第二百四十一話:【深海の狂乱:無尽蔵の銀鱗】
第二百四十一話:【深海の狂乱:無尽蔵の銀鱗】
塩田の運用が軌道に乗り、拠点の防衛も安定し始めた頃。
サキモリは、次なる戦略物資である「食料」の確保に狙いを定めた。川とは異なり、広大な海という領域は、適切な構造さえ構築すれば枯渇を恐れる必要のない無尽蔵の倉庫となる。
「これより、海という巨大な生け簀から食料を回収します」
サキモリは波打ち際に立ち、愛槍を構えた。
彼は魔法を使うことも、魔導具を起動させることもできない。彼が頼るのは、緻密に計算された身体操作と、自身の限界を一時的に突破する純粋な物理的衝撃のみである。
「出力……百パーセント」
サキモリが気合一閃、水平線へ向けて全力の突きを繰り出した。
次の瞬間、物理法則が悲鳴を上げた。
一筋の衝撃波が海面を叩き割り、海水が左右へと真っ二つに吹き飛ぶ。轟音と共に海底が露出し、そこには逃げ場を失った膨大な魚群が、濡れた砂の上で跳ねていた。
「今のうちに回収を。時間は限られています」
サキモリの言葉を合図に、作業着を脱ぎ捨て水着姿となったエレンとアリサが、露出した海底へと駆け出した。
「これ、全部持ち帰ったら帝国中の食卓が変わるわね!」
「大型の個体は私が担ぎますわ!」
アリサが丸太のような巨魚を両脇に抱えて往復し、エレンもまた正確な動きで価値の高い魚を選別していく。その間を縫うように、ミャオが神速の足捌きで小魚を片っ端から網へと放り込んでいった。
「にゃっ! 逃がさないにゃ! 全部あたしのごちそう……じゃなくて、みんなの分にゃ!」
上空ではルミナがぷかぷかと浮きながら、逃げ遅れた魚や取りこぼした個体を「魔力の手」で器用に捕獲し、浜辺へと運んでいく。
それは、効率化を突き詰めた異様な光景だった。
数時間が経過し、割れていた海がゆっくりと元の姿に戻る頃。
浜辺には銀色に輝く巨大な山が築かれていた。その物量は、帝国の全市民を数ヶ月にわたって養えるほどの圧倒的な量に達していた。
「素晴らしい成果です。ですが、生魚はすぐに傷みます」
サキモリは銀色の山を見つめ、静かに次の工程を思考する。
「この資源を『資産』に変えるため、次は保存の仕組み、燻製コンビナートの構築に移りましょう」
太陽の光を反射して輝く銀鱗の山を背に、サキモリの視線はすでに「腐敗」という自然の摂理をねじ伏せるための次なる設計図を描いていた。




