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この世界の路線図はカオス


 特に何事もなく三時間が過ぎた。

 その間に、俺は機関車の後ろにつながれた休息室で地図を確認していたのだが、物凄く疲れた。


 路線図が、グチャグチャを通り越して、意味不明なのだ。

 あれと比べるなら、関東の鉄道路線図もイージーモードだ。本当になにが何だか分からない。

 いや、おかしいのは線路の周りの地形なのかな?

 例えば、ある線路が山を示す緑色の所を走っていたとする。ところが、その線路の周囲はある地点を境に、砂漠を表す黄色に変わる。かと思ったら、今度は青、これは海を表しているのだろうか? そしてその先が赤、もう何なのか想像もつかない。

 この世界、時空の法則が乱れているとしか思えない。

 そんなわけのわからない大地に、数百個の駅とそれらを繋ぐ路線が詰め込むように書き込まれているのだ。

 ふざけんな。


 カラーの地図はまだマシな方で、黄ばんだ紙に最低限の線だけが引かれた地図とかになると、もう意味が分からない。この路線が走っているのが山なのか海なのか、想像もつかない。

 唯一理解できたのが、文字で書かれた地図帳だった。

 どの駅とどの駅が繋がっているのか、距離はどれぐらいあるのか。その情報が文章で記されている。

 ただ、これだと、視覚的なイメージがつかめないし、線路が何本も刺さっている駅を調べる時(今いる駅がまさにそれだ、百路線以上が繋がっている)は、ページを何度も捲らないといけない。使いづらい。


「ぐぬぬ、攻略ウィキ読んでゲームクリアしてる世代舐めるなよぉ」


 最後の方は頭が痛くて文字が二重に見えたりしたが、三時間の格闘の結果、大体のことは分かった。

 この『中央駅』から『カーラスの町』へといたる道は主に二つある。

 一つは『ワーミング大川』を通るルート。

 これは川の流れに平行して敷かれた線路を通るだけの、ごく普通の旅路となる。

 距離はおよそ四千五百メアロ。なお、俺は一メアロが何キロに相当するのか知らない。キュウナが言うには、一般的な機関車で二十五時間かかるとか。

 もう一つは『霧の踊る谷』を通るルート。

 これは、採掘が終わって放棄された鉱山に繋がる線路だ。

 鉱山の輸送ルートを通り抜けて、反対側から『カーラスの町』に入る。

 常識で考えると遠回りにしか思えないのだが、時空間がどこかおかしいこの世界では、近道になるようで、距離は千五百メアロしかない。かかる時間はおよそ二十時間。

 距離を時間で割った時の数字が合わない気がするが、古い線路なので全速力で走れないとかキュウナが言ってる。俺にはよく分からん。

 これで、三時間分の遅れを二時間分の先行に変えるのだと言う。


 そんなうまく行くかな?


 俺が地図や路線図を片付けていると、車外から扉をノックされた。

 何かと思って開けてみると、作業服を着た少年が、手を振っている。

 片手には懐中時計。

 このガキ何者だ? 中学生、いや下手したら小学生ぐらいに見えるが。

「だんな、あと十分で時間ですぜ」

「お、おう」

 だんな、だってさ。俺そんな扱いなのかよ。

 この少年は何物なんだろう? 何かを期待するようにこっちを見上げているけど、何なのか。

 と思っていると、キュウナが後ろからやって来て、俺のポケットからサイフを抜き取った。え? 何で?

「おつかれさま」

 差し出すのは、一ソネン銀貨。

 あ、チップあげたのか。海外だとそういうのあるって聞くけど、この世界でも採用されているとは。

「おおう!」

 少年は一瞬、面食らったような表情になったが、銀貨を握り締めると歯を出して笑う。

「ありがとうお嬢さん、愛してるぜぃ!」

 言ってから恥ずかしくなったのかちょっと顔を赤らめ、そしてどこかへ走り去っていった。

 なんだあのガキ。ハードボイルド映画の見すぎじゃね? っていうか、結局何者?


 困惑する俺にキュウナが教えてくれる。

「あれは出発前に予定の確認に来ているんですよ。時間になれば信号が変わりますけど。私達がぼやっとしてて気付かなかったら、次の発射に差し支えますからね」

「へぇ」

 キュウナは俺にサイフを返す。怒っているのか顔が怖い。

「それと。チップを払うのを忘れないように」

「お、おう。次から気をつけるよ」

「あの子ども達は、雇い主から最低限の食事が与えられるだけのただ働きですから。私達があげるお金が唯一の希望なんですよ」

「なんだそれ」

 重い話やめろよ。こっちだって借金まみれだってのに。

「ちなみに、銀貨を受け取った時に何か驚いてたけど、なんで?」

「さあ?」

 相場より多かったから? いや、一ソネンじゃ高が知れてるし、こんなもんだろ。

 いつもは一銭もあげないのに、今回はあげたから? いや、そんなわけあるまい。だって唯一の希望なんだぜ? イケメンのラーズリーがそれを踏みにじるような酷い事をするわけがない。

