第三十六話:不沈の日常、あるいは効率的な蹂躙
第三十六話:不沈の日常、あるいは効率的な蹂躙
王都ガーランドの外延部に広がる、のどかな丘陵地帯。
そこは行商人が行き交い、平穏な日常が流れる場所だが、稀に森から迷い出る「ダイヤウルフ」がその平穏を脅かすことがある。
鋼のような毛並みと岩をも砕く顎を持つその獣は、一般市民にとっては恐怖の対象だが、今のサキモリたちにとっては、放置すれば事故を招く「事務的な処理」の一環に過ぎなかった。
「……観測。北北西の岩陰に一体。……一、二、三。合計三体ですね。バラけています」
エレンが双眼鏡を覗くような気軽さで報告する。
彼女の『千里眼』があれば、遮蔽物に隠れた害獣の配置を把握するのは造作もない。
「了解。ルミナ先生は後方待機を。エレン殿、右の個体を。アリサ殿は左をお願いします。私は中央を処理します」
「了解したわ。おじさんたちが怪我をしないよう、一応バフの準備だけはしておくわね」
ルミナは道端の切り株に腰掛け、退屈そうに指先で魔力を弄んでいる。
本来、彼女のような高位の魔導師が出る幕ではないのだ。
「では、どちらが早く片付くか、勝負ね。サキモリ」
アリサが腰の剣を引き抜き、凛とした足取りで左の斜面へ駆け出す。
彼女は「四位一体」の固定砲台モードでなくとも、単体で騎士団長クラスの武勇を持つ。
狼の飛び掛かりを鋭い剣筋で受け流し、即座にその喉元を一閃した。
その所作には、領主の娘としての気品と、戦士としての無駄のなさが同居している。
ほぼ同時。
右側の岩陰では、エレンが放った一筋の閃光が空を裂いていた。
「……排除」
呟きと共に放たれた矢は、逃げようとした二体目の脳天を正確に射抜き、地面へと縫い止める。
近接戦闘を挑むまでもない、圧倒的な射程と精度の差だった。
そして中央。
サキモリは、唸り声を上げて突っ込んでくる最後の一体に対し、ただ静かに槍を構えていた。
サキモリ単体には、アリサのような華やかな剣技も、エレンのような超常の視力もない。
だが、彼には二十年の軍歴で染み付いた「最適動作」がある。
狼が跳躍し、その喉元が僅かに露出した瞬間――。
サキモリは、歩行の延長線上にあるような自然な動作で、槍の穂先を突き出した。
肉を貫く湿った音が響く。
狼の自重を利用して深く突き刺さった槍を引き抜き、サキモリは返り血を避けるように一歩退く。
崩れ落ちる獣。
その死に様は、劇的な戦闘の果てではなく、精密な機械が不良品を撥ねたような、あまりに淡々とした「処理」だった。
「終わったようね。これで今日のノルマは達成かしら」
アリサが剣の血を拭い、鞘に納めながら戻ってくる。
「……はい。周囲に他の動体反応はありません。帰還しましょう」
エレンが報告し、ルミナが「あーあ、結局アタシの出番なしね」と伸びをしながら立ち上がる。
四人はそれぞれが単体で、この程度の害獣なら完封できる実力を持っていた。
だからこそ、その連携はもはや呼吸のように自然で、過剰な力みすら存在しない。
だが、撤収の準備を始めたその時、サキモリの脳内に直接、無機質な通知が投影された。
【レベルアップを確認。個体進化・スキル習得が可能です】
「……おや」
サキモリの足が止まる。
「どうしたの、サキモリ? 忘れ物かしら」
「いえ……。皆さん、レベルアップしたようです。スキルの習得が可能だという通知が来ました」
サキモリの言葉に、三人の少女の顔に期待の色が浮かんだ。
「まあ、それは喜ばしいことね。サキモリ、ついにレベルアップしたの?」
「……素晴らしいです。サキモリ様なら、どのような高位スキルが提示されているのか……」
「それは一大事ね。サキモリ、どのような選択肢が提示されているのかしら?」
アリサが凛とした面持ちのまま、しかし隠しきれない関心を瞳に宿して歩み寄ってくる。
サキモリにとって、この世界の「スキル選択」はまだ未知の領域だ。
彼は提示されているリストを読み上げた。
「……いくつかありますね。一つは『広域殲滅魔法(初級)』、それから『超身体強化(初級)』、あとは……『レシピ開放:ポーション調合』といったところでしょうか」
「殲滅魔法!? それよ、それしかないわ!」
ルミナが目を輝かせてサキモリの腕を掴む。
「おじさんの魔力操作精度で広域魔法なんて覚えたら、マジで一人で軍隊を消せるわよ! 熟練度を上げれば射程だって伸びるし!」
「私は『超身体強化』を推したいわね」
アリサが真剣な眼差しで、しかし力強く提言する。
「サキモリのあの正確な動きに、爆発的なパワーが加われば、私と共に最前線を維持できる最強の歩兵になれるわ。熟練度が上がれば、まさに難攻不落の要塞となるでしょう」
「……わたくしも同意見です。サキモリ様がより冷徹に標的を貫くための一撃を磨けば、戦場に死角はなくなります」
エレンもうっとりと、破壊の構造が拡張される未来を幻視する。
サキモリの二十年の経験、そして今の異常なまでのポテンシャル。
彼が破壊の力を手にすれば、この四人のパーティが「不沈」を越えた「無敵」に至ることを、彼女たちは疑わなかった。
「殲滅魔法で戦場を焼き払うか、身体強化で私と肩を並べるか……。サキモリ、あなたはどう考えているかしら?」
アリサが期待を込めて問いかける。
「……そうですね。じっくりと検討する必要がありそうです」
サキモリは手袋のズレを直すように拳を軽く握り込み、期待に胸を膨らせる少女たちを見つめた。
彼女たちが望む「さらなるグレードアップ」か、あるいは、彼の軍人的直感が囁く「別の道」か。
「……キャンプに戻って、ゆっくりと相談しましょう。これは、我々の今後の運用に関わる重要な選択ですから」
沈みゆく夕陽が、四人の影を長く引き伸ばす。
最強の仲間を得たサキモリの、新しい力が決まろうとしていた。
第三十六話:完




