第百九十四話:【構造の外側:恋する乙女の暴走】
第百九十四話:【構造の外側:恋する乙女の暴走】
朝の冷気が残る森の広場で、ミャオは一人、激しく大地を蹴っていた。
翡翠色の尾を鋭く振り回し、サキモリから教わった「最小限の予備動作」を体現しようと躍起になっている。
(見てるニャ、サキモリ……! あたしだって、あんたの言う『効率的な構造』ってやつを理解できるって証明してやるニャ!)
彼女の胸の内にあるのは、サキモリへの強烈な帰属意識、あるいは「認められたい」という純粋な渇望だった。
しかし、その思いが強すぎるあまり、彼女の動きは皮肉にも本来のしなやかさを失っていく。
関節を固定しすぎ、呼吸は浅くなり、筋肉は不自然な緊張を強いていた。
「……ミャオさん。一度止まってください」
背後からかけられたサキモリの静かな声に、ミャオは跳ねるように振り返った。
サキモリは手帳を閉じ、無機質なほど冷静な眼差しを彼女に向ける。
「今日は構造が著しく乱れていますね。無駄な力みが各所にノイズを生んでいます。……疲れが溜まっているのでしょうか。今日は休みますか?」
「休まないニャ! 乱れてなんてないニャ! 今のはわざと、こう……タメを作っただけだニャ!」
ミャオは必死に言い張ったが、サキモリの言葉は「お前は非効率だ」という宣告に近いショックを彼女に与えた。
耳を力なく垂らし、悄然とするミャオ。
そんな彼女の様子を、木陰で休憩していた女性陣が見逃すはずもなかった。
「あらあら、空回りしていますわね。愛らしいことですけれど」
エレンが口元に手を当て、クスクスと楽しそうに目を細める。
ミャオは顔を真っ赤にして詰め寄った。
「な、何がおかしいニャ! あたしはただ、あいつに認められたいだけだニャ!」
「それを『恋』と呼ぶのだ、ミャオ殿。……自覚がないようだが」
アリサが腕を組み、真面目な顔で断言した。
恋。
その言葉にミャオは、
「違うニャ! 尊敬とか、弟子としての忠誠心とか、そういう構造の話だニャ!」
と全力で否定する。
しかし、そんな猫耳の姫君を面白がって、三人は「サキモリ攻略法」を伝授し始めた。
「いい、ミャオちゃん。おじさんみたいなタイプはね、広い心で包み込んであげる『母性』が必要なの。お姉さんにお任せなさいな」
ルミナが慈愛に満ちた(しかしどこか企みのある)笑みで、膝枕のやり方を教え込もうとする。
「いいえ、彼は知性を尊びますわ。共通の数式や理論で対等に語り合い、その『知の領域』で誘惑するのです。さあ、まずはこの魔導演算式の暗記から始めましょう」
エレンが分厚い魔導書を差し出す。
一方でアリサは、自らの盾を叩いて力強く言った。
「武の絆こそが全てだ。背中を預け合い、命を懸けて戦う中で育まれる信頼……それこそが奴を落とす最短ルートだろう!」
「母性」に「知性」、そして「武の絆」。
三者三様のバラバラなアドバイスに、ミャオの脳内は完全にオーバーフローを起こした。
膝枕をしながら魔導書を読み、背中を預けて戦う。
……そんな複雑な真似ができるはずもない。
結局、何も解決しないまま日は暮れ、ミャオは再びサキモリの前に立っていた。
サキモリは荷物の整理を終え、夜の観測を始めようとしていた。
その横顔を見るだけで、昼間のアドバイスが頭を巡り、ミャオの心拍数は異常な数値を叩き出す。
「サキモリ、あたし……」
「はい、何でしょうか」
サキモリがまっすぐに彼女を見た。
その瞬間、全ての理論も作戦も消し飛んだ。
ミャオは拳を握りしめ、精一杯の声を絞り出す。
「あたし、とにかく頑張るニャ! あんたが驚くくらいの構造になってみせるニャ! だから、見てろニャ!」
それは愛の告白というより、決死の宣戦布告だった。
サキモリは一瞬、意外そうに目を瞬かせたが、やがていつもの穏やかな、誠実な微笑みを浮かべた。
「はい。あなたのポテンシャルには期待していますよ」
その微笑み。
ただそれだけで、ミャオの顔面は火山のように沸騰した。
鼻の奥がツンと熱くなり、なぜか鼻血が噴き出しそうになるのを必死に堪え、彼女は
「うにゃあああああ!」
と叫びながら夜の修行へと飛び出していった。
「……やはり、少しオーバーヒート気味ですね。ルミナ先生、後で彼女に冷却の魔法をお願いします」
「うふふ、分かったよぉ。おじさん、あんまりあの子をいじめちゃだめだよ?」
サキモリは淡々と頷き、夜空の観測を再開した。
その「罪作りな観測者」の背後で、三人の女性陣がくすくすと笑い声を上げる。
ミャオの暴走と空回りは、もはやパーティーの新たな「日常の構造」として定着しつつあった。
(第百九十五話へ続く)