 じゃあなんなんだ。まるで想像もつかない。

 俺達の前に担当した相手が、連続でケチなやつだったとか、それだけかも。

「まあいいや。出発だろ? エンジンはもう動かした方がいいんじゃないか?」

 こういう大型機械って、起動が遅いからな。


 俺達は運転席に行く。

 始動スイッチを押して、パスワードを入力すると、計器のランプが灯る。

「では私が計器を読み上げますので、さっき教えたとおりにやってくださいね」

「おう」

 えっと、最初にブレーキの状態を確認、よし。次に燃料の元栓を開放する。運転台のランプが一つ灯る。

 そして予備発電機のスイッチをオンに。車体のどこかから車のエンジンを掛けたみたいな音が響いた。

「通電確認、最低電圧確保」

 次に駆動ポンプのスイッチを入れる。

「駆動ポンプの起動を確認、燃料噴霧管、オールグリーン」

 そして始動モーターのスイッチ。

「タービン、予備回転開始。吸気正常」

 ヒィィィン、と透き通るような音が聞こえる。まるで飛行機のジェットエンジンか何かだ。いや、ガスタービンの仕組みは似たような物らしいけど。

 これでほぼ全ての準備は整った事になる。最後に噴霧管のロックを解除。

「燃料噴霧開始。点火、スタンバイ」

 点火ボタン。

 バズン、と前の方から爆音がした。そしてキュィィィン、という不思議な駆動音。

 やっぱこれ、SLじゃないだろ。


「エンジン点火、発電開始。……完璧です、さすがですね」

 キュウナは俺に向かって微笑む。

「ふぅ」

 なんか機関車のエンジンを起動すると言うよりは、バスター砲の発射をさせられた気分だ。


 電圧メーターは30を示している。最大値が120だから、およそ四分の一か。

 蒸気圧はまだ一気圧から変化なし。

 蓄電量は50%台から少しずつ増えている。


 俺は信号を確認する。まだ赤。出発の時間まであと五分ぐらいあるはずだ。

 キュウナの方を振り返る。

「とりあえず、これでいいのか?」

「そうですね。とりあえず、蒸気が来ればよし。来なくてもバッテリーの電気があれば足りますよ」

 キュウナがそう言うなら大丈夫だろう。


 窓から顔を出して数分ぼんやりしていると、正面の信号が緑に変わるのが見えた。

「来ましたね」

「よし」

 いつの間にか、蒸気圧のメーターも上がっていた。状態は完璧だ。

 俺はブレーキを解除して、スロットルを一メモリ上げる。

 機関車がゆるゆると動き出す。ガン、と一瞬何かに後ろから引っ張られるような衝撃。

「出力をもっと上げてください」

 キュウナに言われてスロットルを三メモリまであげる。

 繋がる貨車も引っ張って、今度こそ動き出した。

 後ろへと流れていく景色。少しずつ速度が上がって行く。

 スロットルをさらに上げて中央まで。信号機の横を通り過ぎて、ポイントを乗り越えた。小さな振動。そして機関車が左に曲がる。


 いくつものポイントをガタガタと乗り越えて、列車は操車場を出る。

 向かう先にあるのは、さっきの駅だ。

「いきなり駅だけど、止まるのか?」

「止まりません。これ、貨物列車ですよ?」

 そうでした。

「ホームに入る前に警笛を、そしてホームを抜けたら速度を150まで上げてください」

「おう」

 警笛の紐を引く。

 ピヒーッ! 甲高い音。ホームは殆ど無人だったので意味はないが、気分は悪くない。

 ブレーキに手を乗せたまま正面を睨む。

 ある意味当然だけど、数時間前の俺のようなマヌケが線路上に出てくる事はなかった。

 ホームの端が通り過ぎた所で、スロットルを一気に最大まで上げる。

 途端に高速で後ろに流れていく景色。

 窓から吹きこむ風が運転席の中で渦巻く。

 思わず俺は声を上げて笑う。

「はははは、ははははは」

「何笑ってるんですか」

 キュウナは呆れている。分かるまい、この感覚を。


 駅を抜けた列車は森の中を通る。

 今度は野生動物とかが飛び出してこないだろうな? と前を見ていた俺は、不思議な物に気付いた。

 先の空間が蜃気楼のように揺らいでいるのだ。

 揺らぐ空間の向こうは、明らかに森の中ではない。じゃあどこだ?

「おいキュウナ、なんか前の景色が……」

「トンネルがどうかしました?」

 いや、これトンネルとかそういう問題じゃないだろう。

 俺はブレーキに手を伸ばそうとするが、横からキュウナに腕を掴まれた。

「止めたらダメでしょう。せっかく走っているのに」

「いいのかよ。何か変な物が線路上に……」

「何の問題もありません。あれはただのワープトンネルですよ」

 いや、ただのワープトンネルって何だよ。この世界ではああいうのが普通なの?


 俺が反論する間もなく、列車は不思議空間に突入した。


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