうする?」

「そうですね? まずは記録でしょう。えっと、64番付近に事故車、と」

 なるほど。事故現場を報告するのは大事だよな。例えそれが数年前の物でも、公に把握されていないなら。

 で?

「この列車をどかすのは、無理だよなぁ」

「バックで戻って、別の道を行くしかないでしょう」

 ですよねー。


 スロットルをバックに入れる。そこから少しずつ後退だ。

 戻るべき地点はどこか? そんなの、さっきの64番のポイントだ。そこしかない。それ以上の距離をバックで戻るのは困難だろう。

 何しろ、この機関車って奴は、後ろが見えない。機関車の運転席から、百メートルを超える長い貨車の向こう側を見る事なんてできないからだ。こんな場所だし、線路上には何もないだろうとは思うが、何がどうなっているのかまるで見えないのだ。用心しすぎて困ることはない。

 ここがこんな場所でなければ、別の機関車で後ろから引っ張る場面だろう。


 途中、貨車がガタガタ変な音を立てて、もしかしてこれやばいんじゃないかと思える瞬間は有ったものの、どうにかポイントの手前まで戻ることに成功した。二度とやりたくない。

 ポイントを左に切り替えて、再出発。

 また同じ状況にならないとも限らないので、先ほどよりは速度を緩めて進む。

「こっちからでも、目的地につけるのか?」

「湖の上はポイントがたくさんありますから。一箇所ぐらいなら直ぐ挽回できますよ。次は、57番を右です」

 やってくる線路。進んでいくとポイントの標識が見えてきた。横木は右を向いたままなので、そのまま進む。

「次は49番を右」

 左向きだった横木を右に変えて進む。そちらのルートに入った途端、ガタガタ揺れ始める。減速。それでもまだ揺れる。

「何だこの線路、ひどいな」

 そのうち崩れるんじゃないかというぐらいだ。

「あー、ダメですね、止めてください」

 ブレーキ。大して速度が付いていなかったので止まるはそれほど難しくなかった。


 今度は貨車だった。なんか傾いた状態で止まっている。

 前にここを通った別の輸送鉄道だろう。何があった?

「脱線してるみたいですね」

「マジで崩れたのかよ」

 本当に、嫌になってくる。

 ところで、機関車とか他の貨車の姿が見えないけれど、これを置き忘れたまま行っちゃったのかな? きっとそうだよね。この近くの湖底に眠っているとかマジやめてよね。

「ここも通れないとなると……ちょっと待ってくださいね」

 キュウナは地図を広げ、指を這わせていたが、頷く。

「まだ大丈夫です。とりあえず、さっきのポイントまで戻ってください」

 またかよ。


 その後、あっちのポイントを行ったり来たり。こちらの線路に合流してくる所にバックで入って次のポイントを目指したり……下手なパズルゲームなんか目じゃないような試行錯誤を繰り返して、さっき入れなかったルートに入り込んだ、はずだ。

 だが、そのあたりから、キュウナの指示があやふやになってきた。

「次のポイントを、えっと、たぶん左に……」

「なあ、道に迷ってないか?」

 指摘すると、キュウナは俺から目を逸らす。

「いえ、現在位置はわかっていますよ。ただ、ちょっと疲れただけです」

 本当かなぁ? 確かに俺も疲れたし、たぶんこの湖に入ってから、五時間以上走っている。

「次のポイントは何番だ?」

「51番ですよ」

 見えてきた。横木は左を向いていたが、俺はあえて速度を落とす。

 何か嫌な予感がしてきたのだ。確かめなければならない。


 前述したように、ポイントの所に立つ的には、数字が書かれている。その数字を見て、自分が今どこにいるのか判断するようになっているのだろう。

 そして、そのポイントの的には、72番と書かれていた。

「おかしくないか?」

「そうですね。というか、この地図によるとポイントは68までしかないはずですよ?」

「うわぁ」

 考えられる事は一つしかない。

 その地図が発行された後、さらに工事があってレールが増えたのだ。

 どうすんだよ、これ。


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