第二百十六話:【食の防壁:干し肉の海】
第二百十六話:【食の防壁:干し肉の海】
聖都クリスタの広大な訓練所は、もはや兵士が剣を振るう場ではなかった。
サキモリが「大森林ダンジョン」から持ち帰った膨大な魔物の肉が国庫へと提供され、そこは数万人の空腹を支えるための巨大な「食品加工工場」へと変貌を遂げていた。
サキモリは、ミャオとエレンを指揮し、帝都の倉庫に死蔵されていた大量の塩を総動員するよう命じた。
かつて精鋭たちが汗を流した訓練所の空間は、肉を干すための無数の紐によって埋め尽くされている。
地面のあちこちからは、サキモリの指示で仕分けされた木材チップが燻り、立ち上る煙が肉を茶褐色に染め上げていく。
「燻製の干し肉なら作ったことがあるにゃ!戦うより簡単にゃ!」
ミャオは得意げに声を弾ませ、手際よく肉を紐に掛けていく。
その横では、エレンが淑やかな動作ながらも、休むことなく肉に塩を刷り込んでいた。
「こんなにお塩を贅沢に使えるなら、きっといい干し肉が作れそうですね。さすがはサキモリ様ですわ」
しかし、一時間、二時間と経過しても、解体された肉の山は一向に減る気配を見せない。
サキモリのストレージから供給される物量は、個人の常識を遥かに超越していた。
「……終わらないにゃ。肉を干しても干しても、まだ後ろに肉があるにゃ!」
ミャオが音を上げそうになりながら叫ぶ傍らで、エレンも山のように積まれた空の塩袋を見て不安げに眉を寄せた。
「サキモリ様、これほどのお塩を使い切ってしまいましたけれど、大丈夫なのですか? 今後の備蓄に響くのでは……」
作業の手を止めず、自身も肉の加工に加わっていたサキモリは、二人に向かって静かに微笑んだ。
「塩の調達にはあてがありますから、安心して作業をお願いします。今はただ、このリソースを腐敗する前に定着させることだけを考えてください」
サキモリの冷徹な管理と仲間たちの献身により、かつての「魔物」は効率的に「保存食」へと変換されていく。
それは単なる料理ではなく、国家の熱量を維持するための純然たる生産ラインであった。
作業が進むにつれ、訓練所の外まで香ばしい燻製の匂いが漂い始める。
その匂いは、長らく空腹と絶望に支配されていた帝都の民たちの鼻腔を突き、死んでいた彼らの瞳に微かな光を宿らせた。
「空腹は思考にノイズを生みます。まずはこの肉を配給し、帝都の『熱量』を物理的に確保してください。交渉や労働、そして未来の構築は、それからです」
サキモリは、出来上がった膨大な干し肉の山を前に、淡々と王女シェーレと宰相メイに告げた。
配給所に並ぶ民たちの手に握られた一切れの肉。
その確かな重みと塩気が、止まりかけていた帝国の歯車を再び動かし始める火種となった。
(第二百十七話へ続く)




