第三十八話:『管理』の視点、補給なき軍隊は瓦解する
第三十八話:『管理』の視点、補給なき軍隊は瓦解する
「――納得がいかないわ、サキモリ」
焚き火の爆ぜる音が、アリサの低く抑えられた声に混じった。
彼女は愛剣の鞘を強く握り、サキモリの無機質な横顔を厳しく見つめている。
隣ではルミナが呆れたように肩をすくめ、エレンは影の中でサキモリの真意を測るように目を細めていた。
「殲滅魔法や身体強化を選べば、あなたは名実ともに伝説の英雄へと至るはずだった。だというのに、ポーション調合? 兵士が戦場ですべきは『戦い』であって『内職』ではないはずよ。これでは、あなたの卓越した武勇が腐ってしまうわ」
凛とした声には、落胆と、そして彼という存在を高く評価しているがゆえの怒りが混じっていた。
サキモリは視界の端に浮かぶ「ポーション調合:熟練度0/100」という数値を消し、静かに視線をアリサへと向けた。
「アリサ殿。私は二十年、軍人として戦場を『構造』として観測してきました。その経験から言わせてもらえば、戦場で最も多くの兵士を殺すのは、敵の剣ではありません」
「……何ですって?」
「『補給の途絶』です」
サキモリの声は、夜の風のように冷たく、重い。
彼は傍らの地面を指差した。
「軍隊を動かすには食糧が必要であり、戦い続けるには治療薬が必要です。どんなに無敵の英雄であっても、傷が化膿し、熱が出れば、ただの動けない肉塊に過ぎない。……アリサ殿、あなたは私が三極の旗艦を沈めた際、どれほどの衝撃を受けたと考えていますか?」
アリサは言葉に詰まった。
あの時、彼女は自分の盾が砕けることを厭わず、サキモリの反動を大地へと逃がした。
「……私の盾が、あなたの右腕を砕け散ることから守った。そうだろう?」
「ええ。ですが、その結果としてあなたの腕は内出血を起こし、疲労骨折寸前の負荷がかかっていた。エレン殿の瞳も、魔力の酷使で毛細血管が切れ、ルミナ先生の神経系も過負荷で焼き切れる一歩手前だった。……これらは全て『戦線離脱のリスク』というコストです。もしあのアリサ殿の傷を、その場で一瞬で治すことができれば、我々は休息なしで次の戦場へ向かえます。それは、軍の規模が二倍になるのと同義なのですよ」
サキモリは淡々と「数字」を並べた。
攻撃力は既に飽和している。
今の四人なら、大抵の敵は一撃で沈められる。
だが、その一撃の後に「動けなくなる」ようでは、それは戦略的な敗北に等しい。
「さらに、このスキルには既存の常識を覆す利点があります。ルミナ先生、あなたの魔力を私に流してください。最大出力の十分の一で構いません」
「え? ……ええ、いいわよ。お望み通りに」
ルミナが不思議そうに掌を添えると、サキモリの体内に純度の高い魔力が駆け巡る。
サキモリはそのエネルギーを、新たに習得した「調合回路」へと流し込んだ。
「通常の錬金術師が作るポーションは、魔力成分が不純物と混ざり、体内に『魔力酔い』という副作用を残します。だから一日に飲める量には限界がある。ですが――」
サキモリの手の中で、魔力が青白い粒子となって凝縮され、小さなガラス瓶(システムから供給された触媒)の中に満ちていく。
「私のシステムとルミナ先生の純粋魔力を掛け合わせれば、『不純物ゼロ』の即効薬が生成可能です。これがあれば、我々は文字通り傷つく端から治し、疲れを知らぬまま、二十四時間戦い続けることが可能になる。……アリサ殿。一人の最強の剣士と、不眠不休で回復し続ける四人の軍勢。戦場でどちらがより『絶望』を振りまくと思いますか?」
アリサは息を呑んだ。
彼女が夢見ていたのは「もっと鋭い剣」だった。
しかしサキモリが提示したのは「折れることのない剣、尽きることのない体力、そして止まることのない進軍」という、戦争の物理法則そのものの書き換えだった。
「……あなたは、最初から英雄になどなるつもりはないのね」
アリサが自嘲気味に笑った。
「英雄としての一撃ではなく、管理官としての全軍勝利を狙っている。……いいわ。あなたのその理屈、到底『騎士道』とは呼べないけれど……指揮官としては、ぐうの音も出ないほど正論だわ」
「納得していただけたようで助かります」
サキモリは小さく頷くと、既に興味は次のステップへと移っていた。
彼の視界は今、システムのフィルターを通し、夜の闇に紛れた草むらを「ロックオン」していた。
(……足元、三メートル地点。特定薬草『スージングハーブ』。含有水分量、適正。魔力保持率、良好。隣の雑草は、不純物除去後の増量材として転用可能……)
「……サキモリ? まさか、今から始めるつもり?」
ルミナの声に、サキモリは迷いなく頷いた。
「資源は目の前にあります。寝る前に熟練度を1だけでも稼いでおくのが合理的です。……ルミナ先生、追加の魔力供給を」
「はぁ……。分かったわよ。アンタといると、本当に休まる暇がないわね」
呆れ顔のルミナから流れ込む魔力を受けながら、サキモリの手が夜露に濡れた雑草へと伸びる。
名もなき草を、ただの植物としてではなく「戦略物資」として認識した瞬間、彼の次なる真の戦いが始まった。
「明日からは移動速度を上げます。道中のすべての魔物、植物を、我々の継戦能力へ変換する」
不沈の軍人が見つめる先には、もはや敵の姿すらない。
そこにあるのは、自分たちを最強へと至らせるための膨大な「資源」の山だった。
第三十八話:完




